勇者仮登録中!2
ぽっきりと、折れてしまった愛剣を鍛冶職人のお爺さんに見せたところ、眉根を寄せ難しい顔をして黙り込んでいたので、これはもう駄目かもしれないと諦めかけたのもつかの間。
「…3日だ」
「はい?」
「3日後にまた来い」
そう言って、フロランスを抱えながら工房の奥へと戻っていったお爺さんに、了解しました!と笑顔で答え、システィシャさんと鍛冶屋さんを後にした。
「3日ですか…。ベル、新しい剣を買うという選択肢はないんですか?」
「いやー…私の怪力に耐えられる剣、ってなかなかないんですよね」
私が徹底して技巧派とか言われるような剣士だったら、問題なかったのかもしれない。
けれど、私は技巧派というよりも、技+主に力で押し切ります!というタイプだ。
元来の怪力のせいか、細かい技巧…力の配分とかそういった諸々が苦手だった。
「昔はそれでよく、色んな剣を折りまくっちゃって。フロランスだけなんですよ、私についてこれたのって。それなのに、クロヴィスって奴に折られちゃいましてね…」
今思い出してもかなり腹立つ出来事だ。
「そのクロヴィスというのは?」
「私もよくわからないんですけど…まあ、ある意味恩人になるんでしょうか?あ、そういえば神剣持ってましたよ」
「…神剣を?」
「はい、えっとなんて名前だったかな…フェルなんちゃらとかいう」
うーん、もう少し。あと少しで全部名前を思い出せそうなんだけれど。
唸る私の横で、システィシャさんが今までになく、真剣な顔で何かを考えているようだった。
というか、よく考えれば神剣を所持した剣の使い手とか…もしかしたらクロヴィスって勇者だったのかもしれない。
そうと決まれば、クロヴィスのペンダントで私が国境を抜けられたのにも納得が…いくのかな?
「あの…」
「ベル、貴女はフェルトリーリエ王国の公爵令嬢でしたよね?」
「はい、そうですけど。なんですか?あ、また公爵令嬢らしくないとかなんとかいうんですか?」
「いえ。それはもう諦めましたので。それより、クロヴィスとかいう男には気を付けた方がよろしいですよ」
え、まさか知り合いなんですか?!と聞こうとしたけれど、私は結局それを口にすることは出来なかった。
表情を殆ど変えないシスティシャさんにしては珍しく、なんだか心底嫌そうな顔をしていたから。
クロヴィス、あいつシスティシャさんに何したんだ。事と次第によっては、許さん。
「さてと、3日間暇が出来てしまいましたね。私は所用を済ませて参りますので、貴女も自由にしていてください」
それだけ言うと、システィシャさんはあっという間に人混みに紛れてしまう。
うーん、私はどうしようかな。
鍛錬とか、情報収集とか、やることは沢山あるけど…。
視線の先には、鮮やかな色をしたアリスティシャ人の伝統衣装。幾何学模様の折り込まれた、薄くて軽いヒラヒラした布。着方によって、襞の出来や、服の形すら異なるし、何より布の留め具の細工がとても可愛らしい。
対して自分は、と見下ろせば、着古した魔剣士見習いの服。この国に入ってから、鬘を被らずに地毛を高く結い上げているものの、どう見たって少年にしか見えない。
フェルトリーリエ王国にいた頃は、いくら着飾ってもどうせ美形すぎる母や姉たちには叶わないと知っていたから、積極的に着飾るようなことはしなかった。
なんていうか、自分が着飾るよりも、より母や姉たちが綺麗に着飾っているのを見るのが楽しかったというか。
けれど、今は、着たこともない衣装を着てみたくてうずうずしている。
(いや、駄目だめ。お金もないし、そんなことしてる暇なんてないんだから)
ああ、でも、髪飾りくらいなら。揺れる細工の付いた髪飾りがすごく可愛い。
買わないにしても、見るだけなら。
そうして、お店に入ってみれば、どれも可愛くて目移りしてしまう。
というか、よくよく考えたら自分で装飾具を選ぶとか初めてかもしれない。
(うーん、難しい…)
いつもは、兄弟たちが用意してくれるのを、何の疑問も浮かべずに使っていたけれど、これからはきちんと感謝しよう。
悩みすぎて、もういっそ何も買わなくていいかな、とマリアベルが店を出ようとした時、横から伸びてきた手が、マリアベルの手にそっと髪飾りを落とした。
「ふふ、悩みすぎたんでしょ?私が思うに、あんたにはそれが似合うと思うわよ」
耳に吐息が触れる。聞こえたのは甘いハスキーボイス。
慌てて耳を押さえて、隣を見れば、そこにいたのはエキゾチックな美女…ではなく、お兄さん?だった。
思わず、ポカンと口を開けて、お兄さん?を凝視すれば、お兄さん?がクスクスと笑う。
「あらやだ間抜けな顔。折角の可愛い顔が台無しじゃない」
焼けて引き締まった肌に、濃い睫の生えた目元。少し厚めの唇は、やたらと色っぽくて、おそらく黙っていれば美男にはいる部類の顔立ちだと思う。さらに言えば、周りに女の人を思いっきり侍らせていそうな。ちょっと、アルフ兄様系統の顔立ちだと思った。
けれど、その身体は…っていやらしい意味じゃないですからね!身体は、武人そのもの。
鍛え上げられ、引き締まった身体をしている。背中に括り付けてある槍を見るに、お兄さん?はどうやら傭兵らしかった。
「あの…、あ、ありがとうございます」
手元にある髪飾りは、蝶をモチーフとした、シンプルだけれど綺麗な髪飾りだった。
少しだけ、大人っぽくて、なんかちょっとドキドキする。
「まあ、お礼なんていいのよ。私のおせっかいなんだから。じゃあ、私はもう行くわね」
そうして、自然な動作でウィンク一つ残してお兄さん?は去って行ってしまった。
私もその後、会計を済ませて、他にも色々な物珍しいお店を見て回ったりしていたんだけれど…。
やばい。なんかすごく見覚えのある人がいる。
確か、フェルトリーリエ王国とアリスティシャ帝国が仲違いして国境を封鎖したのが数日前の話だったはず。
それなのに、どうして。どうしてルイ様がここにいるの?!
そもそも、奴はなんだかんだ言って王子様とかそういうあれじゃなかったっけ。
こんな異国の、それも中規模程度の街に、人がごった返す市場にいるんだ!!
まるで意味がわからない。もし、迎えに来るのならば、アルフ兄様かユーベあたりじゃないかなーとか思っていたのに。
そもそも、私がどういった経緯でここにいると思ったんだろう。
私には何度も言う通り魔力がない。だからこそ、魔力痕跡による追跡とか出来ないはずだ。
(顔でばれた?いや、私の顔はまるで知れ渡っていないはずだし、その線は低いはず)
それにしたってどうしてルイ様が。向こうはまだこちらには気が付いていないようだけれど、やっぱり何度見ても、あの人外キラキラ美形はルイ様に違いない。
どうやら、強力な術を使っているようで、周囲にその存在は気が付かれてはいないようだった。
(私がいなくなって、喜んでいるはずじゃなかったの?)
ルイ様は優しいから。それに、拒否することは許されない『運命の赤い糸』だから。
それだから、ルイ様だって私との結婚を妥協したんじゃなかったのか。
頭が考えることを拒否する。ただ、逃げなきゃ。それだけが、私の思考を支配した。
私を見つけないで。
見つかったって今の私なら、勇者仮登録中の私なら何も恐れることはないのに。
立ち向かう、その勇気が今の私にはまだ持てなかった。
それは、目を背けていた真実と向き合うことになるかもしれないから。
なんかこんな終わり方だと、マリアベルは勇者にならないんじゃうんぬん、と言われそうですが、そんなことはありません。
勇者になって魔王を倒す、それに変更はありません。
そろそろ、マリアベルもルイ様に反撃します。




