ファミリー·チューン
20代後半の独身男性教師タチバナは学園内ではスマートで誠実なイメージで、生徒からだけでなく職員室でも保護者からも人気者だった。
もちろん結婚相手としても教員という仕事は安定しているうえに未来の国民を育てるという重要な社会のエッセンシャルワーカーなので、20代後半のタチバナにもすでに決まった恋人がいるはずだと誰もが思っていた。
しかしタチバナにとって学校は期間限定の職場のつもりでしかなく、定年まで続けようと思ったことも無かったので校長ら管理者への忖度や過度な気遣いも特にしていなかったことがかえってクールに見えて彼の人気を根強いものにしていた。
実は教員になって10年目の先輩ユカリとは、タチバナが着任したばかりの頃に何度か2人だけで食事に行き意気投合して2回ほどホテルに行って関係を持った間柄だったが、いかにも地味で美人とは言い難いユカリが30歳で処女だったことにひいてしまい、彼女の存在はそれきりになっていた。
ユカリの方は密かにタチバナとの結婚を望みながらも、元カノとの不倫や馴染みのキャバ嬢が何人も居ること、世界を放浪していた頃の行きずりの女関係などなど、2人で飲んだときに彼の酔った話の中に出てきて忘れられない異性との関わり方が理解しにくく、恋人になる事に踏み切れないでいた。
もちろんタチバナの方はユカリと付き合う気は一切なかった。
ユカリはタチバナから部屋の合鍵も渡されていないし、生徒のエミとの関係も聞いていなかった。ユカリからのメールもLINEもずっとタチバナにはスルーされていた。
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タチバナの頭の中では、いくつものシュミレーションが現れては消える。
17歳の生徒と関係を持ったことは純愛以外許されないだろう。
しかも妊娠となると結婚しかない。
これまで関係した女は12歳から40代まで、皆、避妊薬を常用しているような環境だったので油断していた自分が悔やまれる…。
出産後は通信制で高卒資格を取らせることをエミの親も望むだろう。
育児はエミ一人で出来そうにないので、エミの親とは関わる密度が濃くなる。
結婚式をやったあとは今のマンションより広いところに引っ越しだ。
人生を見つける世界放浪の旅のための貯金はすべて消える。
まだ女子高生なのでマリッジブルーやマタニティブルーになられることも想定される。
親に知られる前の堕胎手術は可能だろうか…。
家族なんて欲しくない。
父親になるのも夫になるのも無理だ。
ファミリーを作るなんて荷が重すぎて絶対に嫌だ。
女と子供のために自分の生涯を捧げるなんて、奴隷みたいじゃないか…。
しかし、犯罪者として名前がネットに永久に残り変態教師として扱われるよりはましだろう。
小さい子どもと若い妻といつも一緒に居て、写真や動画にアウトドアやPTA活動…。
すべてが地獄じゃないか…。
今すぐインドの雑踏の中に逃げたい…。
マレーシアの山奥の村で過ごしたい…。
タチバナの足は国立公園の整備された岬の奥に続く足場の悪い崖に向かっていた。
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エミは妊娠したことを姉に伝えられなかったのでまだ両親にも言わずに過ごしていて、高校にもいつも通りに通っている。
時々御飯が炊ける匂いを嗅いでしまうと吐き気がするが、学校でつわりに苦しむことは無く急いで階段を上り降りしても目眩や動悸などは全くしなくなっていた。
体育の授業も体力を奪うような激しいことを避けるようにダラダラやっていても目立って注意されることもない。
今日も軽い気持ちで受けた体育で、最後にジョギング程度のスピードでランニングレーンを3週走って終わることになったのだが、エミは終わって更衣室に戻ってから急に目の前が真っ暗になって倒れてしまった。
下半身血まみれのエミをみた同級生の悲鳴が校舎に響き渡っていたが、タチバナは学校を無断欠勤していた。




