26.爆発
目の前の光景は、ひとことで言えば地獄だった。
少し離れたところでは男性隊員が血を流して倒れていて、その足はあらぬ方向に曲がっている。
私のすぐ目の前、手の届く距離には鬼に吹っ飛ばされて転がってきた女性隊員。
服も顔も血で汚れていて、意識がないのか目を閉じてぴくりとも動く様子がない。
視線を上げると、鬼がその巨体を揺らしてこちらに近づいていた。
――もし、私に特別な力があったのなら。
はたして私は、あの巨大な化け物に立ち向かうことができたのだろうか。
正義感のある人なら、特別な力なんてなくてもきっと、どれだけ恐ろしい化け物にでも立ち向かっていくのだろう。
私には無理だ。だって、ふつーに怖い。
……だけど、私は自分より年下に守られ、見捨てて逃げるという罪悪感にも耐えられなかった。
何もできないのにこの場に残って、私はただ二人の隊員の行動を無駄にした。
私自身の愚かさに、ふっと自嘲する。
視界の端で、大きな拳がふり上げられるのが見えた。
私は自分の命を懸けて私を逃がそうとした、意識のない女性隊員を見つめる。
その拳がふり下ろされるのを、そうして待つだけだった。
――待つだけの、つもりだったのに。
女性隊員の手の側にあった黒いものを、とっさに掴んだのは無意識だった。
助けたいとか、守りたいとか、化け物を倒したいとか、そんなことは頭になかった。
単純に、私がまだ生きたいと、きっとそう思っていたから。
使い方は当たり前にわからない。
安全装置がどうとか持ちかたとか、まったくわからない。
ただ、なんとなくでトリガーに指をかける。
その感覚が走ったのはほんの一瞬。
カイロが直で肌に触れた時のように急激に熱くなるお腹。その熱が、トリガーにかけた指先に流れた。
その熱を動かせる気がして、ぎゅっと指先に集めていく。
私の周りから音が消えた。
指先が火傷しそうなほどの熱を持ち、バチっと火花が弾ける音がして――
――バァアン!!
鼓膜が破れるかと思うほどの破裂音に、びりびりと空気が震えた。
ぎゅっと目を瞑り耳を押さえる。
台風のような強い風が吹き荒れ、髪が巻き上がった。
石粒が体のいたるところにぶつかり、びちゃびちゃと湿った何かが顔にあたる感触。
土と煙と焦げた臭い。
しばらくして、風が止んでからも続く耳鳴りに、頭がくらくらした。
「…………あはは、」
目の前に広がる光景は、やっぱり地獄だった。
鬼は姿を消していて、代わりに地面が大きく抉れクレーターができていた。
薄い黄色のねばねばの液と、黒っぽいどろどろとしたものがクレーターの底に溜まり沼のようになっている。
女性隊員と私は髪から足までその液がかかっていて、少し離れた男性隊員にまで色がついているのが見えた。
…………くさい。
臭いの元は、ねばねばの液からだ。
数週間もお風呂に入っていないような不潔な…とにかく臭い。
臭いによる吐き気に耐えていると、遠くから人の声が聞こえてきた。
「おーい! 大丈夫かー! ……!?」
周囲はずいぶんと視界がよくなったおかげで、現れた人の顔はちょっと離れていてもしっかり確認できた。
「これは、どういう状況ですか……?」
「……いったん確認は後にするで。立花と青木が先や」
最初に私のもとへたどり着いたのは、按田さんと小鳥遊さんだった。
ちょっと前に見た時は浴衣姿だったのに、いつのまに着替えたのか軍服を着ていた。
周囲を確認するにつれて、二人の顔が険しくなっていく。
私の様子を気にしながらも、倒れた隊員を見た按田さんが後から来た隊員たちに指示を出す。
徐々に魔物討伐隊の隊員がこの場に集まってきた。
倒れた二人の状態を確認して担架を用意したり、クレーターを調べたり、忙しなく動く人たちを私はその場でぼうっと眺める。
「流田さん、それ……」
目が合った小鳥遊さんが、私のすぐ隣にしゃがみ込む。
視線の先は、私の握っている銃。
「……あ」
そういえば、まだ持ってたんだ。
握っていた銃を渡そうと手を前に出して、指が固まって動かないことに気づいた。
小鳥遊さんは無言で私の手を取ると、指を一本ずつ銃から剥がしていく。
銃が離れた私の手は、震えていた。
私が手を引く前に、小鳥遊さんは銃を持つ反対の手でぎゅっと握る。
その手が、とても温かかった。
「もう大丈夫です。……危ない目に遭わせてすみません。隊員を助けてくれて、ありがとう」
ちがう。助けてなんてない。私は何もしなかった。なんで小鳥遊さんがお礼を言うの。
一気に感情が押し寄せてきて、あふれた。
「っぅ、ぅうぁぁあああ……!!」
すごく怖かった。
今までに何度も危ない目には遭っていた。
今までに何度もこの世界で死にかけた。
だけど今回、とうとう私は死んじゃうんだと感じた瞬間、全身が恐怖に覆われた。
瑠美の笑顔、父の写真、魔物と対峙する魔物討伐隊員の姿。この世界での記憶が、次々と映像のように頭に流れていた。
元の世界でも、この世界でも、私はただ流れに身をまかせて日々を過ごしているだけで死んでしまう。
――そんなの、嫌だと思った。
いろいろな気持ちが混ざってぐちゃぐちゃで、恥も外聞もなく大声で泣き続ける私を、小鳥遊さんは手を握ったまま何も言わず見守ってくれていた。




