10.偶然の再会
現れたのは、紳士然としたおじいさんだった。
丁寧に後ろへ整えられた白髪に、濃いブラウンのジャケットとベージュのチョッキを着ている。胸元の赤い蝶ネクタイがアクセントになっていてお洒落だ。
「……こんにちは」
挨拶をすると、穏やかそうな瞳が細められる。そのまま私の目の前の棚へ視線が向けられた。
「こんにちは。……ラジオをお探しかな?」
「はい。でも、どれがいいのかわからなくて……」
私がそう言うと、おじいさんは腕を伸ばして一つのラジオを手に取った。
「一般的なのは、このオレンジのタイプだよ。その隣三つも見た目が違うだけで、同じだね」
手渡されたオレンジのラジオを観察してみる。
手のひらにちょうど収まるくらいのサイズで、裏には折りたたみ式の手動発電ハンドルがついていた。
想像よりも軽いせいか……なんか、おもちゃみたい。
「ここにあるラジオは動力が乾電池、電気コンセント、手回し発電、太陽光発電、魔力がある。それは乾電池と手回し発電の両方対応しているタイプだよ」
おじいさんは一つずつラジオを指さし、説明してくれる。その中で、私は気になる言葉を耳にした。
「……魔力ですか?」
「魔力操作ができる人なら、魔力が動力の機能がついてると便利だが……あまりいないからなぁ」
魔力って魔物だけじゃなく人も持ってるの!?
思わず目を見開く。
……私も魔力を使ってみたいかも。
ちょっとわくわくしながら、他のラジオを観察していく。
そういえば、この世界ではラジオを持ち歩くのが当だけど、なぜ携帯で警報を鳴らさないのだろうか?
今更だがふと思い浮かんだ疑問に、せっかくの機会なのでおじいさんに聞いてみた。
「あの、警報って、どうして携帯で鳴らさないんでしょう?」
「……お嬢さんは……いや、スタンピードが起こった時のことを、誰かに聞いたことはないのか?」
「スタンピード……?」
首を傾げた私に、おじいさんが少しだけ瞼を持ち上げる。
そして、国がラジオを持ち歩くことを推奨することになったきっかけについて教えてくれた。
――十七年前。全国のあちこちで一斉に魔物が大量に発生し、街や人を襲う――スタンピードが起こった。
発生した魔物の種類もバラバラで、なぜ突然各地で一斉に現れたのか、その原因は現在もわかっていない。
魔物によってインフラが大きな被害を受けることは何度もあったが、そのたびに復旧と改良が重ねられていた。魔物の発生数が減少していたこともあり、スタンピードが起こる前の五十年ほどはほぼ被害がなかったようだ。
その結果、携帯での情報共有が増えたことで、ラジオを持つ人が徐々に減っていた。
だが、そんな中スタンピードが発生し、インフラに過去最大とも言える被害が出た。
ネットが使えなくなったことで情報の断絶が各地で起き、魔物の発生情報や被害状況などが伝わらず、一万人近くの人が亡くなったと言われている。
スタンピード以降、政府はラジオを各家庭に置くこと、またラジオを持ち歩くことを強く推奨した。
スタンピードから十七年経った今では、各家庭にラジオを備え、携帯ラジオを持ち歩くことが当たり前になっているようだ。
……十七年前といえば、『私』が六歳の時。……この世界の『私』の家族は、無事だったんだろうか。
――ちりんちりん。
小さく鳴り響くベルの音に、出入り口へ顔を向ける。
店内に入ってきた人に思わず目が丸くなるが、それは相手も同じだった。
「流田さん……?」
「……お久しぶりです、小鳥遊さん」
いつも無表情の小鳥遊さんの顔には珍しく「どうしてここに?」と疑問が浮かんでいた。
私もびっくりしたが、よく考えると按田さんが紹介してくれたお店なので、仲が良さそうな小鳥遊さんが知っててもおかしくはない。
「ちょうどいいところに。彼蓮、お嬢さんにラジオを選んでやりなさい」
おじいさんは小鳥遊さんとも知り合いなのか、名前で呼びかける。
小鳥遊さんはおじいさんの言葉に少しだけ眉をひそめた。
よく見ると、小鳥遊さんは軍服を着ていて、腰には銃と短刀を身につけていた。
……もしかして、今は仕事中なのかな?
「じいさん、その名前で呼ばれるの好きじゃないって、何回言ったら覚えてくれるのかな」
「うん? そんなこと言っとったかな。それより彼蓮、わしは用事があるので任せたぞ」
おじいさんはとぼけた顔でそう言い、レジ前のドアの向こうへ行ってしまった。
大きくため息をつく小鳥遊さんに声をかける。
「すみません、仕事中でしたよね? 私は大丈夫ですよ」
小鳥遊さんは自分の服装を見下ろすと首をふった。
「ああ、これは今日休みだったのに、午前中呼び出されていただけです」
「……そうなんですね」
なんとなく気まづい空気に、とりあえず目の前にあるラジオを手に取り観察する。
「……そういえば、按田さんから聞いたんですが、また魔物と遭遇したんですよね」
……ああ、ビシャのことか。
「はい……。ただ目の前を通り過ぎただけなんですけど、念のためバイト先が休業することになりまして。せっかくなので按田さんから紹介してもらったお店にラジオを買いに来たんです」
「どうやってこのお店を知ったのかと思ったんですが、按田さんだったんだ……」
「?」
小鳥遊さんの言葉に首を傾げる。
「このお店、路地裏入るし人通りも少ない辺鄙なところにあるし、ネットにも載ってないんですよ。魔物関係の仕事の人が来るところなんですよね」
「え!?」
思わず大きな声が出て、慌てて口を押さえた。
按田さん、そんなこと言ってなかったのに! でも思い返せば、このお店を教えてもらった時に葉月さんは微妙な顔してたような……。
「別に魔物関係者に限定してるわけじゃないぞ。うちの商品を求めるのが魔物関係者が多いだけだ」
「……じいさん。何か用事か?」
いつの間にかドアの隙間から顔を出していたおじいさんは、私を見て安心させるように微笑む。
「ああ、ちょっと郵便局までな。ついでに買い物もあって一時間は外へ出るんだが、ここにおるか戻ってくるかどうする?」
「……それなら、俺らも外で休憩しましょうか」
「えっ?」
表情が変わらぬままの突然のお誘いに、思考が一瞬停止した。




