インディビジュアリスト
ユカリは、タチバナから孤独な自分にも楽しみがあったことを思い出さされたことで彼に邪に固執してきた時間に失ったものも少なくなかったと知った。
タチバナから、
‘どうして男は、成人したら女性とその子どもを生涯をかけて引き受けなければならないのですか?男は、自分のためだけに生きて稼いでいるだけではいけないのですか?’
などと訊かれたことも客観的にユカリ自身の立ち位置を見直すきっかけになっていた。
タチバナからの真摯で素直な返信メールには男だけの迷いも伝えられてきて、ユカリは少しずつ自分の想いの偏狭さに気付き始めてブラックメールのままやり取りをしていることが恥ずかしくなってきていた。
’子どもを産んでくれた女性より後に出会った女性が運命の人であったら、付き合えない間柄の人であったら、生きてはいけなくなってゴールとして心中するしかない、と、思いますか?‘
タチバナは自分より多くのことを知っているのかもしれない。そうだ、人生は出会いも別れもたくさんあって思ったよりずっと長いのだ。
自分のタチバナへの怒りは嫉妬からだったのか、彼への愛ではなく受け入れられないだろう自分からの一方的な恋を諦められなかったことからだったのか、ユカリは迷うことも出てきた。
何処から間違えたのだろうか…。
タチバナと2人だけで食事をしていた時、彼はどんな顔をしていたっけ?彼はどうして自分の過去の女性関係を話して聞かせてきたんだろう?私はどんな顔をしていたんだろう。素直に好きだったと言えていれば恋人になれたのかもしれない…。
年下のタチバナが自分に生涯をかけるような恋をしてくれるわけないと初めからわかっていながら、何回か関係を持ったことで彼に対する所有欲が出て、愛ではなく権利を訴えたくて迷惑がられるようなブラックメールを出し続ける女になっていたなんて。
ユカリは共に教師として働いていた学校からいつの間にか退職してしまって今は遠い何処かにいるタチバナが、なんだか悟った年上の別人のように思え、次にはなぜか、彼の事が妙に心配になってしまった。
‘退職しなければならないほど、彼の身に何かあったのだろうか…。’
失恋の哀しみと不安からタチバナの事を自分サイド発信でしか考えることができていなかったユカリにも、ようやく心に凪が訪れた。
タチバナはいつからかブラックメールの送り主がユカリではないかと思い当たる文言を見つけていた。
30歳を越える年上のユカリとは酔った勢いで大人の割りきった関係を挨拶とかスポーツのような軽い気持ちで持ったつもりだったが、確かにユカリは男性経験がなく心を乱しているのを頑張って隠していたようだったのがわかって、どうにも面倒になり、関係して2ヶ月ほどで何も無かったかのように離れて避けているうちに女性としてはまだまだ若く幼い生徒のエミと過ごすようになっていき、ユカリの存在自体、気にかけなくなってすっかり忘れてしまっていたのだ。
ユカリは2人で食事をしても自分の食べたいものを言わないしタチバナの過去の女性との付き合いを聞いてきたりはするがほとんど笑わないので楽しくなかったことを思い出したが、
30代の彼女にとって初めての体験だった自分が、男の希望を何でも包み込むように受け入れてくれるなんて聖女プレイだ、として数ヶ月も愛の無い付き合いをしてしまったことを思い出して、今は本当に反省している。
酷い言葉を乗せたブラックメールの送り主ユカリを、元々の清楚で誠実な女性に戻してあげることが彼女への心からの謝罪となるのだと思いながら、タチバナは丁寧にメールの相手をしつつ、やはりエミのことを考えていた。
’エミはブレずに共通テストに向けて、いつも考えることから逃げて避けていた多くの苦手な問題にもちゃんと向き合っているだろうか…。‘




