3.遭遇
「っきゃあ!?」
竜巻き、だと思った。
轟々と吹き荒れる風に押され、自転車ごと体が傾く。反射的に地面に足をつき体勢をたもった。
四方八方から体を叩きつける風に、自転車から降りることもできず、必死で足を踏ん張りグリップを握りしめる。
倒れないように耐えるので精一杯だった。
「あっ……!」
状況を把握しようとなんとか薄目を開けると、前カゴのエコバッグからこぼれていく卵パック。
慌てて右手を伸ばし、卵が割れないように注意しながらパックを抑えた。
とたん、右手首にピリッと電気が走ったような鋭い刺激。
「――いっ、た! ぃたたっ!?」
続けて、両足にも同じような刺激が走る。
強い風で服の中に冷たい空気が入り込んだのか、二の腕やお腹までもスースーしてきた。
すでに数分間、ずっと身体中に力を入れていて踏ん張っていたことで、腕も足も震えていて限界が近い。
……私、このまま竜巻にのまれて死ぬのかな。
次第に体から力が抜けていく感覚に、ふとそう思った。
――ギャァ"ッ、とナニカの鳴き声が響く。
続けて、すぐ後ろでぐしゃ、とナニカが潰れたような音がした。
いつの間にか竜巻は消えていて、辺りはしん、と静まり返っている。
そっと目を開けて周囲を確認すると、いつのまにか自転車の前カゴのすぐ横に、軍服を着た男性が立っていた。
……え、軍服? というか、でか…!
思わず男性を凝視する。
ぐんと見上げるくらいに高い身長に、がっちりとした身体つき。ベリーショートの黒髪に、うすい二重で涼やかな目元の……とにかく、爽やかな青年だ。年齢は見た感じ、二十代前半くらい?
体格のいい身体に真っ黒の軍服が、どこか硬派な雰囲気を醸し出していた。
「大丈夫ですか?」
「……え、あ、はい」
心配そうに声をかけられ、私は混乱した頭でなんとか返事をする。
……この人いつのまに現れたの? どうしてコスプレみたいな軍服着てるの? というか、今の竜巻はなんだったの?
軍服の男性は、頭の中で若干パニックを起こして固まっている私の顔を見ると少し眉を寄せ、サッと私の全身へ視線を走らせる。
その様子にはっとした。
ほぼ寝起きで外に出たので化粧なんてしていない。しかも、今の風で髪の毛が鳥の巣のようにぐちゃぐちゃで……たしかに眉もひそめたくなる惨状だろう。
頬が熱くなるのを感じながら、さっと髪を手櫛で整える。
体も冷えてきたし、とりあえず帰ろうと軍服の男性に声をかけようとして――
「あの、」
「――蓮!!」
背後から聞こえた怒鳴り声に肩が揺れる。
私が後ろを振り向く前に、すでに軍服の男性が、これまた軍服の男性に胸ぐらを掴まれていた。
いつのまに……というか、軍服が増えた!!
「お前これで何回目や!! 一人で突っ走るなって言うてるやろ!」
「見つけた時には彼女が襲われてましたし。按田さんを待ってたら手遅れの可能性もありました」
「っお前なぁ!!」
新しく現れた軍服の男性――茶髪でくりっとした猫目と、関西弁が印象的だ――は、黒髪の男性に掴み掛かっているが、当の本人は真顔で淡々と返事をしている。
それがさらに気にさわったのか、茶髪の男性の説教(?)が徐々にヒートアップしていく。
「お前はいっつも――」
「はい、気をつけます」
「隊長にも言われてたやろ――」
「……そうでしたか?」
内容はよく分からないが、茶髪の男性の注意を黒髪の男性は全て聞き流しているように見えた。
しばらく終わりそうにない二人の会話をぼうっと眺めていたが、卵を抑えていた右腕が痺れてきたことで我に返る。
そっと腕を動かすと、腕にピリッと痛みが走った。
「いた、……えっ!?」
腕から血が出ている。といっても、皮膚が少し切れた程度の切り傷だ。
そしてそのまま視界に入った服の惨状にぎょっとした。
冬用の厚手のスウェットのズボンがあちこち切れていて、皮膚も少し切れているのか血が滲んでいる。両足全体が同じ状況だ。
腕や体に関してはコートが分厚かったおかげか怪我はなかった。だが、切れた服の隙間から冷えた空気が肌にあたるたびにふるりと体が震える。
どおりでさっきから寒いはずだよ……。
服の状態を確認していると、目の前の二人が動く気配がして、ふわっと足が宙に浮いた。
「……っ!??」
黒髪の男性の顔が近い。
いつのまにか、男性の両手に抱き上げられている。
私が驚いているあいだに、茶髪の男性は自転車を道の端に止めてくれていた。
状況を飲み込めないまま、歩き出した黒髪の男性にあわてて声をかける。
「あの、どこにっ……?」
「病院まで送ります」
「病院!? 大丈夫ですこれくらい! 見た目ほど痛くないし……」
冷たい空気にあたり傷口はピリピリと痛むが、我慢できないほどではない。
傷の箇所は多いがどこも浅いから、家で消毒液でもぶっかけとけばすぐ治るはずだ。
「傷が浅くても『鎌鼬』はれっきとした魔物です。魔物の傷は何があるかわからないので、一応病院で診てもらった方がいいですよ」
……かま、いたち……? まもの……?
黒髪の男性は固まる私に「大丈夫です。今回の件はうちから補償金がでると思うので」と、こくりと頷く。
「ほ、補償金って……? うちからってどこから……?」
黒髪の男性を見つめながら、おそるおそる疑問を投げかけると――
「それは当然、魔物討伐隊からです」
とうとう思考がパンクした私は、大人しく黒髪の男性に運ばれていく。
歩き始めた黒髪の男性の背後、私の自転車の横に立っている茶髪の男性がトランシーバーを片手に誰かと話していた。
「――脱走した『鎌鼬』は討伐済み。被害は…民間人の女性が一人襲われてたけど軽傷。今から小鳥遊が病院まで連れてく。それから――――」
茶髪の男性の足元には赤い水たまり。その中心には、蛇のように細長い、見た目はイタチのような動物の潰れた死骸が見えた。




