2.スーパー
スーパーは、アパートから自転車で十分くらいで着く距離にある。
自転車を漕ぎ始めて数分、いつものスーパーへ向かう道にふと違和感を覚える。
それが何かはっきりとはわからない。例えば、自転車に貼られたシールがひとつ増えていたような、気づきそうで気づかなそうな、そんな些細な変化があったかのような感覚。
スーパーに着くとシャッターは開いていて、営業中の看板にほっとする。
そのまま店内に入って、あれ? と周囲を見まわした。
「……誰も、いない」
いくら田舎でも夕方のこの時間、人が一人もいないなんて今までになかった。
そういえば、ここに来るまでも人とすれ違っていない。
店内に人が私以外に見当たらないことに不安も感じつつも、レジにいつもの店員のおばちゃんが見えたことで、少し安心する。
ここのスーパーは都会にあるスーパーほど大きくはないが、種類が豊富で気に入っている。特に野菜や果物が比較的安く手に入るのがありがたい。
家の冷蔵庫は小さめなので必要なものだけをカゴに入れていると、端の方に大量に積まれた色々な種類のカップ麺の山が目に入った。
少し悩んだ後、カップ麺もいくつか多めにカゴに追加する。
昨日みたいな嵐で、いつどんな被害があるかわからないし、災害用に準備しとかないと。
「お願いします」
カゴをレジに置いてポイントカードを探していると、目の前から強烈な視線を感じる。
顔を上げ目が合ったとたん、レジのおばちゃんが口を開いた。
「あんた、大丈夫なのかい?」
「……え?」
「いやねぇ、今回の警報の範囲は広かったし、数時間でここまで来ることはないとは思うけどさ。でもほら、ついこないだの坂田さんのこともあったじゃないか」
「……?」
レジのおばちゃんは、私がこのスーパーに通い始めたころからよく顔を合わせているベテラン店員だ。
見た目は五十歳くらい。恰幅の良い体型に明るい緑のエプロンが似合っている。
長話をするほどではないが、いつも笑顔でその日のおすすめ商品を教えてくれる人――だったのだが。
今日のおばちゃんは世間話がしたい気分なのか、私の困惑した様子にも気づかず話し続ける。
「あのじいさん頑固だったからさ、娘さんも大変だったみたいよ? 新聞で取り上げられたのは一部だったし」
当たり前のことのように話される内容を、私にはさっぱり理解できない。
坂田さんって誰だ……? 新聞で取り上げられたってことは、この辺では有名な話なのかな。
考えながらも無意識に首が傾いていたようで、そんな私を見たおばちゃんが驚いた顔をする。
「あんなにニュースになってたのに、もしかして知らないのかい!? この辺りで十五年ぶりの死者がでたって、町中噂だったじゃないか! あの頑固じいさんが警報が出てる中、家族の反対を押し切って酒を買いに外に出て……亡くなったもの自業自得さ。それでも世間ってのはお門違いなところを叩いてまあ――ああ、ごめんね。……はい、ポイントカード。いつもありがとね」
とりあえず財布の奥に詰まっていたポイントカードをなんとか取り出し渡すと、やっとおばちゃんのお喋りが止まった。
「合計千六百二十円ね。誰もいないし、ここでカバンに詰めちゃいな」
お言葉に甘えて、その場でエコバッグに商品を詰めていく。
「ほんとに気をつけなさい。人生、何が起こるかわからないんだから」
帰りぎわ、おばちゃんは真剣な表情でそう言った。
帰り道でも、やっぱり人に会わなかった。
ただ、行きと違って聞き覚えのないサイレンのような、ブザーのような音が遠くでなっていることに気づく。
パトカーでも救急車でも消防車でもない、初めて聞く音だ。
笛のように高いブザーのような音が、ビー、ビー、ビー、と三拍子のリズムで鳴り響いている。
なんの音なんだろう? この町に住み始めて二年、こんな音は初めて聞いた。
遠くで聞こえるその音に耳を澄ませながら、自転車を漕ぎ進める。
そして、もうすぐアパートが見えるあたりで――
――ゴォォォッ
竜巻きが、私を襲った。




