23.祭り
ビー、ビー、ビー……、ビー、ビー、ビー……
遠くで鳴り響くブザーの音。
“――午後三時二十六分に、〇〇県××市〇〇区××町で発生した『小鬼』は、現在も東へ移動中。一部地域に魔物警報が発令されています。警報区域内にいる皆様は、不要不急の外出は控え――”
ラジオから流れる魔物警報。
今までであれば、この後魔物と遭遇していたのだが。
私はそれを、駄菓子屋のおばあちゃんと一緒に、お茶を飲みながら聞いていた。
「未来ちゃん団子食べるかい? ついこないだ買ってきたのよぉ」
「いえ、お気持ちだけで大丈夫です。ここで待たせてくれるだけで助かってますから」
ラジオから流れている内容に少し前と変わりはない。まだ魔物は討伐されていないみたいだ。
ここは、アパートの近くにある駄菓子屋だ。
以前は野槌に襲われてたどり着けなかったので、今回は無事に来れてよかった。
私がお菓子を選んでいる時に魔物警報が流れたことで、お店のおばあちゃんが「警報が解除されるまで休んでいきなぁ」と声をかけてくれたのだ。
おばあちゃんのかわりに私がシャッターポールでシャッターを下ろし、鍵もしっかり閉めた。
六畳くらいの店内の壁一面に並ぶ棚に敷き詰められたおやつを見ていると、懐かしい気持ちになってくる。
……小さいころ、駄菓子屋さんでよくお母さんに買ってもらったなあ。
おばあちゃんは店の奥からプラスチックの椅子を持ってくると、レジ台を机にお茶とお菓子も用意してくれた。
「はやく討伐されるといいねぇ」
「そうですねぇ」
今日の夜のバイトまでに間に合えばいいけど。
冷房の効いた店内で冷たいお茶を飲んでいると、背中にかいた汗が冷え、ふるりと体が震えた。
この世界に来て、もう六ヶ月が経つ。
こうやって、突然魔物警報が流れる日常にもすっかり慣れた。
戸坂さんにお守りをもらってから三ヶ月、魔物との遭遇もしていない。驚きの効果だ。
戸坂さんといえば、実はまだ家を出た理由を聞き出せていない。それどころか、『本人に聞くのがいちばん』という発言の意味についてもわからないままだ。
ただ、しばらく戸坂さんを観察していて気づいたことがある。
戸坂さんは、日によって性格が変わる。あと、私の呼び方が違う。
『流田ちゃん』と呼んでくるのは「本人に聞くのがいちばん」と発言したことから、たぶん『流田さん』呼びが戸坂さん本人……そもそも本人って何。
二重人格とか? それとも戸坂さんは双子だった?
正直『流田ちゃん』呼びの戸坂さんの方が話しやすい。
だけどもう何を聞いても「ゼッタイ言えない!」としか言われない。
なので、『流田さん』呼びの戸坂さんに聞くのが一番だとはわかってはいるのだが。
……ものすごく、話しかけづらいんだよね。
話しかければ普通に返事はしてくれる。無愛想ではない。なのになんとなく、関わりを拒絶するような空気を感じるのだ。
あれから哨子さんにも会っていないし……。
実は彼女の連絡先も聞いていないので、もし家に戻らない理由を聞き出せたとして、どうやって教えるのかわからない。
まあ、何かあったら哨子さんに連れてってもらった喫茶店を訪ねればいっか。
――ザザッ
“――午後三時二十六分に、〇〇県××市〇〇区××町で発生した『小鬼』は午後四時四十分頃、無事魔物討伐隊に討伐されました。これより、魔物警報が解除されます――”
私がこの世界に来てからを思い出していると、ラジオから魔物討伐の知らせが流れる。
「おや。討伐されたみたいだねぇ、よかったよかった」
おっとり笑う駄菓子屋のおばあちゃんにお礼を伝えて、購入したお菓子を持ってアパートへ向かう。
照りつける日差しと、熱気で歪む視界。乾いた汗が、また流れだした。
歩いていると、携帯からメッセージが届いた通知音が鳴る。
開いてみると、瑠美からだった。
【お祭りいこーよー!】
……もうそんな季節かぁ。
短い返事を送る。
家に向かう足取りが、少しだけ軽かった。
―――――
「未来ー! こっちこっちー!」
ぽんぽんと軽やかな太鼓にひゅるりと聞こえてくる笛の音。混じる客引きの声や楽しそうな笑い声。
喧騒の中、聞き覚えのある明るい声が聞こえてきた。
きょろきょろと辺りを見渡すと、大きく手をふりながら近づいてくる瑠美を見つける。
「瑠美! ひさしぶり!」
小走りで瑠美に近づく。
私を見た瑠美は頬をふくらましながら私の手を取り、ぶんぶんと上下に揺らした。
「浴衣じゃないじゃん!」
「えーと、着るつもりだったんだけど…家に見当たらなくて」
私も浴衣を着るつもりだったのだ。
だが、去年も瑠美と浴衣を着てお祭りに行き、その後アパートの襖の奥にしまったはずが、見つからなかったので諦めた。
「えー!? 早く言ってくれたら私の貸したのにぃー!」
ぶんぶんと私の手をふりまわす瑠美は、淡いピンクの浴衣を着ていた。
髪の毛はハーフアップにしていて、おろした部分は綺麗に巻かれている。
「ごめんね、瑠美。その浴衣似合ってる。可愛い!」
素直に感想を伝えると、瑠美は一瞬目を丸めてから照れくさそうににこりと笑った。
「ありがとう! ……でも次は未来もぜったい浴衣着ようね!」
「うん!」
「それにしても、思ったより盛大だねぇ!」
私も、この町のお祭りにこんなに人が集まるなんて思っていなかった。
去年は瑠美の地元のお祭りに行ったので今年は私の住む町のお祭りに行きたい、と瑠美が希望して初めて来た。
普段は子どもたちが走りまわっている広めの公園。周囲はいっそう頑丈そうな分厚いフェンスに囲われている。
公園の敷地いっぱいには出店が並んでいて、真ん中には流れる音楽に合わせて盆踊りをしている人たちもいる。
ふと、公園の隣に人が二人並べる幅の石段を見つけた。その上には小さな鳥居。
階段前はしっかり太めのロープで塞がれていて、登れないようになっている。
なんとなく鳥居が気になって見上げていると、数人の人影が見えた気がした。
「未来〜、何見てるの?」
「え? ……ううん、なんでもない」
瑠美に横から覗き込まれ、そこから目を離す。また見上げると何も見えなかったので、気のせいだったのかもしれない。
「わたがし食べたいー!」
「私も食べる! あとミルクせんべいと!」
「いいねー! ベビーカステラも買って帰らないとだね…って、食べものばっかじゃん!」
二人で笑いながら目当ての食べものを探すため、人混みの中を進んでいく。
食べものを見つける前に、途中で瑠美が輪投げをしたり、くじ引きを引いたり、二人でお面を選んで頭につけたりした。
お面の種類はすごく豊富だった。……キャラクターではなく、魔物の種類が。
初めて知った魔物も多かった。魔物には見た目が恐ろしいものしかいないと思っていたのだが、お面はデフォルメされている効果もあるのか、可愛らしい魔物もいたみたいだ。
瑠美はほとんど兎にしか見えない灰色のお面――お面を売っているおじさんが『岩兎』と言っていた――に、私はベタだけど狐のお面を選んだ。
『妖狐』って、この世界では魔物として実在するんだ……。
「未来、狐のお面似合いすぎ! ちっちゃい子みたい!」
「……それ褒めてないよね?」
「そんなことない! 座敷わらしみたいで可愛いよ!」
「……」
唇を尖らせた私に気づいた瑠美が慌てて謝る。
あせった顔で輪投げの景品の飴を目の前で揺らす姿に、ふっと笑ってしまった。
前が見えるように頭の右側にお面をずらして、また二人で食べもの探しを再開する。
「りんご飴食べたくなってきたかも」
「あっ、あれ! あそこりんご飴売ってるよ!」
瑠美に手を引かれ、たどり着いたりんご飴の屋台。
向かい側に、ふと長身の男性がいるのに気づく。
「「……あ」」
見上げた先で目が合った。
気づいたのは、ほぼ同時だった。




