27.警告
「大丈夫?」
ソファに座り床を見つめていると、ホットココアを持つ手が視界に入る。
顔を上げると、沙良木さんが心配そうに私を見ていた。
「……ありがとうございます」
ココアを受け取るために持ち上げた手はかすかに震えていて、それに気づいた沙良木さんはすぐに視線を逸らした。
カップから立ち上る湯気が、彼女の姿を霞ませる。
「話はココアでも飲んで落ち着いてからにしよう。飲み終わる前にあいつらが来ても、扉を閉めてやるから任せてね!」
沙良木さんはそう言って私に笑いかけた。
私が巨大な鬼から生き延び涙も落ち着いた頃、事情を聞くため場所を移動するよう、小鳥遊さんの上司のような人に声をかけられた。
正直すぐに家に帰ってシャワーを浴びて寝たいのが本音だった。
それでも、その人の有無を言わさぬ圧に断ることができなかった。
ここは、『関東第二十四エリア魔物討伐隊支部』の建物の中の一室。扉には【簡易治療室】とプレートが掛かっていた。
部屋には壁際にベットが一つ、私の座っている二人掛けのソファ、沙良木さんが座っているパイプ椅子。
その他には薬棚やデスクも置かれていて、学校の保健室のような雰囲気だ。
ちなみにこの部屋の中に小さめのシャワー室もあって、すでに新品の服も含めて借りたあとだ。
あちこちにできた擦り傷なども、沙良木さんが消毒してくれた。
……とりあえず、あのひどい臭いが消えてよかった。
私がココアを飲み終えて数分後。
複数の足音が聞こえ、扉ががちゃりと開いた。
一番最初に入ってきたのは、あの時場所を移動するよう声をかけてきた、大きくてごつい人だ。続いて小鳥遊さんと按田さんも入ってきた。
慌ててソファから立ち上がろうとするが、大きくてごつい人にそれを止められる。
そしてそのまま、ソファに座る私の前で片膝をついた。
「私は関東第二十四エリア支部、魔物討伐隊第一部隊隊長、剛家義堂と申す」
「は、はい。わた、」
「流田未来さん。この度は、守るべき民間人を守りきれず危険に晒し、さらに我々魔物討伐隊はあなたに助けられた。本当に申し訳ない。また、隊員を救ってくれて、本当にありがとう」
剛家隊長は低く野太い声で言ったあと、立てた片膝に額がつきそうなほど頭を下げる。
続けて按田さんと小鳥遊さんにも頭を下げられた。
「いえっ、とんでもないです。むしろいつも私が助けられてますから!」
慌てて声をかけると、ぱっと顔を上げた剛家隊長の表情にびくりと肩が跳ねた。
くっきりと眉間に皺がより、こちらを見つめる鋭い瞳に、何を言われるのかとごくりと唾を飲み込む。
二人の間に流れる、どこか緊張感漂う空気を破ったのは沙良木さんだった。
「やっぱりなんかせまいんだけどっ!」
……言われてみれば、確かにこの部屋に大男一人と成人男性二人は圧迫感がある。
「……他の部屋を押さえることも考えたんだが、ここが一番他の奴らに話を聞かれづらいだろ」
「この部屋一番端にありますもんね。一応治療室やのに」
「元は沙良木の仮眠室だからな。それよりお前ら、見下ろし続けるのはよくない、怖いだろ。その辺に座っとけ」
剛家隊長は按田さんと小鳥遊さんに向けて床を指差したが、自身はちゃっかりベッドに座る。
小鳥遊さんはそれを見て、無言で床に座った。
「一番圧やばい人は誰やと……いや、もちろん俺か蓮ですよねぇ、わかってますって〜」
ぽつりと本音が出た按田さんだったが、剛家隊長のひと睨みにさっと小鳥遊さんの隣に腰を下ろす。
「さて。今回の件、話し合わないといけないことが多くてな。もちろん、隊員を救ってくれたお嬢さんを責めることはない。ただ、いろいろと調整しないといけないことが多いのだ」
そう言った剛家隊長を沙良木さんが睨みつける。
「ここでは未来ちゃんが関係ある話だけの約束でしょ」
「……ああ、もちろんだ」
沙良木さんの釘を刺すような言葉に、剛家隊長はしっかりと頷いた。
「お嬢さん。いや、流田未来さん。――魔物討伐隊に入る気はないか?」
予想外の言葉に思考が止まる。
「――え?」
……私が、魔物討伐隊に?
突然の言葉に固まっていたのは私だけではなく、この部屋にいる人たちも目を見開いて剛家隊長を見ていた。
「ちょ、ちょちょちょっと! それはいきなりすぎでしょ!?」
動揺した様子の沙良木さんが声をあげる。
「按田」
剛家隊長が按田さんに視線を向けると、彼は軽く肩を落とし口を開いた。
「あー、今回の件ではっきりしてんけど、未来ちゃんは人より魔力量が多い。それに、魔力操作もできる。魔物討伐隊からしたら、ぜひ欲しい人材やねん。……あとはー、アピールポイントは、給料がっぽりもらえるで! 優しいセンパイの手厚いサポートつき!」
なぜかいつもよりぎこちなく話す按田さんによると、私は魔力が多くて魔力操作ができるらしい。
……魔力が多いと言われてもこの世界に魔法はないし、そんな才能があっても使い道がわからない私はあまり嬉しさを感じない。
按田さんが話し終わると、剛家隊長は小鳥遊さんに視線を向ける。
向けられた視線に気づいているはずなのに、小鳥遊さんは私をじっと見たまま何も言わなかった。
「十分理解されていると思うが、命に関わる仕事だ。答えを急ぐ必要はない。……ただ、あなたの力があれば、多くの人を救うことができるだろう。ぜひ考えてくれ」
剛家隊長はそう言うと、二人を連れて部屋を出た。
部屋を出る前、按田さんはなぜか私に申し訳なさそうな顔を向け、そのあとに続いた小鳥遊さんとは目が合わず、彼は最後まで口を開くことなく部屋を出ていった。
死にかけた時、流されたままに生きているだけの人生は嫌だと思った。
だけど……私に、人のために命を懸けるなんてことができるの?
すでに閉まった扉をじっと見ていると、沙良木さんに明るく話しかけられる。
「ここだけの話さ! 按田は未来ちゃんが魔力操作ができることに前から気づいてたみたい」
「え? どうして……」
私ですら自覚がなかったのに。
沙良木さんは私の鞄を指さす。その先にあるのは、いつも鞄の紐にぶら下げていたラジオだった。
「このラジオについてる玉なんだけど。その中に赤い渦があるでしょ? これが魔力なんだよ」
それは、私がこのラジオの購入を決めた玉の部分だった。
ラジオの玉の部分を指で触れると、銃を持った時と同じように、お腹と指が温かくなる感覚がする。その温もりを玉に向けて流し込むと、玉の中の赤色が増えた。
不思議な気分でじっと赤い渦を見つめる。
あれだけ魔法に憧れていたのに、いざあのクレーターを思い出すと、この力が少し怖く感じた。
「本当はもっと前にスカウトしたかったみたいだけど……ほら、魔物討伐隊って世間からの目もあるし」
沙良木さんは言いながら、視線を落としふっと笑う。
そして、少し悩んだ様子で続けた。
「……私がこういうこと言うのよくないとは思うんだけど。世間で言われてるほど、魔物討伐隊って悪くないんだよ。魔物討伐隊に関する噂って、一部の人間に都合よく歪めて広められたものばかりなんだ」
その声色には、少しだけ不満がこもっている気がした。
ふと時計に目をやった沙良木さんが立ち上がる。
「あっ、そろそろ部屋まで送るね」
今日は私は、この建物にある沙良木さんの隣の部屋に泊まる予定になっている。
明日また何かしらの書類にサインがいるらしい。
部屋を出ようと扉に手をかけた沙良木さんが「あっ」と声をあげてふり向いた。
「未来ちゃん! そう言えば言い忘れてたんだけど、これは忠告として聞いてね」
「? はい」
真剣な表情の沙良木さんと目が合い、私は素直に頷く。
「……呪術師と関わるのはやめた方がいい。どれだけ善人ぶってても、あいつらの中身はただの狂信者なんだ」
沙良木さんは暗く無機質な瞳で、じっと私を見つめた。




