はじめての迷宮。1
9月25日 加筆修正済み
相変わらずこいつの脳内ってどうなってるんだ、と思いつつ、ルイから粗方の話を聞きため息を吐いた。
いくら逃げた私を捕まえるためとはいえ、国同士の問題にまで発展しそうなことを平気で行うとは。
(…我が国はルイが王太子で大丈夫なんでしょうか)
本当に頭が痛い。教育係は何してたんだ、まじで。この馬鹿王子を甘やかすことしかしなかったんじゃないだろうか。
今からでも、ちゃんと正しく調教、じゃなくて、教育しないと手遅れになると思う。
その頃、フェルトリーリエ王国で実兄のアルフがくしゃみをしていたこと等マリアベルは知る由もない。
「とにかく、わかりました。わかったので、国に帰ってください」
「ええ?!そんな」
「むしろこっちがええ!?ですよ!不本意ながら文通する約束はしましたよね?それで満足してください」
話はこれでお終いとばかりに部屋をでれば、廊下で待っていたルティウスさんがニヤニヤとしながら声をかけてきた。本当、黙っていさえすれば美青年なんですがね、ルティウスさん。しかし、口を開けばなんとやら、な訳で。
「久しぶりに会った許嫁同士ですものねぇ、やだ、いいのよ、私何も聞かないわ!でも素敵!許嫁が追いかけてきてくれるなんて…!マリッジブルーとかあるものねぇ、わかる、わかるわ!」
「いや、あの、マリッジブルーも何も…」
「あら?でもいいのかしら?このまま勇者になったりしたら、結婚できなくなっちゃうわよ?」
「むしろそれが目当てですからね」
不思議そうな顔をしたルティウスさんに力説する。色々とあったが、ちょっとほだされそうにもなったりしたが、やはり全ての根底は、ルイとの結婚を阻止したい!だ。
記憶を思い出したからといって、この長年の想いがそうそう変わるはずもない。
「あら?どうして?あんな素敵な許嫁なのに」
「…素敵すぎる相手というのも複雑なんですよ」
遠い目をしつつ、改めて認識する。
本当世の乙女達を敵に回しそうな言葉だが、事実そう思うのだから仕方ない。
昔の私はよくルイといちゃこら出来たものだと感心する。まあ、幼かったからでしょうね。
今はときめきよりも、ひえぇええといった感情の方が大きい。
美形様は美形様と結婚すればいいと思う。私は私に見合った平凡な人と結婚したい。
「まあ、わかるかもしれないわ。私も美女とかより、できれば家庭的な、安心できる娘と結婚したいもの」
「…え?あの、ルティウスさんは…」
「あらやだ!私はノーマルよ?普通に女の人が好きなんだから」
バチン、とウィンクをしたルティウスさん。申し訳ありませんが、すんごい衝撃です。
何気にシスティシャさんが、すさまじい勢いで方言を喋ったときと同じくらいの衝撃です。
戸惑う私に、ルティウスさんがこれまでと違って、どこか懐かしむような、穏やかな微笑みを浮かべる。
「でもね、愛しちゃったら関係ないのよね。だって、どんな平凡な人だって、世界一素敵に見えちゃうんだもの。まるで魔法みたいにね」
ほんの少し寂しさを含んだ微笑み。
そこには、静かな拒絶が、壁があった。
「ともかく、わかったわ。ベルちゃんは、ルイ君から逃げ出したいのね。うふふ、いいのよ。私は乙女の味方なんだから!」
そうして、愚図るルイをルティウスさんが宥め、落ち込むシスティシャさんを私が何とか慰め。
翌日私の愛剣フロランスが直ったとともに、ついに迷宮に向かって出発した。
とは、上手くいくはずもなく。
「やっぱり嫌です!リア、一緒に国へ帰りましょう」
「ちょ、近寄らないでください!無理です、離してください」
宿の部屋で言い争うのは、私とルイ。
システィシャさんは困ったように、ルティウスさんは楽しそうにこちらを見ている。
いや、もうそろそろ宿を出ないと、日暮までに迷宮のある街までたどり着けないんですが。
「文通はどうしたんですか!納得してましたよね?」
「…なんとなく、嫌な予感がして。ほら、リアは僕のこととかあっさり捨てていっちゃいそうだし」
「…ま、まさか。いくら私でもそんなことは…」
やばい、どうやらルイは私が文通をするはずないと疑っているらしい。
なんだかんだで、いい感をしていますね。
ですが!この私がこうしてルイが愚図ることを想定しなかった、とでも?
ばっちり想定済みです。ついでに対策済みです。
「…ルイ、少し落ち着きましょう。ほら、紅茶を入れますから」
なんだかんだで私は紅茶を入れるのは手馴れている。
母様が父様に紅茶を手ずから入れるのが大好きで、私も未来の旦那様…に紅茶を入れられるようにきっちり教育されてきましたからね。
ふふふ、まさかこんなところでそれが役に立つとは!
そうして、予めルティウスさんから入手していた粉薬をお湯の中へと入れ、手早く紅茶を注いだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、リア」
そのまま、自分も紅茶を口に含み、ルイの様子をこっそり観察する。
ルティウスさんに貰ったのは、まだ発見されたばかりの睡眠薬。
身体に安全なのはお墨付きで、いくら毒薬等に身体を慣らしているルイとはいえ、耐性がないはず。
ここ最近、寝不足だといっていたし、医者であるルティウスさんの処方だし、悪意どころか善意しかない行動ですよ。
ルイの健康が心配だから、ぐっすりと眠って欲しい、ただそれだけです。
案の定、急速に身体の力が抜けたらしいルイが怪訝そうにこちらを見てくる。
「…リア、何を」
「ぐっすり眠ってくださいね!健康第一ですよ」
勿論、宿に眠ったままのルイを放置しておけるはずもなく、また本人もそのことはよくわかっているようで。
徐々に眠気が襲ってくるタイプの睡眠薬なので、完全に眠りに落ちる前に、ルイはフェルトリーリエに帰るはずだ。
王宮には、いくつも転移魔法陣があるし、転移魔法は一度行ったことのある場所ならば簡単に使用することができる。
「っ…、僕は、諦めないから」
「ふ、次は逃げ切ってみせます」
そうして、ルイは渋々、といった様子で、瞬く間にフェルトリーリエへと戻っていった。
「ベル、貴女という人は…」
「まあまあ、これも仕方ないんです。私はルイの健康が心配で」
「そうよー!ルイ君大分寝不足だったみたいだし、リアちゃんの優しさよ」
「…それならばよいのですが…」
顔を顰めるシスティシャさんをなんとかごまかしつつ、ついに!ですよ。
いよいよ、本当に私は勇者になるため、神剣のある迷宮へと旅だった。
ここまでの道のりは…すごく長かったですね。
メンバーは、私、システィシャさん、ルティウスさん。
システィシャさんは最後までルティウスさんが一緒に来ることを渋っていましたが、まあ条件つきでなんとかなったみたいです。
曰く、過去の話題に触れないとかなんとか。
システィシャさんの過去に何があったんでしょう。
街道を歩きながら、ぼんやりと考えていると、ルティウスさんがそうそう、と思い出したように笑った。
「ルイ君、起きたらすごく怒るんじゃない、騙された、って」
「まあ、そうなっても後の祭ですよ。何もかも手遅れ、という奴です。勇者になってしまえば怖いもの無しですから」
もしもあの時、紅茶睡眠薬作戦が上手くいっていなかったら、と思うと恐ろしいものがあるが…、成功しちゃいましたからね。
ちなみに、ルティウスさんによれば効き目は明日の朝まで続くらしい。
なので、ルイが明日の朝起きたとしても、私は既に迷宮の中。結果がどうなるにしろ、ルイが止めることはもう不可能だ。
「そういえば、文通?するための魔女は迷宮前で待っているとのことでしたね」
「ああ、確かにそんなことも言っていましたね」
すっかり忘れていたが、そんな話もあったかもしれない。
唯一問題があるとすれば、この魔女の存在だろう。
間違いなく逐一私の事をルイに報告するに違いない。
だが、振り切ってしまえば問題ない!はず。
大人しく奴の思い通りになると思ったら大間違いですよ。
まあ、この魔女についてはおいおい考えるとして。
アズベラ迷宮までの道のりは、迷宮に近づけば近づくほど商店や宿が多くなっていった。
時折、法外な値段で武器や防具、装備が売られていたりする。
人も多くなり、それも今までになく多種多様な、それこそ初めて見る獣人の方がいたりしてなんだか新鮮だった。
「ああ、そこのお姉ちゃん、どうだい?ルチルスの花で作った毒薬は!魔物によく効くよ」
「それなら、ベムベトの方がいいよ!値段も安くしてやる。ほら、5レルでどうだ!」
「ええっと、あの」
「ベル、いちいち相手にしなくてもいいですよ。どちらも取扱いが難しいですし、必要のないものです」
いよいよ、迷宮前最後の街にたどりついた途端、あちこちから声をかけられる。
大通りの両脇には、所狭しと屋台が立ち並び、見るからに怪しそうな薬品だったり、見たことのない動物の死骸が吊り下げられていたり、怪しさ満点だ。
「貴女には魔法が効かないとのことですので、傷薬等の薬品は完備してありますし…、装備は完璧です」
「武器や防具なんかも、自前の物が一番いいしね。必要なものは無いわ」
「はい、いよいよ、なんですね」
このまま、街の奥に進めば、アズベラ迷宮にたどり着く。
はじまりの迷宮、誰もまだ手にしたことがないルチルの希望。
システィシャさんによれば、この世の美を全て集めたかのような、白銀の剣なのだという。
一振りで多くの命を救い、悪を滅するといわれる剣。
うう、緊張する。泣いても笑っても、この1回しか私にチャンスは無いのだから。
神剣を手に入れる、それが勇者の条件なのだ。
思わずぐっ、と愛剣を握り締めれば、システィシャさんがポン、と優しく頭を撫でてくれた。
それは、おそるおそるといった様子で、耳まで真っ赤。
「…大丈夫ですよ。貴女は、これでも私が認めた人、なんですから。根拠なんかありません。ですが、貴女ならやれると、私は思ったのです」
「そうよ!やってみればなんとかなる!ふふ、恋愛と一緒なんだから」
「そう、ですね!今更怖気づいても仕方ないですからね!よし、行きましょう。そして、神剣ゲットしてやるんです」
街外れの、砂漠の中にある大きな洞窟。そこだけ沢山の人がいても空気が違う。
神聖な空気とでもいうのだろうか。日が暮れかけた今、迷宮洞窟は真っ赤に染まっていて、なんだかこの世のものではないかのような印象さえ受ける。
それに、妙に心がざわめく。なんだろうこの感覚。
そうして、吸い寄せられるように一歩足を踏み出した途端、懐かしい声を聞いた。
「ベル、久しぶり!驚いたわよ。いきなりいなくなるんだもの」
「あ、アスコット?!」
「そうよ。ルイ様から聞かなかった?私が担当なの。箒に乗ってきたら、早く着きすぎちゃって、待ちくたびれたわ」
黒い魔女帽に、黒いワンピース。どちらもフェルトリーリエで今流行の紫のレースとリボンで縁どられている。
ただし、砂漠のこの街では、大分浮いた格好だ。
「お知り合いですか?」
「ああ、ええっと、はい!あの、フェルトリーリエで親しくしていた友人です」
「アスコット・リーエです。この度はルイ様により、文通担当の魔女として派遣されてきました。得意魔法は通信転移魔法と召喚魔法です。必ずお役にたてると自負しております」
相変わらず、自信満々にアスコットが微笑めば、システィシャさんが一瞬眉を顰める。そして、軽く咳払いをして、自己紹介をした。
「私は、ルチル教神官システィシャです。マリアベル・フィア・アルメッティ・グラディウスの仮登録の見届け人でもあります」
「あたしは、ルティウス・アマルフィ。今は流れの傭兵よ。なんだか面白そうだったからついてきたの」
そうルティウスさんが言った途端、アスコットが固まったのが見える。理解不能、そういった顔だ。
確かに、最初はびっくりするかもしれないけど、ルティウスさんはすごくいい人だし、慣れればなんてことない。
「えと、皆さん仲良く、頑張りましょう!」
なんともいえない微妙な空気を払拭するためにそう声を張り上げてみるものの、なんだか余計に静かになったというか。
そもそも、ルイの派遣してきた魔女を振り切るつもりが、アスコットとなると出来そうにない。
アスコットはまだ学生だし、ありえないだろうと思っていたが…こういうところはさすがとしか言いようがない。
私の弱い部分をよくわかってる。くっ、全てはルイの手のひらだった、という訳ですか、悔しい。
「まあ、そうよね!これから迷宮に入るんですもの。協力し合わなきゃ!」
「そう!そうですよ!ルティウスさんの言う通りです。さあ、行きましょう!」
ルティウスさんのフォローに感謝しつつ、私たちは迷宮へと足を踏み入れた。
その先に何が待っているのかも知らずに。




