閑話1 ある村の少女ユノ(魔法の世界)
風が気持ちい。
外に出て1人でいる時間。
それが何にもまして至福の時だった。
川に降りて水をくむ。
その仕事の最中だけど、ふと空を見上げ、風を感じていると心が安らかになる。
家には戻りたくない。
けど、そうも言ってられない。
戻らないと怒られる。
怒られるから戻りたくない。
けどやっぱり怒られて、殴られて、ご飯を食べさせてもらえなくなるから戻る。
その毎日が繰り返されていた。
だからもう、考えることはやめた。
ただ1日を。
この世に受けた生を、1日でも長く続ける。
いつか、自分が生きた意味を知ると思って。
それがこの世に私を生んでくれたお母さんへの恩返し。
そのために、ただただ毎日を生きていく私。
そこに何か打算とか希望とかを持ってはいけない。
そう思っていた。
家に戻ると、おばさんの怒声が飛んできた。
「どこ行ってたんだい、ユノ! さっさと買い物行ってきな!」
「あ……はい」
「なんだい、その顔は。文句でもあるのかい?」
「い、いえ……」
「まったく、暗い子だよ。仕事もできない、愛嬌もない、魔法もダメ。はん、本当に高い買い物だったね」
おばさんに言われながら、私は出発の準備をする。
ここから歩いて5時間ある街に出て、品物を受け取ってくる。
それだけの仕事。
私でもできる仕事。
村では別の仕事はあるけど、私には任せてくれない。
私が、外から来た子だからだろう。
ううん。
それ以上に、私はこの村にとっての邪魔ものなのだ。
だから仕事を任せない。
ただそれだけ。
それだけでしか、ない。
「おい! 言ったろ。お前は笑えって! 暗いんだよ!」
おじさんの怒鳴り声が響く。
怖い。
怖いけど、この人は私を育ててくれた人。
だから従わないと。
笑わないと。
笑顔。
笑顔。
笑顔!
「ふん、気持ち悪い笑顔だ。思えばあの女も変な感じだった。急に現れて」
「ああ、そうだね。なんだか追われてるような、訳アリな感じだったねぇ」
「ふん、さっさと追い出しちまえばよかったんだよ。あんな得体のしれない女」
「そうは言ってもね。金に目がくらんだのはあんただろ?」
「お、俺は別にだな……」
あの女というのが、お母さんのことを言っているのが分かった。
もう5年以上も前。
お母さんが私を連れてこの村にたどり着いたのは、もうぼんやりとした思い出でしかない。
それでもお母さんは私を必死に守って、育てようとしてくれた。
その愛情を一身に受けていたことは間違いがない。
私はそんなお母さんが大好きだった。
たとえどんな風に言われても、私にとっては世界一のお母さんだった。
それをこんな……。
「おい、なんだその目は」
「え……」
「今、こっちをすごい目で睨んできただろ!」
「いえ、違います。私は……」
「うるさいね! やっぱあんたはあの得体のしれない女の子供だよ! いいからさっさとお使いに出ておいで!」
「おうおう、さっさと出ていけ。できればそのまま帰ってくんな」
2人に急き立てられ、反論する間もなく、逃げるように外に出た。
殴られなかっただけまだましだ。
けど別に遠慮があったわけじゃないだろう。
これから遠い街まで出て、重い荷物を運んでくる“家畜”が役に立たなかったから困るから。
それだけのこと。
それだけの…………。
「お母さん……」
晴れ渡る空。
小さくそよぐ風を受けて小さくつぶやく。
『疲れてないかって? 大丈夫。それよりユノが元気でいてくれれば私には十分。だって、ユノの笑顔は世界一なんだから! それで疲労なんて吹き飛んじゃう』
そう言って、朝から晩まで働きに出ていたお母さん。
ある朝。冷たくなって動かなくなってしまった。
大丈夫って言ったのに。
それほど体は丈夫じゃなかったのに。
本当は無理していたんだ。
あれから2年。
私は元気だろうか。
疲れていないだろうか。
笑顔を見せられてるだろうか。
答えは分からない。
分からないけど、生きていくしかない。
たとえなんと言われようと、殴られようと、ご飯を抜かれようと。
私にはここで生きていくしかないんだから。
私が生きる意味。
それが見つかるまでは。
「それじゃあ、行ってきます」
誰もいない空間に語り掛ける。
それでも風は聞いている。
そう思った。




