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気づけば異世界(パラレルワールド)にいた、私の日常。  作者: 現実逃避万歳٩( ᐛ )و


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16.謎の人物

 

 少し遅れて、瑠美の鞄の中からもくぐもった音声で同じ内容が聞こえてきた。


 〝魔物警報です。午後五時五十六分に〇×県〇〇市××区〇〇町で魔物が発生しました。一部地域に魔物警報が発令されています。警報区域内にいる皆様は、不要不急の外出は控え、自宅内で待機してください。また、外出中の方は速やかに建物内へ避難してください。警報区域は〇×県〇〇市××区――〟


 ラジオから流れる魔物警報を聞いた瑠美がぽつりと呟く。


「……ここから近くない?」


 近い。というか、なんだか嫌な予感がする。つい最近にもこんなことがあったような……。


「と、とりあえず、さっきのコンビニに避難しとこう!」


 瑠美が私の腕を掴み、勢いよくベンチから立ち上がる。

 その拍子に、まだ口をつけていないアイスが地面に落ちた。

 少し溶けかけのアイスにすぐに蟻が数匹寄ってくる。

 ……まさかここでも魔物に遭遇するなんてこと、ないよね?

 不安を感じつつも、魔物の発生場所よりコンビニの方が近いのでさすがに遭遇はしないだろうと思い直す。

 とにかくここから離れようと顔を上げ――瑠美が公園の入り口を向いて固まっていることに気づいた。


「瑠美? ……っ!」



 そこにいたのは、真っ黒の魔物。

 赤い目を光らせ、魔物がゆっくりと動きだす。

 五、六歳くらいの子どもの背丈に、小さな足でどこかぎこちなく一歩ずつ歩く姿がより不気味だった。


「ひっ……!」


 私の腕を掴む瑠美の手にぎゅっと力が入るのを感じながら、徐々に近づいてくる魔物に目を凝らす。

 焼け焦げたかのように全身は真っ黒で、口元はアヒルのような嘴、頭にはひび割れたお皿とその破片のようなものが乗っている。

 ……真っ黒に焦げた、河童(かっぱ)?


『――春といえば、河童ですかね』


 思い出したのは、ラジオを買ったあの日。喫茶店でたまたま話題に上がった春に現れる魔物の話だった。


『河童、ですか?』

『……アヒルみたいな嘴に、頭に皿が乗ってる魔物です。河童は皿に入っている水を大事にしてるので、そこをめがけて塩を投げると逃げますよ』

『しお……?』

『春にはお守りとして塩を持ち歩く人もいるんですよ』


 たしか、小鳥遊さんはそう言っていた。


「瑠美、塩持ってない!?」

「……え? しお……?」


 瑠美は困惑しながら首をかすかにふる。

 その反応に私はさっと周囲に視線を走らせた。

 何か代わりになるもの……、何か……あ。


「ごめんそれもらう」


 目にとまったのは、瑠美のもう片方の手にあるクレープアイス。

 目を見開く瑠美を横目に、その手からひったくったクレープを握りしめて河童に視線を向ける。

 河童はゆらゆらと不安定なバランスで、一歩ずつこちらに近づいている。

 ……このアイスに塩が入ってるかわからないけど、もうこれしかない。

 河童のお皿を目掛けてクレープを投げる。

 確実に届く距離に来た時に投げるために、頭の中で何度も動きをシミュレーションしていると、ふと遠くで聞き覚えのあるブザー音が鳴っていることに気づく。

 あれは確か魔物討伐隊の高機動車から発せられる音だ。

 つまり、あと少し時間を稼ぐことができれば助けがくるはず。


「大丈夫」


 河童が近づくにつれ、震えが大きくなる瑠美にそう声をかけた。

 ゆっくりと、深く深呼吸をする。

 河童が一歩踏み出す。


 ……あと五メートル。

 一歩、二歩、三歩。

 ……あと四メートル。

 一歩、二歩、三歩、

 ――ジュゥッ


 突然、何かが焼ける音と同時にあたりに漂う焦げた臭い。

 河童の首が、ころんと落ちた。


「きゃっ」


 衝撃的な光景に隣で瑠美が小さく悲鳴をあげた。

 ころころと転がる頭の真っ赤な目から、徐々に光が消えていく。

 目の色が完全に黒く変わると、河童の頭がふわりと浮いた。


「……えっ」


 頭が浮いたことにびっくりしたが、よく見ると頭を鷲掴みにする手がある。

 その手から上へ視線をたどると、無地の黒い着物を着た人が立っていた。

 中性的な綺麗な顔立ちに、腰まであるまっすぐ伸びた黒髪を後ろで一つに結んでいる。

 片方の手には河童の頭。そして、もう片方の手には一メートルくらいありそうな抜き身の刀が握られていた。

 初めて見る長い刀に思わず「銃刀法違反」という言葉が浮かぶ。

 ……都会でも銃を持っている人がいたくらいなので、きっとこの世界には存在感しない言葉だろう。


「……あの、あ、ありがとうございます。えっと……魔物討伐隊の方ですか?」


 私がどうでもいいことを考えている間、瑠美が着物の人に声をかけた。


「……」


 着物の人は瑠美の声に全く反応を示さない。だが、私とばっちり目が合っているのは気のせいではないはずだ。

 そのままじゃり、と下駄で地面を踏み締め近づいてくる。

 片手に抜き身の刀を持ったままの不審人物を前に、私と瑠美は身構える。

 咄嗟に私を庇おうとしてくれたのか、手を繋いだまま瑠美が一歩前に出た。

 しかし、着物の人は瑠美へ視線を向けることなく私を見ていた。

 手を伸ばせば届きそうな距離で足を止めると、薄く唇を開く。


「……まともに機能しなかったのはコレのせいか」

「?」


 ぽつりと、ぎりぎり聞き取れるくらいの小声。

 そして、くるりと背を向けた。

 そのまま歩き出したので公園から去るのかと思えば、ぴたりと足を止める。

 またくるりとこちらを向くと、早足でまた私たちの前まで戻ってきた。

 目の前で河童の頭を地面に投げ置き、刀を腰の鞘に仕まう。

 そして袖口に手を突っ込み、何かを握りしめた手を差し出された。


「これ、迷惑料。数ヶ月は肌身離さず持っておくのをお勧めするよ」


 さすがに、初対面で怪しげな人から物を受け取るのは躊躇する。

 戸惑いながら着物の人の顔を見つめていると、瑠美が再び声をかけた。


「あのっ、あなた誰ですか? 魔物討伐隊の人じゃないんですか?」


 着物の人は瑠美の声が聞こえているはずなのに、反応することなく私に話しかける。


「早く受け取って。今のままだと魔物がよってきて大変なんじゃない?」

「え?」


 その言葉に目を見開く。

 ……なんで知ってるの? この人は、何を知ってるの?

 驚いて目の前の瞳を見つめるが、私にはその真っ黒の瞳から何も読み取ることはできなかった。


「早く。いらないなら捨てればいい」


 動かない私に痺れを切らしたのか、着物の人は私の左手を取ると、持っていた物を強引に握らせた。


「お守り」


 そう、言われた瞬間――ザアッとどこからか現れた木の葉が周囲に吹き荒れ視界を覆った。


「きゃあ!?」

「!」


 それも一瞬。目を開けると着物の人も、河童も、跡形もなく消えていた。


「何いまの……」


 全てが夢だったかのように、公園はしんと静まり返っている。

 着物の人が消えた場所を唖然と見つめていると、ラジオから魔物警報が流れだす。


「とりあえず魔物討伐隊に通報しないと!」


 我に返った瑠美が慌てて電話をかける。

 その姿を見て、私もはっとする。

 ……これ、また私、疑われたりしないよね?

 すっかり溶けたクレープアイスが、私の指にたらりと垂れた。


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