29.報酬
私の理解が追いつくより前に、戸坂さんが話を続ける。
「実際見るとほんとに呪力を感じるし、魔物かと思ったけど数珠に触れてもなんともないし……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私って、魔物なんですか!?」
我慢できずに戸坂さんの話を遮る。
はっきりした答えが聞きたかった。
「魔物じゃないよ」
「……よかったぁ」
きっぱりと否定された言葉に、安心から体中の力が抜けそうになった。
人として生きてきたのに、異世界に来て知らない間に魔物になっていたとかだったら怖すぎる。
「だいたい、魔物ならあの数珠には触れないから。まあ、俺も確信したのはその時だけど」
「……そうだったんですね」
まさか、あの時戸坂さんに魔物と疑われてたなんて。
「でも、どうして流田さんに発生したばかりの魔物と似た呪力を感じたんだろ。何か心当たりはない?」
「……いえ、わからないです」
「だよね」
一瞬、本当のことを話すか悩んだ。だけど、私の口から出たのは否定だった。
……だって、「私は別の世界から来ました」なんて言っても、信じてくれるかわからない。私自身、私の身に起きたことが今でも信じられないのに。
「流田さんがどうして一時期呪力を纏っていたのかは、わからないけど」
そう言った戸坂さんが、私の目をまっすぐ見つめる。
「呪術師の話は、とにかく誰にも話さない方がいい。呪力を持たないくせに呪術師を名乗る、狂信者たちに消されたくなければね」
狂信者という言葉に、以前聞いた沙良木さんの言葉を思い出す。
『呪術師と関わるのは辞めた方がいい。どれだけ善人ぶってても、あいつらの中身はただの狂信者なんだ』
二人の言葉は似ているようで、少し違っていた。
……あれ? そういえば、沙良木さんはどうして私が呪術師と関わってるって思ったんだろう。
もしかして、監視とか……されてないよね?
背中がふるりと震える。
なんだか怖くなってきたので、それ以上考えるのはやめた。
寒気を覚えながらも、私はおとなしく戸坂さんに頷き返した。
退勤後、どこか体の怠さを感じた私は、今日はバスで帰ることにした。
バスを使うのはあの嵐の日以来だ。
「……けほっ」
喉の乾燥からか、軽く咳が出る。
やっぱり少し体調を崩したかもしれない。最近色々なことがあったし、考えることも多すぎたから。
「ちょっと、そこの貴女」
ゆっくり歩いてバス停に向かう。
念のため時間を確認しておこうと、歩きながら鞄の中の携帯を探す。
「ちょっと、聞こえていまして?」
携帯を取り出して画面を開く。
「ちょっと! わたくしの声が聞こえませんの!?」
「わっ!? ……あ」
突然、携帯を持つ手を掴まれる。
驚いて顔を上げると、目の前には久しぶりに見る、ゴスロリファッションに身を包んだ女性がいた。
「貴女……、まさかわたくしの事を忘れていたのではなくて?」
目を細め不機嫌そうな表情で、私を見つめる哨子さん。
こんなに個性的な人を忘れるわけがない。……協力の件については、ちょっと頭から抜けてたけど。
私の心の中を読んだかのように眉を顰める哨子さんに、とりあえず軽く笑みを向けた。
「もちろん覚えてます。お久しぶりです、哨子さん」
「あらそう。なら、わたくしの聞きたいことはわかっているわよね?」
哨子さんは片方の眉を上げ、その手にある黒い日傘をくるりと回した。
日傘を飾る小ぶりなリボンも、動きに合わせてひらりと揺れる。
「……聞こえていますの?」
ついその動きをぼうっと眺めていたが、哨子さんの声にはっとする。
重くなってきた頭を働かせ、何を聞かれていたか思い出す。
えっと……なんだっけ。たしか、戸坂さんのことだよね。
「……はい。詳しい答えは聞けていないんですけど……」
私が答えると、哨子さんの赤い唇の端が上がった。
「……そう。まずは、場所を移動しましょうか。ここでは目立つわ」
外でそのファッションは、どこでも目立つと思う……。
早朝でもこの道の人通りが全くないわけでもなく、ちょうど今も通り過ぎた若めの男性にも凝視されていた。
私の視線の先を追って哨子さんが振り向くと、その男性は慌てて前を向いて走って行く。
「……とにかく、さっさと移動するわよ。着いてきなさい」
そう言うと、哨子さんは厚底のロングブーツで軽やかに歩きだした。
「あの、ちなみにどこへ?」
初めて会った時は都会で、喫茶店もあちこちにあったが、この辺りには座って話せそうなお店は見当たらない。
哨子さんはちらりと私に視線を向けたが、何も言わずに歩き続けた。
しばらくすると、目の前に黒塗りの車が見えてくる。
その横に、初めて哨子さんと話した時にもいた、スーツを着た喫茶店の店員(?)の人が立っていた。
目が合ったのでスーツの人――名前を思い出せない――に会釈をしたが、すぐに彼の視線は哨子さんへ向けられる。
「お嬢様、……カサが動いているようです」
傘? なんのことだろう。
「そう……好都合ね。あいつを呼んだ甲斐があったわ」
哨子さんは満足そうに微笑み、ちらりと私を見た。
話が読めないまま、スーツの人が車の後部座席のドアを開け、座るよう誘導する。
このまま車に乗るか悩んだ。だって、どこに行くのかも、まだ聞いていない。
すると、私が迷っているのに気づいたのか、哨子さんが口を開いた。
「前回、わたくしが言ったことを覚えていて? 成功報酬は、すでに用意しているわ」
その言い方は、私が断ることを考えられていなかった。
哨子さんの中では、今日私と会って話すことが決定してるみたいだ。
……成功報酬。
『――今回の協力の成功報酬に、視る力が強い人を紹介してあげる』
たしか、そう言っていた。
でも、視る力とはなんなのだろうか。あの時言っていた、呪力がどうのとかはすでに戸坂さんに教えてもらったし……。
ふと顔を上げると、ばっちりと哨子さんと目が合った。
片眉を上げている哨子さんから、「早く乗れ」と圧を感じる。
初めから断る選択肢はなかったようだ。
私は軽く息を吐き、後部座席に乗り込んだ。
どれくらい車に乗っていたのかはわからない。数十分か、もしくは一時間は経っていたのかもしれない。
移動中の車内は無言で、私は眠気で意識が何度か途切れていた。
車が止まった場所は前とは違い、外観はいたって普通のチェーン店のようなカフェの前だった。
店内にはお客さんが一人もいない。静かな空間に、私たちの足音だけが響く。
哨子さんは、分厚いガラス張りの横にあるテーブルに座った。外の景色がよく見える席だ。
その隣に、スーツの人が無言で立つ。
あれ、そういえばこのお店も、店員さんがいない……?
そう思った時、哨子さんが口を開いた。
「八代、アイスコーヒーを。貴女は?」
「……同じのでお願いします」
メニュー表もないのでとりあえず同じのをお願いする。
スーツの人――八代さんは、軽く頷くと店の奥に消えた。
「さて、もうそろそろだと思うのだけど……」
「?」
「先に、哨悟の話から聞きたいわ」
私をじっと見つめる哨子さんの言葉に、ぱちりと瞬きをする。
数秒後、私がここに呼ばれた理由を思い出す。
私は簡単にまとめて、戸坂さんは父親のように力のない人たちに頭を下げてまで家を継ぎたくない、と言っていたことを伝えた。
「…………そう」
目を伏せ特に反応もなく、私の短い話を聞いていた哨子さんは、それからしばらく口を閉ざした。
広い店内に、沈黙が流れる。
――コツ
どこからか、乾いた足音が小さく響いた。
徐々に近づく足音に顔を上げる。
「……あ」
そこに立っている人を見て、思わず目を見開いた。




