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気づけば異世界(パラレルワールド)にいた、私の日常。  作者: 現実逃避万歳٩( ᐛ )و


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25.覚悟

 

「お腹がくるしいよー! 今すぐこの帯とりたい……!」


 歩きながら、瑠美がお腹をさすり叫ぶ。


「むり、もう食べられない……」


 同じくお腹をさすりながら私も呟く。

 振り返ると、お祭りも終わりに近づき人は少なくなってきている。それでも、まだいくつかの屋台の周りは賑わっていた。

 私たちは屋台の食べ物を全て制覇するつもりで食べまくっていたのだが、さすがに途中で胃の限界を感じたので諦め公園を出た。

 ここから駅までぎりぎり終電に間に合うかどうか。どうせなら泊まっていくかと瑠美に聞くと、車でお迎えが来ると断られた。


「もうすぐ迎えが着くんだけど、未来も家まで送ろうか?」

「いいよー、私の家こっからすぐだし。正直ちょっとお腹いっぱいすぎて歩きたいかも」

「あはは、それはわかる」


 それからすぐに瑠美の迎えの車が到着する。

 運転席には初めて見る三十代くらいの男性。

 瑠美に「会社の上司」と軽く耳打ちされたタイミングで、男性と目が合ったので軽く会釈する。

 ……新しい出会いを見つけたようでよかったよ。


「ありがとう〜。未来、また連絡するね! 次は二人ともぜったい浴衣だからね!? 気をつけて帰るんだよー!」


 助手席に乗り込み、窓から顔を出す笑顔の瑠美に手をふる。


「うん! 私もまた連絡するね!」



 瑠美の乗った車が見えなくなると、辺りの静けさが気になった。

 にぎやかな公園から少し離れただけなのに、不思議と人が見当たらない。

 暗い一本道の先を見て、ちょっとだけ、やっぱり送ってもらえばよかったかもと後悔した。

 ……まあ、星空を見ながら歩いていればあっという間だよね。

 そう考え、頭につけっぱなしだったお面を外し歩き出した、ほんの数分後。

 ――ザザッ


 “――魔物警報です。午後九時六分に、〇〇県××市〇〇区××町で魔物が発生しました。一部地域に魔物警報が発令されています。警報区域内にいる皆様は、不要不急の外出は控え――”


 久しぶりに、かなり近い場所で魔物が発生したようだ。

 魔物討伐隊の人がいた公園の方まで戻るか、それとも家まであと十分くらいの距離を走るか。

 ラジオから流れてきた魔物の発生場所は、公園と私の家、どちらからもほぼ同じ距離だ。

 鞄の中に数珠があることを確認する。

 ……うん、走ろう。魔物討伐隊が魔物のいる場所に向かってくれるだろうし。

 そう思って、顔を上げた。


「……え?」


 道の先に、黒い影。

 生ゴミのような腐った臭いを感じたとたん、黒い影が足を動かし、ダンっと足音が響いた。

 考える間もなくとっさに鞄に手を突っ込み、防犯霧を放り投げる。

 広がる煙を確認する前に踵を返し、来た道を走り出して――


「うそでしょ……」


 すぐ先に、黒い影がいた。

 振り返れば、背後はすでに霧に包まれている。

 慌てて前を向くと、黒い影が徐々に近づく。月明かりに照らされ、はっきりと見えたその姿にひゅっと喉が鳴った。

 口から突き出た太い牙。その隙間から垂れる、粘つき黄ばんだ涎。

 魚のようなぎょろぎょろした真っ赤な目と、頭に生えた二本の角。――『鬼(おに)』だ。

 身長は以前見た河童と同じくらいだが、その姿は河童よりも恐ろしく感じた。

 どうしよう、どうしよう。防犯霧はもう投げちゃったし、どうしたらいい? 

 ダンっダンっと響く足音が、まるで心臓の音のようで、次第に呼吸が浅くなっていく。


『――簡単にいえば、結界みたいなものですわ』


 その時、ふと哨子さんの言葉を思い出した。

 急いで鞄の中から数珠を取り出す。

 結界なら、魔物に何かしら効果があるはず…!

 藁にもすがる思いで、私は数珠を鬼に向かって投げつけた。

 だが、私が投げた数珠は鬼に届かず少し手前に落ちる。

 ……失敗した!

 そう思った時だった。鬼の足が、数珠を踏みつけた。


 ――パンッ!

 破裂音が響き渡り、鬼がゆっくりと後ろに倒れ込む。

 私は鬼がどうなったのか確認することなく、右側に広がる山の斜面を登り始めた。

 さすがに死んだかどうかもわからない鬼の横を通り過ぎる勇気はない。

 とにかく山の中に隠れて助けを呼ぼう。


 しばらく山の中を歩き続ける。

 時間はそんなに経っていないと思うが、かなり急な斜面を登ったことで、額も背中も汗でびっしょりだ。

 ……今日、浴衣じゃなくてよかった。

 背後に鬼が追ってきている気配もなく、ほっとした私は木に背中を預けて座り込む。


「助け、呼ばなきゃ……あ」


 携帯を取り出した拍子に、鞄の奥にあった名刺がぱらりと膝に落ちた。


『これ、渡しとくから。また何かあったら、そこに書いてる番号に電話して!』


 私がこの世界に来たばかりのころ、沙良木さんからもらった名刺だ。裏面に携帯番号が載っている。

 震える指で、番号を押す。

 プルルルル……、プルルルル……


「もしもーし! こちら天才研究者です! どうされましたかー?」


 繋がらなければ魔物討伐隊に通報するつもりだった。

 だけど、思っていたよりあっさりと電話が繋がり、知っている人の声に力が抜ける。


「えっと……私、流田未来です」

「未来ちゃん? えっ久しぶりじゃん! どうしたのー! と言うかやっと電話くれたね?!」


 テンションの高い沙良木さんの反応に、思わずふっと笑ってしまう。


「あの、助けてください。さっき警報が流れたと思うんですけど、鬼に追われて……」

「……未来ちゃん、今どこにいるの?」

「魔物が発生した場所のすぐ近くの山の中です」


 私がそう言うと、沙良木さんはしばらく黙ったあと、ゆっくりと話し始めた。


「あのね、落ち着いて聞いてね」

「? はい……」

「その辺りで発生した魔物は、ついさっき魔物討伐隊が討伐したわ」


 その言葉に安心して、山を下ろうと重い腰を持ち上げる。


「よかった……なら、」

「でも」


 続く、沙良木さんの言葉に体が固まった。


「討伐された魔物は鬼じゃない。そもそも、鬼の魔物の発生は確認されていないわ」

「え……?」


 ざわざわと木々が揺れる。

 あれだけ汗をかくほど動いた後で暑いはずなのに、体が震えていた。


「未来ちゃん、今から隊員をそこに向かわせるから、絶対にその場から動かないで――」


 ――パキッ

 沙良木さんの言葉に被せて、辺りから枝を踏み締める音が聞こえてきた。


「未来ちゃん、聞こえてる? 未来ちゃん?」


 その音は、次第に大きくなっていく。

 ……きっと、助けに来てくれた人、だよね。

 右手で胸元の服を握りしめる。

 落ち着いたはずの心臓が再び脈打つのを感じながら、音のする方向をじっと見つめた。



 私の寿命は、もしかすると今日で終わりなのかもしれない。

 目の前に姿を現した化け物を見て、私がそう思ったのも仕方がないことだった。

 四足歩行で歩いていた化け物は、私を見つけるとゆっくりと二本の足で立ち上がる。


「ああぁぉぉぉおおおお!!」


 こもった叫び声をあげ、赤い目で私を睨みつけた。

 化け物は私の三倍はありそうな、縦にも横にも大きい『鬼』だった。

 巨大な鬼は、その体にふさわしい大きな手で拳を作ると、上へ上へと持ち上げる。

 ……ああ、今からそれで私を殴るんだろうなと察した。

 なすすべもなくなった私は、ゆっくりと目を閉じる。

 力の抜けた手から、携帯が滑り落ちた。


 ――パァン!

 聞き覚えのある銃声に、ぱっと目を開ける。


「大丈夫ですか!?」


 続いて聞こえた、焦りの滲む声。

 目の前には、軍服を着た魔物討伐隊の隊員がいた。


「怪我はありませんか!?」

「えっ、あ、はい」


 初めて見る男性隊員の顔が、私の返事にほっと緩む。


「あの魔物を追っているところにあなたがいたので驚きました。無事でよかった」


 そう言った男性隊員は、その後も続く銃声にすぐに顔を引き締めた。


「タロー! こいつやばい、修復してる。魔力量が桁違いだ……!」


 そういって、もう一人いた女性隊員が私たちの元へかけつける。

 鬼に視線を向けると、銃に打たれた箇所がブクブクと沸騰したかのように膨らみ、あっという間に元に戻った。

 女性隊員はちらりと私に目を向けるも、すぐに魔物を睨みつける。


「あれは、僕たちでは倒しきれない。どこまで魔力を削れるか……」

「あんたが飛びださなければこんなことにならなかったのよ」

「襲われている人を放っておけないだろ!」

「わかってるわよそんなこと! ……はぁ、こんな言い合いしてる暇もないわ」


 魔物の叫び声に、女性隊員が浅くため息をつく。

 男性隊員の表情は硬く、唇を噛み締めていた。


「……救援が来るまで、私たちでどこまで足止めできるかね」


 その女性隊員の言葉に、男性隊員の顔つきが変わる。


「私たちが、必ずあなたが逃げる時間を稼ぎます」

 二人の隊員は、私に向かってそう言った。


 彼らと私の間に、さあっと風が通り抜ける。

 覚悟が決まった人の目とは、こういうものなのだろう。

 二人の顔をよく見ると、どこかあどけなさが残っている。きっと、私より年下。

 私は、命をかけてそんな年若い二人に守られる。

 当たり前だ。彼らは魔物討伐隊の隊員で、私はただの一般人なのだから。


 魔物がこちらに向かって足を動かす。同時に、それに気づいた二人の隊員も魔物に向かって走り出した。

 なぜか、私は二人の背中から目を逸らせなかった。

 命懸けで戦ってくれているのに、逃げないといけないのに、私は彼らを置いて逃げることに躊躇していた。

 響く銃声と不快な魔物の叫び声。

 何度目かにふり上げられた鬼の拳が男性隊員の体に当たる。

 吹き飛ばされた男性隊員は、地面をごろごろと転がった。

 鬼が近づく。

 倒れて動かない男性隊員の前に、女性隊員が立ち塞がる。

 銃を構える。撃つ、撃つ、撃つ。

 ――鬼の拳が、女性隊員へ振り下ろされる。



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