はじめての迷宮。2
「えー、アズベラ迷宮に入場する方はこちらに並んでください!あ、ちょっとちょっと、許可証はちゃんと提示してくださいよ」
太古の神々が使用した剣、神剣が眠るといわれる迷宮。
その入り口で、神聖な雰囲気をぶち壊すかのように、システィシャさんと同じ白い神官服を着たお兄さんが声を張り上げている。
簡素な木の机と椅子が置かれた受付の前には、夕暮れ時にも関わらず、結構な人数が並んでいた。
戸惑いつつも、システィシャさんの方を見上げれば、システィシャさんが咳払いを一つして説明をしてくれた。
「…以前、迷宮に入るためには事前に教会に登録すれば無料で入れる、と教えましたが、現在迷宮はルチル教会が管理運営しているのです。迷宮には上層中層下層、そして神剣の安置されている深層があり、それぞれにモンスターが生息しています。迷宮は奥に行けばいくほど危険も増すので、教会は基準を設けて迷宮に入る人間を制限しているのです。許可証はその許可の程度により、結界術でいける場所が限られています。何かご質問等ありますか?」
「…奥に行くほど危険も増す、って…ええと、私対モンスター戦は初めてなんですが」
「何事も慣れです。特筆すべきような強いモンスターはアズベラには生息していないはずですので、その点は問題ありません。ただ以前にも言いましたが、神剣は人を選びます」
「そうそう、神剣ってねぇ、だーいぶ人を選ぶのよ。だから、ここの神剣がベルちゃんに合えばいいんだけど。他に行くとしても、転移魔法が使えないベルちゃんじゃ難しいしね。ここから一番近い迷宮でも、歩くと…1週間てとこかしら?」
「1週間…」
それは時間的にもかなり厳しい。
かくなる上はなんとしても神剣に認めて貰わなきゃならない訳なんだけれど、システィシャさんも、ルティウスさんも、“神剣に認められる”という具体的な内容は知らないようだった。
ああ、あの時クロヴィスに色々と神剣のことを聞いておけばよかった。まあ、後悔先に立たず、という奴ですね。
こういう時、私に剣を教えてくれたヴァレント教官は必ずこういうはずだ。
「気合と根性で乗り切って見せます!」
うん、ここで悩んでいても仕方がない。
システィシャさんに受付をして貰った後、私たちは薄暗い迷宮の中へと入り込んだ。
*
「…カビ臭いわ」
「そうねぇ、空気悪いわ」
アスコットが作りだした炎の明かりを頼りに、奥へ奥へと進んでいく。
どうやらアズベラ迷宮には、私のような勇者志望の他に、モンスター退治して素材を集めている人や、単純に腕試しをするために入っている人がいるようだった。
そのため、モンスターが出てもあっという間に誰かに倒されることが多く、上層・中層はまるですることがなかった。
だが、下層に差し掛かった途端、あれだけいた人がほとんどいなくなっている。
湿り淀んだ空気に、私たちの足音と、時折聞こえる水の音しかしない。
茶色かった岩肌は、いつの間にか灰色がかったものへと変わっていった。
「そういえば、ベルちゃんて暗いところが苦手なの?」
「…はい、あの、暗いと怖いんですよ」
迷宮に入る前、対モンスター戦が初めてなことに戸惑っていたのが嘘のように、ある意味であっという間にモンスター戦にはなれた。
モンスター、知識としては知っていたが、まさかあんなに恐ろしいものだったとは。
この何もない洞窟の中で、モンスターがいきなり出てくることが何よりも怖い。
モンスターを倒すのはいい。だが、何もない暗闇からいきなり現れないでほしい。
それも、見た目はだいたいグロテスクな訳で、覚悟を決めていても、いざ見るとつい叫び声をあげてしまうのだ。
アスコットの手を握り締めながら(アスコットは嫌そうな顔をしながらも、手を繋いでくれている。優しさに涙!)、私は恐怖心と戦いつつ、一歩一歩頑張って足を進めていた。
あの夜は必死すぎて恐怖心とかそういったものを感じる暇さえなかったが、元来私は怖いものが大嫌いだ。
フェルトリーリエ王国の魔女・魔法使いは大抵が夜を好むし、恋愛小説よりも怪奇小説の方が人気だったりする。
笑い話のように、怖い話をしたりもするし、ともかく怖いことが大好きな国民なのだ。
そう考えると、やっぱり私にはあの国は合わなかったんだと思う。
「全く、ベルは変わってるんだから。まあ、だからこそ飽きないんだけど。あ、モンスターが3体いるみたい」
「よし!いきなりじゃないなら大丈夫ですよ!私行くので、援護頼みます!」
私たちの少し先、ようやく炎の明かりが届いたか、届いていないかといったところに3つ影が見える。
踏み出した一歩に力を込め、飛び出し一気に間合いを詰める。
そのまま、力の流れるがままに愛剣を抜き、やっぱりなんとも形容しがたいぐちゃぐちゃーとしたモンスターを切りつけた。
「やだ、何この子!かわいい」
「あ、アスコット!?え、ちょ、何言ってるの!」
切りつけた傍から、得体の知れない体液をまき散らしつつ、ぶよぶよと揺れるモンスター。
あちゃー、これは燃やし尽くすか、核を破壊しないといつまでも再生するタイプの奴みたいです。
このタイプって本当めんどくさいんだよねぇ…。ちなみに、あのぐちょっとした体液は、美容効果抜群(byルティウスさん)らしいんだけど。
どこからどう見ても可愛いとは思えない。
私がおかしい…訳じゃないのは、隣のルティウスさんの怪訝そうな顔を見てよくわかった。
「一匹だけでも持って帰れないかしら。きっと可愛い使い魔になると思うのよ」
うっとりとしたアスコットの声。
私だって、親友であるアスコットの願いは出来ることなら叶えてあげたい。
あげたいけれど、目の前のモンスターはどうしても無理です、はい、ごめんなさい。
こんなのが四六時中アスコットの傍に、つまり私の近くにいるとか考えるとその…きつい。
このメンバーの中で唯一炎の魔法を出せるアスコットがあの調子なので、ここはもう物理的に叩くしかない。
改めて愛剣を握り直し、核ごと一気に破壊するつもりで剣を振り上げた、その時。
「我、光り輝く御身の元、闇より出でし愚者を打ち払い、聖槍よ、ここにその栄光を示し賜え」
鋭い光がモンスターを包み込んだかと思うと、次の瞬間には、キラキラと光り輝く粒子だけがその場に残っていた。
「えと、あの…システィシャさん?」
確か、これは私の試練だからシスティシャさんは本当に危機的な状況以外手を貸さないとかなんとか言ってなかったっけ?
別に今、危機的状況とかじゃなかった気がする。うん、システィシャさんの助けが無くても物理的に消滅可能だったはず。
教会独自の神聖魔法とやらが発動した名残なのか、システィシャさん自身わずかにキラキラと輝いている。
その場を支配するのは微妙な気まずさ。ルティウスさんと私は思わず目を合わせ、アスコットは一人ものすごく嘆いていた。
そんな中、システィシャさんはどこか気まずげに眼鏡を押し上げ、私たちから視線を逸らした。
「いえ…あれが、常に視界に入ることになるかと思うと、つい」
「いや、その気持ちは、よく、よーくわかりますけども!」
システィシャさんて、見た目通りすごく潔癖そうだもん。いつも手袋とかしてるし、着ている祭服も染み一つなく真っ白。
つまり、さっきの状況はシスティシャさんの危機的状況、だったということなんですね。
妙に納得した私と、少し呆れたように笑うルティウスさん。…背後で恨めしそうな顔をしているアスコットは放っておくとして。
そんなこんなで、私たちはいつの間にやら、迷宮の奥深く…深層と呼ばれるところまでやってきていた。
それはもう本当に拍子抜けするくらい、あっさりと。
下層のモンスターはそれなりに強いのもいたけれど、手強い、と感じるほどでもなかった。
けれど、だからこそ怖いと思う。
これまでずっと、多くの勇者候補を拒んできた神剣がこの先にある。
むき出しの岩肌しかなかった洞窟から一転して、精緻な細工の施された古い石造りの扉が目の前にある。
肌を刺すような冷気にゾクリとする。そこは、まるで異世界のようだった。
「…それでは、マリアベル・アルメッティ・フィア・グラディウス。覚悟はよろしいですか?」
厳かにシスティシャさんが私の目を見て尋ねる。
ルティウスさんも、アスコットも私を真剣に見つめている。
今、ここが私にとって全ての分岐点なんだ。
この扉を開ければ何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
その変化が恐ろしくて、待ち遠しい。
だからこそ、私は精一杯の笑顔でシスティシャさんに答えた。
「勿論です。ここからが、はじまりなんです」
その答えに、皆も微笑み返す。
そうして、私は固く閉ざされた扉に手をかけた。




