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私、勇者になります!!  作者: るる子
2章 勇者の条件
24/32

過去とそして現在!

9月25日 マリアベルのルイに対する態度・感情等修正

 ぐるぐると世界が回る。

 まるで、身体が浮いているかのようで、けれど急速に沈んでいくような、おかしな感覚。

 ゆらゆら揺れている。私の世界が揺れている。

 いくつも厳重に鍵をかけた何かが、少しずつ壊れていく。

 きっと私の奥深くで大切に守ってきた真実が目を覚まそうとしているのだろう。

 その証拠に真っ暗だった私の目の前には、あの日の“私”が困ったように微笑んでいた。


『そっか、思い出すんだね』

「…うん。もう、目を背けている訳にはいかないから」


 本当は何を思い出すのだろう、と正直怖い。

 けれど、もう逃げださないと決めたから。たとえ、そこに何があろうとも。

 決意を込めてまっすぐ“私”を見つめれば、“私”は嬉しそうに微笑んでいた。

 目の前の幼い“私”。私が記憶を改ざんしたあの日のままで、その姿は止まっている。

 真新しい、着慣れない王立魔道学院の制服。

 あの頃は、“ルイに相応しく”ではなく、“共に隣で歩む”ことが私にとって1番だった。

 そう、だからこそ、私は―…。

 何かを掴みそうで掴めないもどかしさ。

 悩む私の手を、そっと“私”が手に取る。“私”は、泣いていた。


『ありがとう…、本当にありがとう。強く、なったんだね』


 心も、そして守れるだけの力も。

 ありがとうと言われても、まるで実感がわかない。ただ、“私”と触れ合った箇所が温かくて気持ちいい。


「どうしてありがとう、なんていうの?自分のことなんだもの。頑張るのは当たり前でしょ?」


 そう、私たちは同じ“私”なのに。

 だから、あの日…ルイを、自分を守るために逃げ出した弱い私も、“私”だから。

 そう思った瞬間に、“私”と触れ合った箇所が溶け合って混ざり合っていく。

 不思議と怖いとは思わなかった。それよりも、漸く欠け落ちた何かが戻るような、そんな満ち足りた感覚。

 

 そうして、私の意識はあの日―ルイが学院を去ることになった日に戻っていた。




 幸せだった。私は、とっても幸せだった。

 優しい家族と、大好きな未来の旦那様であるルイ。

 幼い私の世界を形作る人々。

 ルイのことは気が付いたらいつの間にかいなくてはならない存在になっていたし、誰よりも幸せになって欲しいと幼心に思っていた。

 まるでおとぎ話の王子様のようなルイ。けれどそんなことより、ルイの優しい心が何よりも好きだった。

 2人で野に咲く花を一緒に見て、笑って。星を見て、また笑って。

 幼い私たちは、どこまでも自由だった。周りの目も何もかも関係なかったから。

 そんなルイが、時折張り付いたような笑顔をして、瞳の奥がとても寂しげにしている時があった。

 それを見る度に、私の心は苦しくて。何もできない私だけれど、精一杯ルイを慰めようとした。

 その度に、ルイはありがとう、と優しく微笑んでくれて。


 そうして、王立魔道学院に入学することになって、そこで私は魔力がないという自分の異常性に気が付くことになった。

 だけれど、それでもルイがいいと言ってくれたから。

 だから、私は前だけを向いて頑張ってきた。

 それなのに、どうして?


「…だから、むかつくのよ!魔力もないくせに、ルイ様の周りをうろちょろと」

「ルイ様だって迷惑してるの!わかるでしょ?」

「そんな、私はただルイが好きで」

「まあ!自分はルイ様が好きだから何してもいいとでもいうの?」

「私たちだってルイ様をお慕いしてるわ!」


 普段あまり使われることのない旧校舎の空き教室で、私は数名の同級生と上級生の女子に囲まれていた。

 突き飛ばされても痛みはあまりないけれど、心はすごく痛かった。

 蔑むような眼差しが突き刺さる。


「そんな、私、は…」

「何よ?言い訳するの?」

「ルイ様の運命の赤い糸だって何かの間違いに決まってるわ!魔力のないできそこない!」

「できそこない…なんかじゃっ」


 できそこない、その言葉が右から左から何度も繰り返される。耳をふさいでも、どこからかするりと入り込んで、私の心を何度も傷つけていく。

 何か言い返さなきゃ、そう思うのに言葉が出てこない。呼吸だけがどんどん荒くなって、目の前がぼやけていく。

 泣きたくなんかない。そう思うのに、意志に逆らって涙が一粒、二粒零れ落ちていく。


「…リアっ!?」

 

 だから私は、ルイが助けに来てくれたときも、その瞳の冷たさに気が付くことが出来なかった。

 

「…ルイ…」

「リア、大丈夫?!何があったの?」


 ルイに抱きしめられて、その温かさにホッとする。

 そうした私とは対照的に、周りの女子たちは思いがけないルイの登場に慌てているようだった。


「ルイ様!?どうして、ここに」

「ご一緒にいた令嬢はどうなさいましたの?!」

「…うるさいよ」


 凍りつきそうな程、冷たい声。


「ルイ?」


 こんなルイの声初めて聴いた。怖い。ルイが怖い筈なんてないのに、怖くて仕方ない。

 戸惑いながら、ルイの顔をそっと覗き見て、私はこの時初めてルイの底知れない怒りを知った。

 そうして、同時に苦しそうな女子たちの顔を見て、ルイの魔力が溢れだしていることを知る。

 魔力の無い私にはわからないけれど、強い魔力というのはそれだけで、他の者を苦しめるというのを思い出した。


(そうか…だから、私も学院に入学させられたんだ)


 唐突に納得をする。それは、こんな異常事態故だったのかもしれない。

 魔力の無い私が、魔力の有る者が入る学院に来た理由。

 それはこうした時に、正しい知識を活用するためだったのかもしれない。

 普段はきちんと押さえられている魔力が溢れだしている…そうなると、次に考えられるのは。

 ルイの鋭い眼差しの先を見て、私は考え付いた予想に青ざめた。


「駄目!ルイ、それだけは…!」


 けれど、それは一歩遅く。むなしい私の叫び声とともに、光の洪水が溢れだす。

 幼い、なんて天才の前には何の意味も持たないと思った。

 まだ魔道の基礎を習い始めた子供たちの中にあって、ルイは既に実践で戦えるレベルの魔法が使えるのだから。

 同級生はもちろん、ルイよりも何歳も年上のお姉さんがなす術もなく光に呑まれていく。

 その叫び声も、何もかもを呑みこんで。

 

「あ、ああ…」


 光が消え、目が少しずつ辺りの様子を映し出す。

 先ほどとまるで変わらないかのように見える景色。違う。そこかしこに倒れているのは何?

 

「リア、もうこれで大丈夫だよ。だから泣かないで」


 いつもと同じ優しいルイの笑顔。

 あふれ出る私の涙の意味を勘違いして、そっと拭ってくれる。

 怖い。どうしよう、怖い。

 ひどく混乱する頭で、私はなんとか懸命にどうするべきか考えていた。

 私にとって、私を見てくれるルイが愛しいように、ルイも私が、私だけなのかもしれない。

 でも、それでいいはずがない。

 怖い。私がいなくなったら、ルイがどうなってしまうのか、そのことがとても怖い。


「駄目、ルイ、駄目だよ」 


 私がルイを好きなことで、周りが嫉妬して、それでルイが誰かを傷つけるというのなら。

 そうして、ルイが誰よりも傷ついた目をして笑うというのなら。

 私は―…。


「リア?どうしてまた泣くの?」

「…ごめんね、弱い私で」


 もっと私が大きければ、強ければ、きっと他の方法を見つけられたのかもしれない。

 けれど、今の私には本当に何の力もない。ルイを止めることさえできない。

 選ばれた『運命の赤い糸』だった。

 その名の通り、私たちは恋に落ちた。

 でも、この国の無機質な感情を伴わない『運命の赤い糸』に多くの人が涙を流して、妬み恨んでいるのだとしたら。

 

「だいすき、ルイ」


 きっと、また誰かを傷つければルイの心に深い傷が出来てしまう。

 どうしてか、ルイの心が深い闇に落ちてしまうのではないか、と思った。

 だから、私はルイをちゃんと守れる力を手に入れるその時まで、私の心が強くなるまで、ルイを愛しいと思う気持ちと記憶を深く仕舞い込もう。

 出来る限りの妬みを避けられるように、私は彼女たちの言うようにルイの『できそこないで不釣り合いな許嫁』でいよう。

 そうすることでしか、ルイを守れない弱い私を許してください。


 そうして、私は意識を手放したのだった。

 そうだ、そう、だった。

 私は自ら望んで、『できそこないで不釣り合いな許嫁』だと自らを卑下していた。

 向けられる嫉妬はそれでもあったけれど、確かに減っていた。

 ただ、私の好きだったルイの笑顔も失ってしまった。

 そして、ルイを守るという目的を忘れてもなお、私は力を得るために“再び”剣を取った。

 

 それから早数年、国を出て勇者を目指して―…。




 ゆっくりと目を開ければ、目の前一杯に泣き顔のルイ。

 うん、泣き顔も美人とか本当腹立つ。泣き顔とか、なんかぐしゃぐしゃーって感じになるはずですよ普通。


「ルイ、ちょっと離れてください」

「っ、リア!大丈夫?!どこか具合悪いとことか、ああ医者?!医者を呼ばないと」

「どこも問題ないから安心してくださいよ」


 縋り付くようにくっついてくるルイをグイッと力いっぱい引き離し、ゆっくりとベッドから起き上がった。

 全部、思い出した。若干幼い頃の気持ちを今の思考で辿ったからか、少しおかしな気もするが、問題ないと思う。

 私はルイのことが確かに好きだったらしい。


「リア?どうしたの?やっぱり具合が?!」

「わ、悪くないです!」


 意識した途端急に恥ずかしくなる。

 あれ、ルイってこんな眩しかったっけ?いや、昔からキラキラ族でしたけれども!

 けど、それは私じゃない私のようで。

 今の私とは別の私が、ルイにときめいている、のだと思う。

 なんていうか、未だに過去の私と、今の私の感情が混ざり合っていない、そんな感じで。

 

「それより、ルイ。…あの日、あの後どうなったんですか?」


 気を取り直して、落ち着いてルイに気になっていたことを問いかける。

 あの日、だけでわかるかと少し心配したが、ルイにはすぐにわかったらしい。

 先ほどまでとは打って変わって、真剣な面持ちで口を開いた。


「…全員、生きてたよ。そして、あの事件は無かったことにされた」


 まあ、王家が絡んでいるし、それは想定内だ。

 それよりも、良かったと安堵で胸が一杯となる。


「そう…生きてたならよかった」

「リア、僕は…」


 気が付いているはずなのに、ルイは私に記憶が戻ったのかと聞いてこない。

 それは、きっと先ほど同じ過ちを犯しかけたことを気にしているからなのだろう。

 後悔ばかり滲むルイの顔に、ため息を一つ吐いた。


「全部、思い出しました。…まったく、あの頃から変わってないんですか?それじゃあ、私が記憶を無くしてまでルイから離れた意味がないってことですか?」

「…そんなことは!…いや、今の僕が言っても意味がない、よね。…ごめん」

「いや、謝って済む問題じゃないですよ!まったく!次こそは許しませんからね」


 きっ、と睨み付ければ、しょんぼりとしながらもどこかほっとした様子のルイ。

 いやいや、もっと反省してください!

 全く、なんのために私が身体を張ったのか本当にわかっているんでしょうか。

 それなのに、なんか嫌な予感しかしない。

 重苦しい沈黙。

 そういえば、ここは私が泊まっていた宿の部屋みたいだけど…システィシャさんはどこにいったんだろう?

 キョロキョロと辺りを見渡せば、ルイとばっちり目があった。

 うわ何この長い睫。何をしたらこんなに長くなるんだろう。色も白いし…くっ、女子力!

 そんなことを私が思っている中、ルイが躊躇いがちにゆっくりと口を開いた。 

「…ねぇ、リア。記憶を思い出した、ということは…」


 そうして、早くも期待の混じった眼差し。そんな期待されても何も出せませんからね!

 むしろ、長年の卑屈精神といいますか、不釣り合いな許嫁、の意識が強くて、いたたまれなさで逃げ出したくなる。

 ルイの眼力に負けて、思わず目を逸らせば、いつの間にか手まで握られて、心なしか…あれ、近い?!

 まずい、これは非常にまずいかもしれない。

 というか、私これでも意識を失って倒れていたんですけどね!何この押せ押せ押せ、といった感じは。 


「フェルトリーリエに戻って僕と…」

「え、勇者になりますけども?」 

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