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気づけば異世界(パラレルワールド)にいた、私の日常。  作者: 現実逃避万歳٩( ᐛ )و


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30/31

30.婚約者

 


 そこにいたのは、あの“着物の人”だった。

 私と瑠美が河童に襲われそうだったときに、助けてくれて、不気味な人形のお守りをくれた人。

 ……どうしてこの人がここに?


「遅かったじゃない」


 顔を上げた哨子さんが、着物の人に話しかける。


「時間通りだと思うけど?」


 着物の人は両手を袖に入れたまま、こてんと首を傾げて哨子さんを見つめた。


「……ふんっ。さっさと座ったらどう?」

「座りたいけど、君のスカートの裾を踏んづけそうなんだよね」

「……」


 この二人はいったいどういう関係なんだろう。

 哨子さんが無言で座る場所をずらしてスカートの位置を整えると、着物の人は無表情のままその隣に腰を下ろす。


「アイスコーヒーをお持ちしました」


 八代さんがアイスコーヒーを二つ、テーブルの上に置く。

 一つは私の前、もう一つは哨子さんの前あたりに置いたと思うのだが、着物の人はさっと自分の方へそれを寄せて口をつけた。


「ありがとう」

「ちょっと、それはわたくしのよ!?」

「あ、これどうぞ……」

「……いいわ。八代」


 私のを渡そうとしたが、きっぱりと断られる。

 哨子さんは、キッと着物の人を睨みつけた。

 八代さんは軽く頭を下げ、また店の奥に消えていく。その後ろ姿を見つめていると、着物の人が口を開いた。


「ところで。依頼にあった視て欲しい人は彼女?」

「……ええ。そのつもり、だったのだけれど。視てのとおり、呪力はすっかり感じなくなっていたの」

「彼女なら前にも視たよ」


 着物の人の言葉に、哨子さんが目を見開く。


「なんですって? 貴方たち、初対面ではないの!?」


 哨子さんに驚きの顔を向けられたが、きっと私も同じ顔をしていたと思う。

 二ヶ月も前に一度会っただけで、私を見ても反応がなかったから、覚えていないと思ったのに。


「前に一度、助けてもらいました。……ありがとうございました」


 不気味な人形のお守りのことは、あえて言わなかった。だって戸坂さんに渡しちゃったし。


「助けた……? 環(たまき)が、人を……?」


 ……環、さん? どこかで聞いたことがあるような。

 哨子さんは眉を顰めて着物の人――環さんを見る。


「僕は純粋な気持ちで、人助けをしたい気分だったんだ」

「……」


 抑揚なくそう答えてアイスコーヒーを飲む環さんに、哨子さんは胡散臭そうな目を向ける。

 二人の様子に、ふと気になったことを聞いてみた。


「あの……、二人はどういった関係なんですか?」


 私がそう聞いたとたん、その場の空気が固まった、気がした。

 ……あれ? なんで?

 ちょうどその時、八代さんが哨子さんのアイスコーヒーを持って来た。

 テーブルにアイスコーヒーが置かれると同時に、環さんが口を開く。


「僕たちは婚約者なんだ」


 ……婚約者。

 哨子さんが本気で嫌そうに顔を歪める。


「仮のね、仮の! 哨悟が戻ったらきっとこんな婚約は破棄よ!」


 哨子さんはアイスコーヒーを手に、窓の外へ顔を向けた。

 環さんはちらりと隣に視線を向けたが、無表情でアイスコーヒーを口にする。


「……こほん。話が脱線しすぎたわ。ところで貴方なら、呪力が消えた原因がわかるのではなくて?」

「どうだろ。本人の方が心当たりはありそうだけど」


 二人から向けられる視線。

 思わず、アイスコーヒーを口元まで運んだ状態で固まった。

 ……環さんの言葉は、どういう意味?

 アイスコーヒーを持つ手がかすかに震えそうになり、慌ててテーブルに置く。

 私が無言で首を横に振ると、哨子さんは目を細めて頬に手を当てた。


「ないみたいよ? どうしましょう。成功報酬のつもりが、何も教えることがなくなったわ」

「ならかわりに、魔物について教えてあげようか」


 すでにアイスコーヒーを飲み切った環さんが、氷だけ残ったコップをテーブルに戻す。

 両手を裾に入れて腕を組むと、じっと私を見つめた。


「魔物について、ですか?」

「そう。魔物がどうやって現れるのか、なぜ呪力に魔物が寄ってくるのか。知りたくない?」


 この世界に来た時、魔物について調べたことがある。

 たしか魔力濃度がどうとかで、現代の技術では、魔物の発生源を辿ることは不可能だと。

 この世界に来たばかりのころ、呪力を持っていたらしい私は、たしかによく魔物と遭遇していた。

 環さんの様子から、それよりさらに詳しいことを知っているようだ。


「……わたくしの前で規定違反をするつもり? すぐに義理父様(おとうさま)に告げ口してあげるわ」


 私が答える前に、哨子さんが鋭い口調で口を挟んだ。


「お互い彼女には借りがあるし、そのお返しでいいんじゃない」

「……私はま(・)だ(・)ないわ」

「この状況なら同じだよ。君もわかっているくせに」


 二人の会話の内容はわからない。借りがどうとか、全く記憶にない。

 内容が気になって、無意識に体がそわそわと動いてしまう。


「それに、祓(はら)い屋(や)まがいが知ってる範囲までしか教えないよ」


 ……祓い屋?

 環さんの言葉に、哨子さんは大きくため息をつくと、何も言わずにまた窓の外へ顔を向けた。

 そんな哨子さんの様子を了承と受け取ったのか、環さんが話しはじめた。


「一応、仮説の一つとして聞いて。魔物は、膨大な魔力と呪力によって、別の次元――異界(いかい)から現れているんだ」

「……異界」


 その言葉に、少しだけ胸がどきりとする。

 環さんの話によると、魔物は普段異界に住み、大量の魔力と呪力によって、この世界に現れるようだ。

 魔力は次元を渡るときに、一度実体を分解し、再構築するために使われる。呪力は、次元を渡るための鍵の役割になる。

 だから魔物は、元の世界に戻るために、呪力を感知すると寄ってくるのだそうだ。

 この話が本当なら、私の場合は……。


「君なら、この話を聞いて何か思い当たることがあるんじゃない」


 環さんがまっすぐに私を見つめる。その見透かすような瞳に、私は視線をテーブルに向けた。

 ……やっぱりこの人、私が別の世界から来たことを知っている?

 静まり返る店内に、私がこくりと唾を飲み込む音が大きく聞こえた。



「――環、時間よ」


 二人の間を遮るように、哨子さんがテーブルの上に手をついた。


「君はせっかちだね。……すでに罠にかかった獲物が、逃げられるわけがないのに」


 環さんは小声で返事をしながら、ゆったりと立ち上がる。

 声が小さすぎて最後に何を言ったのか、私には聞き取ることができなかった。


「二人とも、ご協力感謝するわ。……あぁ、それと。ここはわたくしのお店だから、お代は結構よ」


 哨子さんはそう言うと、八代さんを連れて先に店を出た。

 その後ろ姿を見送って、私も店を出ようと歩きはじめると、背後から環さんに声をかけられる。


「ねぇ、……この男に見覚えはない?」


 振り返ると、顔のすぐ目の前に一枚の写真が差し出される。

 写っていたのは、とある男性だった。


「あ、」


 思わず小さく声が出た。

 見たこと、ある。というかこの人……。


「今朝、バス停近くで哨子さんと話している時に、近くを歩いてるのを見かけました」

「……そう」

「この人がどうしたんですか?」


 環さんは軽く頷き、写真を裾に入れると無言で歩き出す。そして、店の外へ出る前に、ぴたりと足を止めた。


「この人、哨子の元婚約者。僕はこの人をずっと探してるんだ」


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