第5話 目覚め
目が覚めた。
視界に飛び込んできたのは、晴天の青。
そして肌色と茶色で、それが視界の半分以上を占める。
というか顔だった。
見知らぬ女の子の顔が目の前にあった。
「くぅ……くぅ……」
めっちゃ寝てる。
口が開いていて、そこからよだれが落ちて来ないか、若干の期待を込めて不安になったよく分からない変態的思考はい意味不明。
え? というかこのシチュエーションなに?
目覚めたら美少女の顔が目の前にあるってどういう光景?
いや、待て。慌てるな。
今この状況を冷静に分析しろ。
どうやら俺は仰向けに寝ているらしい。
体の重心が背中に行っているから、それは確実。
死斑なら背中に出ているはずだ。意味分からんけど。
そしてその状況で目の前に美少女の顔がある。
ふと左を見れば、少女のおへその辺りから、視線を上げればふっくらと盛り上がった胸部に目が行く。
何より雄弁に語るのは、後頭部越しに感じる肉の感触。
それが示す真実はただ1つ。
まさかこれは……HIZAMAKURAとかいうやつか!?
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
蹴られた。
ぴょん吉だ。
頭を蹴られたから、その反動で少女の腹部に顔面がダイブするところだった。
ちょっとだけ頭を寄せに行ったのは内緒だ。
「なにがHIZAMAKURAだ! いっぺん死ね、この変態ゴミクズ役立たず!」
「ひゃい!」
と、ぴょん吉の怒声が響いたのか、あるいは俺のダイブに感づいたのか、少女がハッと目を覚ました。
「あれ……あ、私、寝てて……あれ?」
つい、と少女が視線を降ろす。
目が合った。
なんか、色々思ったこともあって若干気まずい。
「あ、えっと……」
「ご、ご、ごごごごめんなさい!」
「痛っ!」
少女が勢いよく立ち上がったものだから、その膝の上にいた俺の頭はその落差分の衝撃を地面から受けた。
「あ、ご、ごめんなさい! えっと、魔法で治しますね!」
「ちょ、ちょっと待った!」
頭を抑えながら慌てて立ち上がる。
魔法で治す。
そのことに頭よりも先に精神と体が動いた。
今打った頭より、先ほどの打撃が瞬間的に思い出される。
そうだ。
あの打撃で俺は気を失ったんだ。
だけどそれをなぜか彼女は膝枕なんてしてくれて……。
ヤバい、訳が分からない。
さすがに恋愛百戦錬磨(主にゲーム)の俺でも、この状況はどう理解していいのか分からない。
助けた女の子に棒でめっちゃぶん殴られて、それで膝枕してくれるなんて状況。あるかよ。
そしてその困惑は相手も同じようで、視線をあっちこっちに飛ばしまくり。
体もおろおろという擬音がよく似合うほどに細かく揺れ動いている。
そして顔を真っ赤にした状態で、俺をまっすぐ見据えて、
「あ、あ、あ、あの! 元気になって、何よりです! その、えっと……ありがとうございました!」
何が?
と突っ込む間もなく少女はお辞儀をすると、地面に置いてあったバスケットをひったくるようにつかむと、そのまま全速力で駆けて行ってしまった。
「……速ぇ」
茫然と見送るしかない、彼女の姿が小さくなっていくのを。
「速ぇ、じゃねぇ!」
蹴られた。
またぴょん吉だ。
「おい、痛いぞ」
「痛いのはてめぇの脳みそだ! なに青春満喫してんだ、コラ! 蹴り殺すぞ!」
「いや、知らないよ。てか、なんだ、彼女」
「さぁな。てめぇがキモくて逃げ出したんだろ」
「うっ……その可能性が。だったら普通に傷つくぞ」
「そりゃそうだろ。いきなり現れて、いきなりぶっ倒れて抱き着いて、んな奴、キモい以外の何がある?」
「…………ないかぁ」
「ねーな」
はぁ……。
まさかの夢の膝枕初体験に浮かれていたけど、それは本当に夢だったのか。
「ただ、あのガキ娘。気になるな」
ガキ娘って、さっきの女の子のことか?
てか気になるって……。
「え? もしかして女の子同士の……」
「ちげぇ! それに俺様はメスだ!」
いや、何が違うのか分からんのだが。
「つか聞けよ。俺様が気になったのは、あの魔法だ。てめぇをぶん殴った」
「あ、ああ。あれな。今でもまだずきずきするぞ」
正直、出会いがしらにあれはきつい。
俺がそんな何かしたか?
……したか。
「おい、ちょっと座れ」
「なんでだよ」
「なんでも、だよ! オラ、さっさとしやがれ!」
ぴょん吉のわがままに抵抗する気も起きず、言われるままに一度腰を降ろす。
するとぴょん吉は俺の背後に回って、べしべしとその小さな手で俺の背中をたたく。
爪によるちくちくと、体毛によるくすぐったさでなんとも変な気分になる。
「痛くないのか?」
「痛いというか、くすぐったい」
「ふむ……おい、脱げ」
「え、脱げって……下を?」
「上着に決まってんだろ、この唐変木! 誰がてめぇの汚いもん見るかよ!」
ですよねぇ。ちょっとふざけてみただけじゃんか。
というわけで上着を脱いでみると、
「うわ、なにこれ」
制服の背中側。
そこが何か強力な力で引きちぎられたように、3本のラインが無残にも残っていた。
「俺の一張羅が……って、あれ?」
そうだ、思い出した。
これは、あのオオカミの化け物につけられた傷。
そして黒の中でより濃くなっている部分は、もしかして……。
「血!? ちょ、これ、俺どうなってる!?」
「だから見たんだろうが。あの化け物の爪はシャツもばっちり貫通してお前の肉をえぐった。それでも戦い続けたどっかの脳筋は、まぁ出血多量でぶっ倒れてただろうな」
いや、それは確かに迂闊だったけどさ。
でもそれなら俺は今頃……。
「ああ、だがほれ、これだ」
再びぴょん吉がちくちくこちょこちょとした感覚を背中に押し付ける。
「傷が……ない?」
背中に手をまわしてみても、シャツがボロボロになっている感触以外は、普通のツルツルとした肌だ。
このシャツも買いなおしかぁ……高いんだよな。
「それどころかいたって健康的な肌だ。生命力にあふれすぎてる感じもある。ふむ……これは」
「何か分かったのか?」
「あ? てめぇも足りねぇ脳みそでもっと考えやがれ! なんでもかんでも俺様に頼ってんじゃねぇ、この貧弱タマネギ!」
んなこと言われてもなぁ……。
てかウサギってタマネギ、ダメじゃなかったっけ?
「まぁしょうがねぇ。これについては魔法の知識とかの方だからな。てめぇみたいな落第常連の赤丸野郎には分からねーだろ。ま、俺様はモイラ様の中でも優等生だから? 物知り博識なんでもござれなんだけど?」
くそ、この知識マウント。イラっとくる。
けど確かに俺はそんな知識はない。
ゲームでやっても、それがそういうものだとしか思わないのだから当然だ。
「回復魔法はその人体の生命力を活性化させるもので、決して瞬間的に傷を治すわけじゃない。結局治すのは自分ってわけだ。ここまでは分かるか?」
「……ああ」
多分。
「だからある程度傷の治りってのは時間がかかるもんだが……この再生力はちょっと以上だぞ。いや、待て。確かリヴァイヴァルとか言ったな……。確かうっすらと習ったな」
「なんだよ、結局うろ覚えじゃないか」
「ちげーよ。いや、違くないんだけど、そう思われるのはムカつく。リヴァイヴァル。これは古代魔法に数えられる、今では誰も使い手がいないとされた魔法だぞ。それをなんでこんな田舎の村娘が?」
「間違ってたんじゃないの?」
「うるせ! おい、ちょっと女神デバイス見せろ」
「なんでだよ」
「いいから!」
ぴょん吉の圧に押され、俺は仕方なく女神デバイスを起動した。
あんまり電池食いたくないんだけどなぁ。しょうがない。