私はマリアベルです!
それからは、もう自分でも訳が分からないくらいに必死に走った。
(システィシャさんは、もう宿に戻ってるかな?)
だからといって、ただがむしゃらに逃げればいいというものでもない。
私がいきなり消えたらシスティシャさんは困るだろうし、何より一生に一度のチャンスともいえる勇者登録への道が閉ざされることとなってしまうのだ。
そんな訳で、私が今出来る最善の方法…それはシスティシャさんを回収して街を出ることだった。
フロランスを置いていくのは大変忍びないが、この緊急事態では仕方ない。もしかしたら、あとでこっそり取りに来ることが出来るかも。今の私はそう信じるしかない。
乾いた空気が喉を焼く。砂漠の街特有の入り組んだ道に、迷わないよう気を付けながら宿への道をひた走る。
“また”私は逃げるの?違う。これは戦略的撤退なんです!
そう自分に言い聞かせながら、人にぶつからないよう気を付けつつ全力疾走をした。
宿の前で丁度目的の人物を見つけたときには、思わず神様ありがとう!と言いそうになった。
走る私に一瞬眉をしかめたシスティシャさんは、呆れたような顔をして宿の入り口で足を止める。
「全く、どうしたんですか?ベル、人にぶつかったらどうするんです。街中で走るのは…」
「シィスティシャさぁあああん!いいから!早くこの街を出ますよ!」
なんかもう、システィシャさんに母性のようなものすら感じてしまいそうになります、が!
今はそれどころじゃないですからね。
愚図愚図していたら、奴に見つかる可能性が高まる。コンマ1秒が命取りというのは、まさにこういうことを言うんだろうか。
訳が分からないといった様子のシスティシャさんの手を掴んで、宿に入ろうとした、まさにその時。
「…へぇ、リア。何、してるのかな?」
目の前には、奴がいた。
それはもうとびきりの笑顔で、言葉にするなら殺人的微笑みとでもいえばいいのだろうか。
手のひらから、背中から、全身に嫌な汗がにじみ出る。
この砂漠の街で、一際浮いた存在。周囲の背景にはまるで馴染んでいない、まさに御伽噺の王子様のような出で立ちの人物。
「ルイ、様…」
震える声でそう呼べば、「久しぶりだね、リア」と返された。
「それで、いつまで手を握っているの?」
にこやかに指摘されて、慌てて掴んでいたシスティシャさんの手を放した。
急な展開に、システィシャさんも混乱しているかもしれない。
そう思ってシスティシャさんの顔を見れば、システィシャさんはいつもと同じように、いやいつも以上に落ち着いて見えた。
むしろ、理知的なその瞳を細めてルイ様を観察しているようだった。
そうか、酷く混乱しているのは私なんだ。いつだって、ルイ様に過剰ともいえるほどに反応して。
今こそ勇気を出さなきゃいけない。そう思って、ぎゅっと、拳に力を込める。
そうして、大きく息を吸って、ルイ様の目をゆっくりと見つめた。
「どうしてここにルイ様がいるんですか」
「どうしてって…許嫁を迎えに来たんだよ」
「…ルイ様には申し訳ありませんが、私は勇者になるつもりで国を出たんです。帰れません」
「でも、僕たちは『運命の赤い糸』で許嫁なんだよ?そう簡単に、リアの言い分を認めるわけにはいかない」
「っ、私は、勇者の、その仮登録中で…」
今にも、震えてしまいそう。今にも、逃げだしてしまいそう。
けれど、そうやって流されてしまえば、私はきっと自分を許せなくなる。
フェルトリーリエ王国にいたときは、いつだって周りの、ルイ様の顔色を伺っていた。
馬鹿みたいに自分を卑下して、何もかもを諦めていた。
というか、もしかしたら悲劇のヒロインのように、ただ悲嘆するばかりで、声を上げて反論したことなんかあっただろうか?
生まれてこの方魔力なんてないのに、魔道の勉強させるなんて意味ないとか、好きでルイ様の許嫁になった訳でもないし、羨ましいというのならば代わってみればいいじゃない!とか。
確かにそれは些細なことだったかもしれない。でも、何かが変わるきっかけに成り得たかもしれない。
だいたい、美形がなんだというのだ。私の家族だけで美形枠はすでに埋まってます、お腹一杯なんです。
考えてみれば、それは酷く簡単なことだった。
「私は、ルイ様の許嫁である前に、『運命の赤い糸』とか意味わからない何かである前に、マリアベルなんです」
いつになく私の心は凪いでいた。やっと、向き合うことができたから。
一方、ルイ様はというと、驚いたように目を見張った後に泣きそうな顔をしていた。
「…リア、君は…、僕は、どうしたら」
「どうしたもこうしたも、ルイ様もルイ様の自由にすればいいんじゃないですか?」
そう言えば、ルイ様は何も言わずに俯いている。
本当は、『お好きに国へ帰って私の存在等忘れてハーレムでもなんでも築いてください』そう続けようとしたはずなのに、私はそれを言うことが出来なかった。
その気まずさをごまかすように、思案顔のシスティシャさんに向き直る。
「システィシャさん、なんだか私の問題に巻き込んでしまって申し訳ありません」
「…いえ、ベル。一つお聞きしたいのですが、ルイという名と許嫁という言葉から察するに、もしやそこにいるのは…」
「あ、もしかして魔法が効いたままだったんですかね?!えと、あのー…」
こんなときどうしたら!?
てっきり、ルイ様の幻術は解除されているのかと思っていたが、消えてはいなかったらしい。
だから、システィシャさんあの人外美形みてもなんとも思わなかったんですね。
そういえば、周りも騒いでないし、そもそも他国の、それも険悪な国の王子が街中にいたりしたら問題がある訳で。
システィシャさんには正直に言うべきなのだろうか。
でも、それで何か問題が
発生したとしたら…、ああ、こういう問題はアルフ兄様とかの得意分野のはず!
いつもはうざったい兄様だけど、こんな時にはいて欲しい!
「あの、その」
「いえ、言わなくても結構ですよ。知れば困るし、知られれば困る、といったところでしょうか?さてと、私は部屋に戻らせていただいてもよろしいですか」
「システィシャさん…、はいっ、大丈夫です。ありがとう、ございます!」
システィシャさん、本当ありがとう。もうこの気遣いというか優しさというか。
私がシスティシャさんへの感謝の気持ちで一杯になっていると、それはそれは低い声が聞こえた。
「…リアは、その男の方がよくなったの?」
「え、何言って…」
「僕を捨てるつもりなの?そんな、僕にはリアが、リア君だけなのに」
言葉を失った。ルイ様の美貌を見て、怖いと思ったのは初めてかもしれない。
感情をそぎ落としたような昏い瞳。整いすぎたその容貌から感情がなくなるとこんなにも、作り物めいた様子になるのか。生というものが感じられない。
けど、ルイ様の発する言葉、1つ1つが言い知れない悲しみに満ちているのを感じて、胸が痛くなる。
息が出来ないとまで思えるほどの、深い悲しみが、身体の奥底から湧き出てくる。
そして、同時にこのままでは危ない、と思った。
システィシャさんが危ないと。
頭で考えるより早く、私の身体は動き出していた。
「ルイ、駄目!また同じことを繰り返すの?!私はもう逃げないから、ルイも目を逸らさないで」
強く、力の限りルイを抱きしめる。温かい、それはそうだ。ルイは生きているんだから。
むしろ暑い…ですが!離しはしない。それが一度ルイの手を放した私の責任なんだ。
おずおずと、戸惑うように私の背にのばされるルイ様の手。
あれ、私は、私は…ルイ?ルイ様?
激しく高鳴る動機、眩暈、吐き気に、ぐるぐると頭の中がかき回される。頭が割れそうに痛い。
「…リア…?」
そんな私の異変に気が付いたかのように、ルイが困惑したような声を出す。
けれど、それに答える力はもうない。そうして、私はそのまま崩れ落ちた。
「リアっ?!」
意識を手放す寸前、ルイ様の悲痛な叫び声が聞こえた。
ルイ様と、ルイという表記は意図的に行っているため、誤字ではありません。
まだ意味不明な部分があるかと思いますが、次回はっきりとするはずです。




