第1話 接敵
転移は一瞬だった。
気づいたら、森の中からどこか部屋の中にいた。
レンガ造りの小さな小屋。
けどそれはぼろぼろで、壁は一部崩れていて無人。
廃墟だ。
けど何十年何百年という歳月のものではない。
ここ数年に人が立ち去って生まれた空間。
ここ数日、人間らしいものと接していなかったから、これはこれである意味ホッとするものだ。
「おい、ここの位置はちゃんと覚えておけよ。戻るにはここからしかルートはないんだからな」
「あ、そっか」
ぴょん吉に言われ、周囲を見渡す。
四方を崩れたレンガでおおわれている廃墟だけに、逆に分かりやすい。
一応『女神デバイス』を起動して地図を見る。
中央に光点があり現在地を示す。
それと重なるように、四角にマーキングされているのがこのゲートだろう。
「よし、大丈夫そうだ」
「ん。じゃあ行くか」
「行くって……」
「あ? んなもん、街に決まってんだろ。オリハルコンを探すのに、どんだけ広いか分かんない世界をしらみつぶす気か?」
そっか。そうだよな。
ただ若干、この唯一の帰路となるこのゲートを離れるのに少し抵抗もあるわけで。
「これ、隠しとかなくていいのかな。誰かに踏まれたり、壊されたりしたら戻れなくなるんじゃないか?」
「てめぇ、頭がピーマンか? モイラ様が言ってただろ。この形になったのは、てめぇの知覚に合わせたんだと。本来ゲートってのは普通の人には見えねぇ。だから壊れるとか消えたりとかそんなことはねぇんだよ」
「そういうものか」
じゃあ大丈夫ということか。
けど少し気になって、近くの瓦礫で隠すようにしておく。
「ったく、神経質な奴だな」
「注意深いと言ってくれないか」
やれやれ。
ともあれこれですっきりした。
ぴょん吉がさっさと出て行ってしまったので、俺もその後に続く。
途端、風が吹いた。
ただの風だ。
けどどこか違う。
レンガ造りの廃屋から出てきただけなのに、世界が変わった感覚。
周囲は先ほどの森と似ている、けど徹底的に違うほどに広がりを持った草原。
遠くに木々や山が見えるけど、それは世界の広がりを意味している。
空も抜けるように青いが、様々な形をした雲がちりばめられていて、例の『死の世界』よりは生きている世界に感じる。
そしてこの風。
どこか圧を持つというか、今まで感じたことのないような重みを感じる。
「なんか、変な感じだな」
「ん……さすがにニブチンのてめぇでも気づくか。これが魔力の風だ」
「魔力の風?」
「ここは『魔法の世界』って言っただろ? つまりここでは魔法が使える。その源となる魔力が風に溶け込んでいるのさ」
「魔法、魔法か……」
それはある意味、男子の夢というか。
中学2年生を経た男なら、誰しも何かしら魔法を使いたいと思うだろう。
それが叶うのだ。
「ん、そういえばさっき……」
地図を確認するためにスキップしてしまったが、何かを手に入れたとか出ていた。
『女神デバイス』を開き、トップページにある……これだ。贈り物BOX。
そこには1つ、『魔法の世界ガチャチケット』という名称のアイテムがあった。
「『魔法の世界』初日ログインボーナス、か」
「お、ガチャするのか? いいんじゃねぇか? 貧弱なてめぇがちょっとはマシになるだろ」
促されるまでもなく、すでにガチャ画面に移っていた。
こういうのは溜めててもしょうがない。
というか最初だし、まともにセットできるスキルもない。
せめてここで何かしら弱くてもいいから何か使えるスキルを引いておかないと、ガチで生死にかかわる。
ガチャがガチで生死にかかわる。
……言ってみたかっただけだ。
ガチャを引く、から演出画面に行く。
演出が始まり、どこに確定演出があるんだろうな、とか思っているとすぐに結果が出た。
「ちっ……ノーマルかよ」
一番最低のレアリティということだ。
まぁでも下手に高レアリティのが来て、また装備できませんよりはマシだろう。
「えっと……レッド・メルクリウス・アトミック・ファイナル・クリティカル・ボンバー・ファイア」
なげぇよ! ファイアでいいだろ、ファイアで!
「えっと、レッド・メルクリウス・アトミック・ファイナル・クリティカル・ボンバー・ファイアの使い方。レッド・メルクリウス・アトミック・ファイナル・クリティカル・ボンバー・ファイアは対象に向かって指をさし、レッド・メルクリウス・アトミック・ファイナル・クリティカル・ボンバー・ファイアと唱えるだけで――」
ボンッ
途端、何かがはじける音がした。
俺の指先から何かが発射され、ぴょん吉の真横の地面――正確にはそこに生える草を燃焼させた。
「うわっ! あぶね! 焼き殺す気か!」
「ご、ごめん! まさか出るなんて!」
「ごめんで済んだら女神様の裁きはいらねぇんだよ!」
危うく焼死させられそうになり、怒り心頭のぴょん吉。そりゃそうか。
火が広がらないよう、靴で消化。
「え? てかもうスキルセットされてる? あ、本当だ。1メガだからか」
しかもステータス画面を見ればSPが1減っている。
先ほどの模擬戦でレベルがあがったらしく、それでレベル3の時点でSPが5だから、あと撃てるのは4発ということか。
ただ火の玉を飛ばすだけだが、名前のわりにしょぼいとか言ってはいけない。
なんかこれぞ魔法! って感じだし、何より丸腰感が薄くなったのは大きい。
これさえあれば、最初の雑魚敵くらいは余裕そうだな。
ヤバい、こんな状況だけど、ちょっと楽しくなってきたかも。
「っし、戦力増強! 魔王でも出てこいやってんだ!」
「お前なぁ。そんな調子乗ってると――」
グルルルルル
何か、音がした。
「おい、ぴょん吉。変な声出すなよ」
「あ? てめぇだろ。腹が鳴ってるぞ」
「どんだけ空腹なんだよ。いや、俺じゃなきゃお前だろ」
「喧嘩売ってんのか? 俺様がこんな音出すわけ――」
グルルルルル
さっきよりも近い。
それに、俺とぴょん吉を覆うように、陽を覆う影が来た。
それはつまり、何か大きなものが俺たちの横に現れたということで。
「嫌な予感がするのは俺だけか?」
「奇遇だな。俺様のセンサーがビンビン来てるぜ」
いっせいのせ、でぴょん吉と右を見る。
グルルルルル!
そこには、巨大なオオカミがいた。
巨大な、オオカミが、いた。
大事なことなので2回言いました。
体長5メートル以上、背の高さが2メートルほどで、完全に人より大きい。
その巨大な口と鋭利な牙に、噛みつかれたら一瞬で食いちぎられるだろう。
しかも俺とぴょん吉を品定めするように、よだれをたらしながら見つめてくるのだ。
どうやら空腹でいらっしゃる。
草食だよな。もちろん草食だよな?
「勘弁してください! 食うならこいつから! 俺様は悪くねぇ!」
「ぴょん吉! 仲間を売るなよ!」
「てめぇが仲間だ? はんっ! ちゃんちゃらおかしいね! おら、さっさと俺様のために生贄になれ!」
「こいつ、最悪だ! あの女神と一緒にいるだけある!」
グルルル?
巨大オオカミが首をかしげる。
どうやら仲間割れに困惑しているようだ。
……いまだ!
「レッド・メルクリウス・アトミック・ファイナル・クリティカル・ボンバー・ファイア!」
早速、スキルを使った。
オオカミの目の前にソフトボール大の炎が出現し、はじけた。
所詮は獣。
火に対する恐怖からか、一瞬、ひるんだ。
「逃げろ!」
その間に俺たちは踵を返すと、ダッシュで逃走。
高杉凛雄は逃げ出した!
でも恥ずかしくない。
こんな強そうなの、勝てるわきゃねーだろ!
走る。
てか、ここ数日走ってばっかだな。
帰宅部には辛い。
もし元の世界に戻れたら、陽明に鍛えてもらうか。
なんて思っている間に、背後からおどろおどろしい遠吠えが聞こえてくる。
ちらと振り返ると、怒りに顔をゆがめた巨大オオカミがこちらに突進してくる。
「やべっ!」
必死に逃げる。
とはいえ、四足歩行の動物に敵うわけがない。
すぐに追いつかれる。
だが――
「あれ、あいつどこに……?」
俺の数メートル前を行くぴょん吉がこちらを振り向き、怪訝な顔で立ち止まった。
俺もつられて振り向く。
と、あの巨大オオカミは俺たちを追うコースから外れた。
なにが、と疑問に思いこちらも速度を落とす。
油断させてこちらが止まるのを待っていたわけではない。
その証左に巨大オオカミの向かう先。
そこに、誰かがいた。
「おいおい、ヤバいぞ、あれ!」
「そこの人! 逃げろ!」
だがその人物――どうやら少女らしい――は俺たちの声が聞こえないのか、のんびりとこちらに向かって来る。
それを巨大オオカミは確実に捉えている。
すばしっこい俺たちを捕まえるより、圧倒的に楽そうな方を狙うようだ。
「ちっ……まぁいい。あれが狙いを変えてくれたなら僥倖だ。今のうちに逃げるぞ」
「逃げるって……あの人は」
「てめぇがあれに勝てると思ってんのか? あれは少なくともレベル30は超えてるぞ。レベル3のてめぇとはウサギと亀なんだよ。もちろんウサギは俺様だけどな! それに誰か知らん人間が襲われようと、俺らには関係ねぇだろ。おら、逃げるぞ!」
そう言ってぴょん吉はさらに逃げ始める。
だが俺の足は止まっていた。
確かに勝てるわけがない。
それに襲われてるのは知り合いじゃない。
なんせこの世界には今来たばかり。
知り合いなんているわけがない。
けど――
「俺は、行くよ」
「はぁ!? てめぇ沸いてんのか? 脳みそはジャガイモ畑か!? 収穫して食ってやろうか! なに好んで死ににいくんだよ!」
「死ぬつもりは、ないさ。スキル『メモリバインバイン』!」
端末にスキルの使用が確認された。
これで短時間だが『ドレッドノート』が使えるようになる。
「おい、それを使ったら次は……」
「そんなの、後で後悔する」
それより今。
ここで使って、彼女を助けないと絶対後悔する。
そう思うから、行ける。
前に出れば、きっと道は開ける。
そう。
為せば成る!




