こっそりと始まる。
9月25日 加筆修正
「無理です。認められません」
「えー、なんでよー?自分で言うのもなんだけど、私がいると色々便利よ?」
不満そうに口を突き出すルティウスさんに、システィシャさんがげんなりとした顔をする。
「…今回は緊急事態でしたので、不本意ながらお前の力を借りました…が、四六時中一緒となると…」
「うふふ、なぁに?まさか!ときめいちゃう!?恋しちゃう?!駄目よ、シスちゃん。私たちは男同士、いくら女っ気のない神官だからってそんな」
きゃー、と顔を押さえたルティウスさんに、システィシャさんの額の青筋が…やばい、これはまずい。
システィシャさん、見たこと無い程やばい顔してる。どうしよう、とルイの方を見れば、はい、無駄ですよね。
「リア、そんなに見つめないでください。照れます」
「いや、見つめてないですからね。馬鹿な事言ってないで、システィシャさんとルティウスさんをどうにかしないと」
あわわわわ、こんな時はどうしたら。いっそ、一度私が思いっきりお二人を殴って気絶させて…いやいや暴力は駄目だって!ああ、でもどうしたら。
こんなとき、社交術に長けたアルフ兄様とかシャーナ姉様なら上手く場を収められるんだろうけど。
「システィシャさん!お、おおおおお落ち着いてください!ルティウスさんもウィンクとかして煽らないで!」
「大丈夫です、ベル。私は落ち着いています。至って冷静です。この馬鹿とはそれなりに付き合いも長いですからね。今更これしきの事くらいで…」
「そうよー、これは挨拶みたいなものなのよー!うふふ、シスちゃんたら昔っからいじっぱりなのよ。あれは…そう、シスちゃんが神官になるって言い出した時のことなんだけど…」
「ルティ、おめぇ、あんだらふざけたこと言ったら、今度こそ光で浄化さしてやっからな!?」
ガッ、と激しい勢いでルティウスさんの肩を掴み思いっきり揺さぶるシスティシャさん。
そうして揺られながら、「わかった、内緒なのね」と笑うルティウスさん。
「それよりも、いいのかしら」
「なにがだ」
「出てるわよ、訛り」
「っ…私としたことが…!」
途端にルティウスさんから手を離し、絶望したとてでも言うように頭を抱えたシスティシャさん。
うん、突っ込みどころがありすぎてどうしたら。
先ほどから、目まぐるしく状況が変わりすぎて正直ついていけませんよ!
「あのー…」
「すみません、少し1人にしていただけますか…その、あまりにも大人げない自分が恥ずかしいのです」
そう顔を真っ赤にしたシスティシャさんに言われれば、はい、としか言いようがない。
それにしても、こんな時に不謹慎だとは思うけれども、システィシャさん、か、相変わらず可愛いです!
なんというか、この短期間の間にすっかりシスティシャさんにメロメロと言いますか、守ってあげたいという母性本能と言いますか!
普段隙のないクール眼鏡のシスティシャさんがふいに見える無防備な感じ、おそらくこれですよ。
よく、友人のアスコットが、眼鏡男子の良さを語っていたけれど、なんとなくわかる気がする。
「わかりました。私もちょっとルイと話したい事がありますし、システィシャさんの部屋をお借りしますね」
そう言って、背後で突き刺さるような視線を向けてくるルイを回収して部屋を出る。
ついでにシスティシャさんの心の平穏のために、ルティウスさんも回収しておいた。
不満げなルティウスさんを廊下に残し、ルイと共に私の部屋の隣にあるシスティシャさんの部屋へと入る。
うん、なんかおかしな感じなんだけど、倒れた私のお見舞いにシスティシャさんが来てくれたから、今システィシャさんがいるのが宿での私の部屋な訳で。
さすがにシスティシャさんと同じ部屋に泊まる訳にもいかず、宿は毎回二部屋、それも鍵のかけられる部屋を借りている。
システィシャさんの部屋は、綺麗に整理されていて、あれ、私の部屋大丈夫だったかな、ちゃんと整理してあった…よね、とかすかに不安になった。
「リア、あの僕が言うのもなんだけど、いきなり2人っきりっていうのは、その」
「ルイ、防音結界を、それもとびきり強力な奴お願いします」
「リ、リア!?」
「いいから早く」
顔を真っ赤にしたルイは、けれど私の言う通り防音結界を張ってくれたようだ。
そうして、なんだか心なしか潤んだ瞳で嬉しそうに微笑みかけてくる。
こいつ、これから私が何をするか間違いなくわかってないな。
呆れとともに、ちゃんと部屋のドア付近を陣取り、逃げ道を確保しておく。
「で、システィシャさんとルティウスさんになんて説明をしたんですか」
「え?ああ、だいたいはそのままに。リアが僕との結婚を嫌がって国を出たと話したよ。僕自身のことはフェルトリーリエの公爵家の息子だと話してある。王太子である僕の許嫁の話は国外にはほぼ知られていないから。まあ、知られても僕は構わないんだけど。そうしたら、リアに近寄る馬鹿な男は減るだろうしね」
「いや、王太子が他国にいるとか問題ありまくりですし!…ああ!そう、それですよ!」
そもそも、王子、それも王太子に追いかけられてるなんて知られたら勇者への道は間違いなく遠のく。百害あって一利無しだ。
げんなりとしながら、ふと、もう一つの聞きたかったことを思い出す。
きょとん、と不思議そうに首を傾げたルイに、おそるおそる、嫌な予感を覚えつつ尋ねる。
「ルイ、どうして私がここにいるとわかったんですか」
そう、どうしてルイはこの街にいたんだ。色々あってすっかり忘れていたが、これってかなり由々しき問題だと思う。
システィシャさんには実家であるグラディウス家には私の事を絶対に教えないでください、と頼み込んであったし、私にはそもそも探索魔法等は通用しないし、どこからばれたのか見当もつかない。
これって結構、いやかなり不気味なんですが。
「リア、愛の力で…」
「ルイ、ふざけたことを言うとどうなるかわかりますよね?それでもいいなら続けてくださいね」
出来る限り笑顔を作って目の前のルイにそう言えば、途端にルイは青褪めた顔をする。
そうして、どうして私のいる場所を特定したのか、困った顔をしつつもルイは語り始めた。
*
「っ、許せぬ!ああ、腹立たしい!」
ガシャン、と陶器の割れる音がする。東方の著名な職人が十年もの歳月をかけて作りだしたとされる、二つとない名作だ。
けれども今は、部屋の主の手により見るも無残な姿となっている。
艶やかな、燃え盛る炎のような赤く長い髪を揺らしながら、絶世の美少女は声を荒らげる。
アリスティシャ人に多く見られる褐色の肌は瑞々しく、少女の若さを表している。
猫のように少し釣り目気味の大きな瞳に、愛らしい小作りの唇。
複雑な文様の折り込まれた伝統的な布を幾重にも身に纏い、美しい宝石で飾り立てている。
――アリスティシャ帝国を治めるミレア女帝は、今日も不機嫌であった。
「わらわは美しい!そうであろう?それなのに、あの男…わらわの誘いを断ったのじゃぞ?!」
憎々しげに、目に入る全ての物を投げ、壊していく。
そうして、ひとしきり壊しつくすまで、ミレアの気は収まらないのだ。
以前から一目見て気に入っていたフェルトリーリエの美しき王太子。夫にしてやってもいいと思っていた。
それなのに、許嫁がいるからと断られ、腹いせに魔石を理由に国として揺さぶりをかけてやった。
そうしたら、突然向こうから話がしたいという。
きっと、許嫁との結婚を思い直したに違いない。当然だ。わらわほど美しい女はこの世にいないのだから。
ルイ王子は優しいから、幼き頃からの許嫁を切り捨てることに躊躇っていただけなのだ。
けれど、わらわへの愛に気が付いたから。だから、わらわに許しを乞うのだろう。
ふふ、わらわは心が広いからな。許してやろう。ああ、でもすぐには許してやらぬ。そんな簡単な女ではないのでな。
わらわに愛を囁くルイ王子の姿を思い浮かべながら、これ以上は無いほどに美しく着飾った。
そうして、魔道鏡越しに映るルイ王子に微笑みかけた途端、信じられないことを言われた。
『今そちらに、僕の愛しい許嫁がいるようなのです。事情があって、詳しいことは話せませんが、捜索の手助けをしていただきたい。…断るようでしたら…、力づくで行かせてもらいます』
凍りつくような笑顔に、身体の震えが止まらなかった。
通常ならば、何を馬鹿な、と言えたかもしれない。だが、相手は…忘れてしまいそうにはなるが世界一の魔法使いなのだ。
それに、世界の魔道を握っているといわれるフェルトリーリエ王国。その力は底知れない。
更に、その背後にはベルデウス帝国がいる。フェルトリーリエとアリスティシャが戦争にでもなれば、間違いなくベルデウスはフェルトリーリエにつく。
どう考えても、ここでルイ王子の要求を呑み、フェルトリーリエに貸しを作っておいた方がいいというのはわかっていた。
けれども、統治者としてではなく、女としてのミレアはその要求を呑むことができなかった。
ひどい屈辱感。とうてい許せるものではない。
憎しみすら籠ったミレアの視線を、ルイはまっすぐと見つめ返す。
『さあ、答えをお聞かせください。勿論承諾していただけますよね?』
ミレアには、否ということが言えるはずもなかった。
あの屈辱の時を思い出し、ミレアの苛立ちは甦る。
あの後、ルイ王子の求めに応じ、国内の教会を探りグラディウス家のマリアベルという娘を探し当てた。
ついでに、そのマリアベルというルイ王子が執着している娘のことも調べてみたのだ。
聞けば、平凡な容姿をした、怪力娘なのだという。
そのことも、ミレアの苛立ちを煽る原因だった。そんな娘にわらわは負けたのか?
考えるほどに憎しみが深くなる。
手にした扇子を壁に投げつけたと同時に、部屋の入り口から1人の男が姿を現した。
「麗しき我らが愛しい女帝様、ククリが参上つかまつりました」
アリスティシャ帝国は代々女帝制の国で、後宮もある。
ククリはその後宮に居る男の一人だった。
ミレアにはまだ正室はいないが、側室ならば沢山いる。いずれも見目麗しい男たちだ。
「遅い!いつまでわらわを待たせる気だ!」
「申し訳ありません。…少し、面白い話聞いたもので」
「…面白い話だと?ふん、言うてみよ。ただしつまらなかったら許さぬぞ」
「例の、ミレア様を煩わせている女の話です。そのものは、我が国に入る際に、ベルデウス帝国の皇太子紋を使用したようなのです」
「ほう?それがどうしたのか」
「娘は、どこでそれを手に入れたんでしょうね?」
ククリが愉快げに目を細める。
「ベルデウス帝国は、皇太子紋は無くしたと、見え透いた嘘を吐いているようですが、フェルトリーリエ王国も王室に関わることなので深くは追及しないようです。…お互い、居ないはずのフェルトリーリエにベルデウスの皇太子がいて、フェルトリーリエの王太子の許嫁が国を出奔、などと醜聞は隠したいはずですから。ですが…」
「我が国が問うても傷はつかない、という訳か。だが、娘を叩けばルイ王子が黙っておらぬぞ?口惜しいが、我が国には今フェルトリーリエを敵に回す真似はできぬ」
魔道は武力であると同時に、生活の支えでもあるのだ。このアリスティシャ帝国も、大半の魔道技術をフェルトリーリエ王国に頼っているのが現状だ。もっとも、この大陸の国の殆どがそうなのではないだろうか。
不服そうに眉を顰めたミレア女帝に、ククリが、ですが、と続ける。
「勇者となってしまえば、フェルトリーリエ王国は国として娘を守ることはできなくなりますよね?何せ勇者は国としての関わりを基本的に持たない存在ですから」
「じゃが、娘が勇者になれるとは限らぬぞ?むしろ、ならない確率の方が高いのではないか?」
勇者になれる人間は本当に一握りだ。ミレアにしてみれば、娘はこのまま勇者にならず、ルイ王子とともにフェルトリーリエに帰り、婚儀をあげるのではないかと思う。
今は仮登録とかいう訳のわからない状態らしいが、ルイ王子が傍にいるようなので手を出すことは難しいだろう。
「いえ、娘は、マリアベルは必ず勇者になりますよ。あの娘はそういう運命なのです」
ニヤリ、と口元を弧に歪めたククリに、ミレアは言い知れぬ違和感を覚える。
最近気に入ってよく呼んでいる男ではあるが、果たしてこのような男であっただろうか?
「ですから、ミレア様。娘が勇者になった暁には――」
そうして、ククリの語る計画に、ミレアの顔は見る見るうちに笑顔となる。
ククリの背に漂う黒い影に気が付かぬまま。
「ふむ、面白い。ならば、全てはそなたにまかせよう」
「ありがとうございます。我が女帝、貴女様のために、必ずや成功させてみせましょう」
ミレアの小さな手を取り、ククリは恭しく口づけた。
システィシャさんの方言は特にモデルなどがなく、私が適当に作ったものです。
なんとなく聞いたことあるかな、といったものですので、深い意味などありません。
あとルティウスさんは、女の人が大好きです。




