11.呪い
人の縁は、本当に不思議なものだと思う。
私の命の恩人が偶然目の前の人で、その人と偶然再会し、今、なぜかその人と一緒にコーヒーを飲んでいる。
私がこの世界に来ていなければ、出会うこともなかった人。
元の世界には魔物なんていないし、魔物討伐隊なんて存在しない。
魔物討伐隊が存在しない世界では、この人は何をしている人だったんだろうか。
燈ノ万屋のおじいさんが一時間くらい店を空けることになり、戻って来るまで私と小鳥遊さんは近くの喫茶店で待つことになった。
喫茶店は平日のティータイムということもあってか、ママさんたちの姿が多い。
とはいえ、お客さんの人数自体はあまり多くなく、窓際のテーブル席はいくつか空いているので並ぶことはなさそうだ。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二人です」
「少々お待ちください」
店内に入ると、あちこちから視線を感じた。
それはもちろん私が美人だから…ではない。視線の先は隣に集中していて、やっぱり体格のいい青年が軍服を着ていると目立つなぁ――と、思ったのだが。
小鳥遊さんに見惚れる人もいるが、眉をひそめたり、ひそひそと囁き合っている様子が目についた。
「お待たせしました」
好意的とはいえない視線が隣に集まっていることに小鳥遊さんは気づいていないのか、いつもの無表情で私の方が落ち着かない気持ちになる。
幸いにも店員さんはすぐに席に案内してくれた。
一番右奥の席で、ちょうど入り口から見えなくなる場所だ。
もう一人の店員さんがテーブルを片付けていたようで、机を拭き終えてキッチンに戻るところだった。
「……食べますか?」
「いえ、飲み物だけで大丈夫、です」
そう言いつつも、メニュー表のチーズケーキに視線を奪われる。
……うわあ、美味しそう。
真っ白なお皿にのせられた一切れのチーズケーキ。
ほどよく焼き色がついた表面に、淡いクリーム色でしっとりした側面が、つやつやに輝いている。
どうしよう。このお店に来る機会はそうそうないだろうし、注文しようかな。
「……美味しそうですね」
「はい。私、チーズケーキ好きなんです」
…………結局、注文してしまった。
小鳥遊さんはコーヒーしか注文しなかったので、私の目の前にチーズケーキが置かれる。
一人だけケーキを頼んだことに少し申し訳なさを感じつつも、一口食べればそんな考えは吹き飛んだ。
……おいしい。しあわせ。
幸せの味を堪能していると、静かに私を見ていた小鳥遊さんが口を開いた。
「未来さんは……普通ですよね」
「?」
「……あ、違います。魔物討伐隊に対してってことで。“魔物討伐隊と関わると呪われる”って…聞いたこと、ありませんか?」
一瞬貶されたのかと思ったが、すぐに続けられた言葉にそうではないとわかった。
初めて聞く話に首をふると、小鳥遊さんは「…ですよね」と、一人で納得したように頷く。
「……呪われるんですか?」
「呪われない……とは言い切れないかもしれません。魔物の呪いがあるのは本当なので」
「魔物の呪い……」
小鳥遊さんはいつもの無表情でじっと私を見つめている。
「魔物を殺すと、まれにその者が殺した魔物の呪い――『魔呪』にかかることがあります。黒いあざが身体の一部に現れ、それが全身に広がると死んでしまいます」
「……魔物討伐隊と関わるだけなら呪われないですよね?」
「……まあ、そのはずなんですが」
……どういうこと? この世界に本当に呪いが存在したとしても、話を聞く限り魔物を殺した人がかかるんだよね?
首を傾げる私に、小鳥遊さんが話を続けた。
「その昔、実際にあった話です。ある村に住む青年が、村を襲う魔物を殺して魔呪にかかった。その後、呪いは村中に広まって、最終的に村の半分以上が亡くなりました。この事件があってから、魔物を殺すことに反対する人たちが増えて……これも有名な話なんですが……」
……たぶん、この話もこの世界の人なら知ってて当たり前なんだろうな。
コーヒーを口に含む小鳥遊さんを見つめ、ふと思い出す。
この店に入った時に周囲から向けられていた視線。それは嫌悪ではなく、嫌厭するようなものに近かった気がする。
「呪いのことは、今初めて知りました。……魔物討伐隊の人はすごいですね」
言ってから、はっと手で口をおさえる。
私の答えを待っているような小鳥遊さんの視線に促されとっさに口にしてしまったが、いつ死ぬかもしれない中で魔物と戦っている人に対して軽すぎる言葉だろう。
だからといって、この場にふさわしい言葉も思い浮かばない。
「……えと、その……」
テーブルの上で視線をさまよわせていると、目の前でふっと息をはく音がした。
「……ありがとうございます」
……笑ってる顔、初めて見た。
「……いえ、こちらこそ」
死ぬ呪いが存在するのは怖いと思う。
でも、正直私には死ぬ呪いが存在するという実感があまりない。
だからか、呪いの話を聞いても小鳥遊さんや魔物討伐隊と関わりたくない、と思うことはなかった。
「……」
「……」
お互い無言でコーヒーを飲む。
チーズケーキも食べ終えた。コーヒーも残り少ない。だが時間的に、燈ノ万屋に戻ったところでまだおじいさんは帰ってきていないだろう。
小鳥遊さんはやっぱり、あまりお喋りな人ではないようだ。
二人の間に流れる沈黙に耐えきれず、私は思い切って口を開いた。
「……小鳥遊さんはどうして魔物討伐隊に入ったんですか?」
魔物討伐隊は命懸けの仕事なのに、魔呪のせいで人から避けられる仕事でもある。
それなのに、どうして小鳥遊さんは魔物討伐隊を選んだのだのか気になった。
「魔力操作ができたのと、育ての親が魔物討伐隊だったからですね」
「魔力操作……」
何度かこの世界で耳にしたことのある言葉だ。
「魔力操作って、皆んなができるわけじゃないんですか?」
首を傾げる私に、ぱちりと瞬きした小鳥遊さんは魔力操作について教えてくれた。
人は生まれた時から持っている魔力量が決まっている。
そして体内に流れる魔力を感知し操作できるのはほんの一握り。努力でどうこうできるものではなく、天性の資質のようなものだそう。
ちなみに、魔物には魔力を帯びていない攻撃は通用しない。
魔物討伐隊が携帯している銃は魔力を撃ち出すための武器で、銃に魔力を込めるためには体内の魔力を操作する能力が求められる。
込める魔力が少なすぎても弾が作られないので、魔力量も重要になる。
呪いや魔力事情も含めて、魔物討伐隊の隊員は年中人手不足のようだ。
「魔物討伐隊の中でも魔力操作できるのは討伐隊くらいですね」
「そうなんですね……」
魔力のまの字も感じない私にはきっと資質がないだろう。……魔力のない世界からきてるし、あたりまえか。
「…流田さんは、夢とかありますか?」
カップに伸ばした手が一瞬止まる。
「私は……今は思いつかないです」
視線を伏せたまま首をふる。
口に含んだコーヒーはすっかり冷めていて、最後まで残る苦味に顔が歪んだ。
―――――
布団に寝転びながら、今日購入したばかりのラジオを手に取る。
まだ電池を入れていないので、ボタンをぽちぽちと押しても反応がない。
デジタルカメラのようなフォルムに、裏にはハンドルがついていて、これを回すことで充電もできるようだ。
明るいオレンジ色で、表の右上には透明なビー玉のようなものがはめ込まれている。
玉の表面をそっと撫でる。
玉の中に赤い渦のような模様があり、その渦がちかちかと光って見えるのが可愛くてお気に入りだ。
同じ機能なのに他のラジオより高かったのだが、燈ノ万屋のおじいさんが割引してくれた。
遠慮する私に、おじいさんは「また店に来てくれればいい」と優しい表情で言った。
……今度、お礼に何か持って行こう。
人の優しさに触れ、ぽかぽかとした気持ちのままゆっくりと目を閉じる。
――――流田さんは、夢とかありますか?
――――『未来、夢はあるか?』
ふと頭に過った小鳥遊さんの言葉が、誰かの声と重なった。




