閑話2 ある村の少女ユノ(魔法の世界)
村を出てとぼとぼと歩く。
正直、1人でのお使いは心細い。
あの重い荷物を持って帰るのも心が沈む。
けど、反面。
あの村にいなくていい。
それがどこか心の自由になっているのは確かで。
……私はなんてひどい人だろう。
曲がりなりにも、あの村の人たちはお母さんと私を受け入れてくれた人たちだ。
そしてお母さんが亡くなった時も、葬式はしてくれて、それから私を追い出さずに育ててくれた。
そんな人たちから離れて気持ちが楽になってるなんて。
ひどい、人だ。
そんな自責の念にかられながらも、草原をひたすらに歩く。
その時に、何かを見つけた。
あれはなんだろう。
遠くで走る人影。
この天気の下。運動に興じる人もいるんですね。いいことですね。
そう思っていると、その後ろに何か巨大なものが付いていくのに気づいた。
あれは……犬?
なるほど。
犬と追いかけっこで遊んでるんですね。
巷では魔王の噂で持ち切りだけど、この辺りはまだ平和。
そうそれこそが、私がここから出ていかない理由の1つでもある。
っと、そんな場合じゃなかったです。
街に行って買い物して、それから村に戻って晩御飯の準備をして、お風呂を沸かして、寝室を片付けて、明日の準備をする。
やることはいっぱい。
だから早く行って早く帰らないと。
そう思って、改めて歩き出そうとしたときに、ふと視線が先ほどの犬を捉えた。
いや、犬と言っていいのか。
それはぐんぐんと近づいて来て、それに比例して大きさが倍々になっていく。
何か急ぎの用事があるんでしょうか。
それとも私に何か用事なのかな。
そんなことを考えている間にも、犬は来る。
いや、犬、なのかな?
ううん、犬だよ。
だって、4本脚で元気に走り回るのなんて犬くらいだもん。
だからきっと、ただ走り回っているだけ。
そう思って再び歩き出そうとした時。
グルルルルル。
目の前に、犬が来た。
私より背が高くて巨大な犬。
私の知ってる犬より少し怖くて、歯が尖ってて、よだれを垂らしてる。
一体、この犬は何がしたいんだろう?
あ、もしかしてお腹空いているのかな。
「ごめんなさい、買い物に行く途中だから何も……あ、私のお昼に食べようと思ってたパン、食べる?」
バスケットに入っていた、小さなパン。
少し硬いけど、おなかに入っちゃえば変わらない。
それを取り出して犬へと近づける。
けど――
「そこの人! 逃げろ!」
「え?」
声が聞こえた。
男の人の声。
見れば、先ほど走っていた人が、こちらに向かって何か叫んでいるのが見えた。
飼い主の人? でも逃げろって?
ガァァァァァァァッ!
突然、犬が吠えた。
耳をつんざく激しい咆哮。
その迫力と声に押され、私はすとんとしりもちをついた。
「あ……」
そこで初めて理解した。
この犬。私を襲う気だ。
さっきの人も遊んでたんじゃなくて、逃げていた。
それがこちらに来て、危ないって教えてくれて。
それはつまり――
「あはは、私ってバカですねぇ」
こんな命の危険にのんびりとしていたのだから。
パンをあげようなんて、呑気なことを考えていたのだから。
本当、どこまで行っても使えない。
だから村ではのけ者にされて、こうして雑用をやらされる。
うん、けどいいのかもしれない。
私が最初で最後の、人の役に立てること。
この犬の餌になること。
そうすれば、この犬さんも満腹になって他の人を襲わなくなるはず。
犬さんも、他の人も幸せになって、それでハッピーエンド。
お母さん。
ようやく私の生きた意味が見つかったよ。
だからよだれを垂らす犬の前に、私は跪いて腕を胸の前で組んだ。
そして頭を下げて目を閉じた。
神様。
これから私はあなたの元に行きます。
だからこの犬さんを叱らないであげてください。
この子は、ただお腹が空いていただけなんですから。
最期の祈り。
きっと神様も聞き届けてくれるだろう。
これまでの人生。
いいことが何もなかった。
だからせめて、生まれ変わったら、もうちょっと人の役に立てたらいいなぁ。
グルルルルル
犬さんの声が近づく。
痛いのかな。
痛いのは嫌だな。
だからせめて、一口で終わらせてほしい。
そう願いつつ、震える腕をなんとか力で抑え込む。
そして――
ガァァァ!
声が、した。
風も、来た。
私の頬を撫でる柔らかい風と、心の隙間に吹きすさぶ荒々しい風。
ギャウッ!
犬さんの悲鳴。
何が起きているのか。
何も見えない。
当たり前。だって目をつぶってるんだもん。
だったら、目を開ければいいだけ。
開いた。
黒があった。
ううん、違う。人だ。
黒の上着とズボンをはいた男の人。
その人が、私と犬さんの間に入って立ちふさがっている。
この人が、今の風の人……。
そしてその男の人は、犬さんを見ながら私に向かって叫ぶ。
「逃げろ!」
「え……」
「いいから! 早く逃げろ!」
「え、あ……はい」
何をしていいか分からない。
だからとりあえず男の人の言う通りに動こうとした。
けど、立てなかった。
足に力が入らない。これって……。
「あ……腰が」
「ちっ!」
舌打ちされた。
やっぱり、私ダメだ。役立たずだ。
「あの、ごめんなさい」
「いや、いい。それならそれでやりようはある。はずだ。多分」
ちょっと自信なさそうなその感じが、なんだかほほえましく感じる。
この人は、たぶんいい人だ。
そしてこの人ならきっと……。
「為せば成る!」




