18.本物
「ぎゃっ! これ誰のですかあー!?」
聞こえてきた叫び声に、レジ前にいた私と戸坂さんは顔を見合わせる。
その後すぐ、バックヤードから顔を出したのは、親御さんのお迎えを待っている秋田ちゃんだった。
若干涙目の秋田ちゃんがつまんでいるのは、つい最近私が『お守り』としてもらった真っ黒の人形。
片足をつまんでいるので、逆さになった人形の唯一リアルな部分の髪がふぁさふぁさと揺れている。
「あ……それ私の」
「未来ちゃん!? どうしたんですか? まさか呪いたい人でも……」
「ちがうちがう、もらったの。お守りなんだって」
苦笑しながらそう言うと、秋田ちゃんに引き攣った顔を向けられる。
「あー……それより、これどこで?」
「ロッカー前に落ちてました……」
鞄をロッカーに直す時にでも落としたのかもしれない。
私が人形を受け取ってからも、秋田ちゃんの視線は人形と私の顔をさまよっていた。
……さすがにこの人形を持ち歩いてると変人だと思われるよね。次からは人に見られないように気をつけよう。
「それ、ほんとにお守りなんですか……?」
人形を鞄に入れるためにバックヤードへ向かおうとすると、秋田ちゃんに声をかけられる。
「うん、そう言ってた」
足を止めこくりと頷くと、秋田ちゃんの眉間に皺が寄る。
「誰が言ってたんですか?」
「……着物の人」
「……知り合いですか?」
「……知らない人」
「……」
なんとも言えない空気が漂いはじめたちょうどその時、秋田ちゃんの携帯が鳴った。
駐車場に目を向けるといつのまにか車が停まっている。
「あ、ママのお迎えが来たので帰りますね。お疲れ様です! ……未来ちゃん、誰でも信じちゃだめですよ。気をつけてくださいね!」
秋田ちゃんは本気で心配そうに、何度か私の方へ振り返りながら帰って行った。
……六歳も歳下にあんなに心配されることに微妙な気持ちになる。
手を振って秋田ちゃんが車に乗るのを店内から見届けると、それまで黙っていた戸坂さんが口を開いた。
「その人形ちょっとみせて」
「いいですよ」
人形を渡すと、戸坂さんは特に表情を変えることなくじっくりと観察する。
不気味な本物っぽい髪も躊躇なく触っていることに少し驚いた。
……私でもさすがに髪を触るのは戸惑うのに。
しばらく観察して満足したのか、私に視線を向けた戸坂さんは衝撃的なことを言った。
「流田さん。実は俺、霊感あるって言ったら信じる?」
「え?」
急に何を言ってるのこの人。
まじまじと戸坂さんを凝視するが、戸坂さんは真剣な表情で私を見ていた。
「……幽霊でも見えるんですか?」
「うん」
あっさりとした返答に戸惑う。
「霊感のある俺から言わせてもらうと、この人形呪われてるよ」
「え!?」
「この人形は俺が処理しとくから、代わりに本物のお守りをあげる」
「ええ!?」
抑揚もなく続けられた言葉に戸惑っていると「はい」と手を出される。
その手のひらには、真っ白の数珠があった。
いろいろと急すぎて話についていけない。
ちらりと人形に目を向けると、戸坂さんの右手にしっかりと握られていたままで、私に返す気はなさそうだった。
どうするべきか悩んでいる私の様子に、戸坂さんが首を傾げる。同時に、両耳に付けたいくつものシルバーのピアスがしゃらりと鳴った。
「あの……ちなみにその人形にはどんな呪いが?」
「うーん。説明が難しいんだけど、これを持ってると流田さんが良くないことに巻き込まれる呪い」
「よくないこと……」
もうすでに何回も巻き込まれている気がする。主に魔物関係だけど。
私の言いたいことを読み取ったのか、戸坂さんはこくりと頷く。
「この数珠があれば、魔物と遭遇するのも……普通になる」
……なくならないんだ。
私がよく魔物と遭遇することは戸坂さんにも話したことがある。そのたびに「ドンマイ〜」と励まして(?)くれていた。
「魔物との遭遇をゼロにするものじゃない。ただ、魔物が寄ってくることはなくなる。普通の人と同じになるから、今よりは減るよ」
嘘でもなくなるっていえばいいのに、そこが逆に本当に聞こえてくる。
……まあ、あの人形も本当に効果があるのかもわからないし、渡してくれた人も正直怪しかった。
それなら付き合いの長い戸坂さんの言葉を信じよう。
不気味な人形を持ち歩くよりは、白い数珠の方が見られても引かれないだろうし。
「わかりました。戸坂さんを信じます」
「……ありがとう」
私が白い数珠を受け取ると、戸坂さんはどこかほっとした表情をした。
……今日の戸坂さん、いつもより笑顔が少ない気がする。疲れてるのかな?
働きながらも戸坂さんの様子が気になってしまって、ちらちらと視線を向けていると、ちょうど目が合ったタイミングで不思議そうに声をかけられた。
「……どうしたの?」
「えっ、いえ……。えーと、戸坂さんは魔物と遭遇したことありますか?」
見過ぎていたことを誤魔化すために、咄嗟に思い浮かんだことを質問する。
その時、ほんの一瞬。戸坂さんの表情が抜けたように見えた。
「……何度かあるよ」
「そうなんですね。……えっと、ご兄弟とかいますか?」
「……うるさい姉が一人。しばらく会ってないけど」
そう言った戸坂さんは、何か嫌なことを思い出したように顔を歪める。
「そうなんですね……」
問いかけに対して戸坂さんの返事がぶっきらぼうに聞こえて、気まずい空気に会話を切り上げた。
視線を彷徨わせてからちらりと戸坂さんを見ると、向こうも私を見ていたようで、ばっちりと目が合ってしまう。
「さっきからどうしたの?」
「いえ……あの……」
「なに?」
「戸坂さんの様子がいつもと違う、気がして……」
数秒の沈黙が流れる。
返事がないことに、緊張しながらもそっと戸坂さんを伺うと――
「そんなことないよ。気のせいじゃないかな」
戸坂さんは、にっこりと笑っていた。
それなのに、目が笑っていないように見えるのは気のせいだろうか。
「……気のせい、だったかもです」
笑顔の戸坂さんに合わせて、私も頬に力を入れた。
その日は忙しく働いた。
お客さんの数はもちろん変わらないので、とにかく暇な時間をなくそうと特に掃除に力を入れた。
朝の交代の時間に出勤してきた店長が、ぴかぴかの店内や綺麗に陳列された商品を見てとても感激していた。




