15.『親友』
「未来ー! こっちこっち!!」
人通りの多い改札前。流れるような人波に目を凝らしていると、少し離れたところから一人の女性が大きく手を振り近づいて来るのに気づいた。
「ひさしぶりー! こんなに未来と会ってなかったの、初じゃない!?」
目の前に来て早々、テンション高く私の両手を握るのは、親友の瑠美だ。
……この世界の瑠美と会うこと自体、私は初めてだよ。
心の中でそう返しながら頷く。
「元気だった?」
そう言って小首を傾げる瑠美は、中学の時から変わらない明るい笑顔を浮かべていた。
正直、瑠美と会うのは不安だった。
元の世界で関わっていた人たちは、この世界でも同じ人だと感じることもある。だけど、結局は別人なのだ。
瑠美はたしかに親友だが、この世界での関係は違うかもしれない。
私の知ってる瑠美とかけ離れていたらと考えると…どうすればいいのか、わからなかった。
視線が落ちていく私の顔を、瑠美が不思議そうに覗き込む。
綺麗に巻かれた栗色の髪がさらりと揺れる。
記憶の中と同じ顔で、私を見つめる瞳が心配の色を浮かべている。
「……っ瑠美、」
「えっ? えっ? 未来どしたの!?」
気づけば、瑠美の顔がぼやけていた。
"来週の月曜、ひま?〟
そう瑠美から連絡が来たのは、私が『野槌』に襲われ死にかけた一件から、一週間後のことだった。
送られてきたメッセージを見た時、一瞬息が止まりかけた。
会いたいと思ったことは何度もある。だけど、私からこの世界の瑠美に声をかける勇気はなかった。
すごく悩んだ結果、この世界での瑠美と会ってみたい。
そう思って、微かに震える指で返信した。
そして、今。
涙の止まらない私を周囲の視線から隠すように立ち、慌てながらも心配そうにティッシュを握らせてくる目の前の人は。
私の知っている、瑠美だった。
「――落ち着いた?」
「うん。……ごめんね」
「ぜんぜん! びっくりしたけどね!」
涙が落ち着いてくると、頭も少しずつ冷静になる。
この歳で公共の場で泣いてしまったことに、だんだん恥ずかしさがこみ上げてきた。
気まずげに眉を下げる私に、瑠美はからっと明るい笑顔を向ける。
「場所、移動しよっか!」
待ち合わせがちょうど昼時で、お互いお腹もすいていたので、とりあえず近くのカフェに入ることになった。
「――それで。理由を聞いてもいいの?」
パスタの最後の一口を頬張り、瑠美はそう切り出した。
「えっと……」
どうしよう。私自身、あんなに泣いてしまったのは予想外だったのだ。私の知っている瑠美と変わっていなかったことにほっとして、気づけば涙が出ていた。
だけど、ここで「私、別の世界から来たの」とか言ったら、頭がおかしくなったと思われるし……。
「ゔーん……」
「……じゃあ、私の話から聞いてもらっていい?」
「あ、うん」
何も言い出せずに唸るだけの私を前に、瑠美は肩をすくめ、私を誘った理由を話しはじめた。
「私、圭司と婚約破棄になった」
「え?」
「向こうが浮気してたの……幸せにするからとか言ってたくせに! 私の仕事中に家に女呼んでたのよ! やばくない!?」
机に手のひらを叩きつけ、前のめりに話す姿に目を丸くする。
瑠美のお怒りはごもっともだし、話の内容にも驚いた。だが、それよりも気になることがあった。
「瑠美、婚約してたんだ……」
「何言ってんのよ。半年くらい前にちゃんと報告したでしょ」
確かに私はこの世界に来る前、瑠美と会っている。圭司という人と付き合ってることも聞いていた。だけど、その時話した内容に「婚約した」なんて言葉はなかった。
見た目も変わらない。話してる感じ、性格も同じなのに。
「ちょっと、なんで未来が泣くのよ」
「ないてない」
気づけばまた涙が出そうになったが、ぐっと耐える。……大丈夫、ちょっと目が潤んだだけだ。
今、重要なのは瑠美の話だ。
首を振って気持ちを切りかえ、瑠美の顔色を窺う。
思い出すのは圭司の話をする時の、瑠美の楽しそうな笑顔。
「瑠美、大丈夫?」
今の瑠美は怒っているように見えるが、好きだった人に裏切られて悲しくないはずがない。
「ぜんぜんへーき。相手の親もいれてきっちり話して、言いたいことも全部言ってやったし!」
食べ終えたお皿を机の端に寄せて、「デザート食べよ!」とメニューを選んでいる姿に、かける言葉が見つからなかった。
心配はしている。圭司という人に怒りも覚える。
……だけど、些細な違和感を気にして今までのように親身になれていない自分がいることに気づき、胸が重くなる。
「未来は何食べる? あっ、この店チーズケーキあるよ!」
にこにこと明るい笑顔を向けられるたび、胸の重さは増していった。
―――――
「今日はありがとう! いい気分転換になったよ〜」
「私も。誘ってくれてありがとう!」
カフェでいろいろと衝撃を受けた、婚約破棄の報告を聞いたあと。
瑠美の目当ての化粧品を買いに行ったり、私の服を選んでもらったり、カラオケで歌ったり、今までと同じように遊んだ。
一緒に過ごすうちに沈んでいた気持ちはだんだん薄れていき、いつのまにか本気で笑っている私がいた。
時間が経つのがあっという間で、気づけば夕方。
少し早いが、私の最寄駅の終電時間に合わせて解散する流れになった。
帰り道、瑠美は反対方向なのに私の駅まで送ってくれるらしく、二人で歩いて駅に向かう。
「今度は未来の家に遊びに行かないとね!」
「うん。待ってる! 瑠美が紹介してくれたようなものだしね」
「あはは! たしかに〜。それは行かないと! あ、ちょっとトイレ行きたいから、あそこのコンビニ寄っていい?」
「いいよ!」
瑠美を待っている間、なんとなくアイスコーナーを見る。
ここの店舗、いろんな種類が売っていていいなあ。あ、このクレープアイスの味、私のバイト先にはない種類のやつだ。
アイスを眺めていると、用を済ませた瑠美もやって来て、一緒にアイスボックスを覗き込んだ。
「それ美味しそうじゃん! 私も買おうかな。さすがに今の時期なら外で食べても寒くないでしょ」
「それいいね!」
二人でアイスを買って、コンビニの隣にある公園にやって来た。
夕方ということもあり、遊んでいた子どもたちの帰るタイミングだったようだ。
親御さんと手を繋いで公園を出ていく姿を見送ると、公園には瑠美と私だけになった。
こうやって公園のベンチで二人で並んでアイスを食べるなんて、高校生以来かも。なんだか懐かしい気持ち。
私が購入したのはクレープアイスのモモ味、瑠美は期間限定のモンブラン味。
期間限定に弱いところも、昔から変わってないみたいだ。
「いただきまーす! ん、これおいしいー!」
一口食べた瑠美が、笑顔で足をばたばたと揺らす。その姿を見て、自然と私の口元も緩んだ。
結局、瑠美には私の事情を話すことができなかった。
それでも、今日一日一緒に過ごしたことでわかったことがある。私にとって瑠美は瑠美だということ。
世界が違うとか別人だとか私が勝手に線引きしているだけで、瑠美にとっては今までの『私』と何も変わらないのだ。
あまり深く考えずに、私が今まで通り接していればいいかと思えていた。
……だけど、いつかは話せるといいな。
「未来も早く食べないと溶けるよ」
じっと見つめていると、私と目が合った瑠美はきょとんとしてアイスを食べるように促してくる。
それに、私はふわりと笑顔を返した。
「……うん。いただきま――」
――ザザッ
アイスを口につける直前。
私の鞄にぶら下げたラジオから、音声が流れはじめた。




