9. おでかけ
按田さんは、ビシャのことを「珍しい、低級の魔物」だと言っていた。
それは低級の魔物が現れることが珍しいのか、ビシャが珍しいだけなのか。それに、よく現れる魔物の強さが気になった。
私の質問に、葉月さんが無言でちらりと按田さんに視線をむける。
「……いやぁ、よく現れるんは低級から中級やな。上級は避難警報がいつ出てもいいように準備しとかなあかんレベルやけど。中級以下も全然危険やから!」
言いながら、按田さんがぴっと人差し指を立てた。
「……はい」
えっと……、低級とか上級とか関係なく魔物は危険ってことを言いたいのかな。
動物に例えると子熊と親熊くらいの違いで、どっちも危険だよ、みたいな感じ?
私の反応にあまり理解できていないと思ったのか、按田さんは続けて説明してくれた。
「そもそも、魔物の魔力量の多さと知性の高さは比例してるねん」
「まりょく……」
急に出てきたファンタジーな言葉に、思わず目を瞬かせる。
そういえば、昼間に魔物について調べた時に、『魔力』と言う言葉が存在していたのを思い出した。
魔力と魔物の関係について説明してくれたのは葉月さんだった。
「魔物は、魔力が多ければその分知性も高いの。魔力が多い魔物は確かに危険だけど、刺激しなければ人を襲うことは少ない。むしろ、魔力が低く知性が低い魔物の方が、積極的に人を襲う傾向がある。……ビシャは例外だけど」
ビシャは魔力量がかなり低い魔物だが、刺激しなければほとんど人を襲う事がなく、滅多に現れることもないため知性について未知数だそう。
「そうなんですね……」
わかりやすい葉月さんの説明になるほど、と頷く。
そんな私を見ていた葉月さんは眉間に眉をよせ、怪訝な顔で言った。
「……もうちょっとニュースとか見たほうがいいんじゃない? 今の時代、テレビでよく魔物特集とか発生した魔物について解説してるから、一般的な知識は身につくわ」
「……はい、そうします。ありがとうございます」
「まあまあまあ。聞いたところ未来ちゃん、ラジオすら持ってないらしいやん」
「はあっ!?」
大きく目を見開き向けられる表情に、何度目かの既視感を感じた。
その後は葉月さんにまで、今朝聞いたばかりのラジオの重要性を説かれた。
……次の日の休みには買いに行く予定だったんだけど、この感じだと早めに買いに行った方がいいのかもしれない。
この世界では、私が思っているよりもラジオが重要みたいだ。
「早めに買いに行きます……」
「あ、買いに行くんやったら『燈ノ万屋』がいいと思うわ!」
「ちょっと……!」
「……とうのよろずや?」
初めて聞く店の名前だ。
按田さんは「ちょっと待ってな」とポケットからメモ帳とペンを取り出した。
さらさらとペンを走らせたページを千切ると、そのまま差し出される。
紙には店の名前や住所、営業時間まで書かれていた。
「そこ、値段も手頃やしおすすめ! 候補にでも入れといて〜」
そう言った按田さんはにこにこと笑顔で、隣の葉月さんは何か言いたげな表情をしていた。
まだ聞きたいことはたくさんあったが、事情聴取を終えて戻ってきた戸坂さんに声をかけられる。
ちょうど魔物討伐隊の二人もそろそろ仕事に戻るようで、お礼を伝えると、二人は軽く手をふって去って行った。
―――――
「……ここが、都会」
数ヶ月ぶりにやってきた都会は、以前来た時とは比べものにならないくらいに様変わりしていた。
……様変わりも何も、世界が違うんだけど。
並んでいるのは、高層ビル――ではなく、コンクリートでできた無骨な建物。高さは三階建に統一され、また全体的に色が少ない。
どこも出入り口には頑丈そうなシャッターがついていて、ガラス扉は壁のように分厚い。
ブランド物のお店などは特に厳重な警戒態勢で、周囲に張り巡らされた有刺鉄線に、ボディービルダーのような体型のドアマン。そして、周囲に見せつけるように持っている銃。
元の世界に比べて、退化してるのか進化してるのか……。いまいちこの世界の普通がわからない。
物珍しさにきょろきょろとあたりを見まわしながら歩く私は、周囲からは初めて都会にやって来た田舎者に見えただろう。
歩いていると、気持ちのいい太陽の日差しに体温がすぐに上がり、マフラーが少し暑く感じる。
足を止めてマフラーを外しながら、携帯でマップを確認すると、あと数分で目的地にたどり着きそうだった。
――一昨日、ビシャという魔物が勤務中に現れたことで、店長は一週間店を休業することに決めた。
青い顔の店長が店に駆けつけたのは、戸坂さんの事情聴取が終わってすぐだった。私たちの無事を確認すると、安心したように涙ぐんでいた。
それから魔物討伐隊の人に呼ばれた店長は何かを話したあと、私たちに「1週間休業する!」と宣言したのだ。
驚いた戸坂さんが「雪女事件ですら休業しなかったのに」と溢すと、店長は苦笑しながら「魔物討伐隊から休業を勧められたんだ」と答えていた。
私はそれを聞いて、夜勤以外のシフトに入っているパートのおばちゃんたちの対応が大変そうだなあ、と少し店長に同情した。
私自身は早めにラジオを買いに行きたかったのもあって、休業にはもちろん全面賛成だ。
……また魔物がやって来ても怖いしね。
マップを頼りに、たどり着いたのは怪しい雰囲気が漂う三階建てのビルの前だった。
隣に立つビルとの距離が近いのと、ちょうど出入り口が日陰になっていて、真っ昼間なのに薄暗い。建物も全体的にコンクリートが黒ずんでいて、どんよりしている。
メモには二階と書いてあったので、このビルの二階のはず……。
「……わ、……かわいい」
階段を登ると、意外にもそこにはレトロ調のアンティークな雑貨屋さんがあった。
アパートの一室のようだが、開きっぱなしのドアにはオープンの札がかけられていて、周りには植木鉢や花瓶などたくさんの植物が無造作に並んでいる。
部屋に足を踏み入れると、どこからかちりんちりんと鈴の音が聞こえた。
店内の壁には白黒写真やカラフルな絵などが飾られ、色とりどりのレトロ雑貨は床や棚に乱雑に並べられているのに、不思議とどこかまとまりを感じられる。
店の出入り口とは別のドアの前に、レジ台が置かれている。そのすぐ隣に、ラジオが置かれているスペースがあった。
手のひらサイズから両手で持ち上げるのも重そうなものまで、さまざまなタイプのラジオがある。
値段は三千円から数万円まで差があり――さすがに重そうなものは持ち歩けないのでいらないが――どれを買えばいいのか悩む。
「おや、珍しいお客さんだね」
ラジオを見つめ悩んでいると、レジ台の奥のドアが開いた。




