14.理由
その場に沈黙が流れた。
私は説明を促すように二人の顔を交互に見つめる。
小鳥遊さんは気まずげな顔で、按田さんは肩を落とし視線をそらす。
……どちらも話す気はないらしい。
「どういうことですか」
口を開く様子のない二人に痺れを切らして問いかける。
と、私と目が合って何度目かで、按田さんはわざとらしくため息をついた。
「蓮、ここまで話したんやからええやん。もう終わるやろうし」
そう言った按田さんに小鳥遊さんが呆れたような視線を向ける。
「……話したこと、バレたら知りませんよ」
私と按田さんに見つめられた小鳥遊さんは軽く息を吐くと、背を向けてどこかへ歩き出す。
「大丈夫やって〜」
按田さんはのんびりとした口調でそう言うと、内緒話をするように口元に手を当てた。
「あ〜、実はな……」
「……監視、ですか?」
どうやら按田さんの話によると、私は監視されていたらしい。
今回、魔物が発生してから僅か数分で私は襲われた。にもかかわらず、二人の助けが早かったのもそのためだそう。
監視と言っても、ある程度距離をおいていたそうだが。
……全然気づかなかった。いつから……? というか、どこから!?
思わず顔が引き攣る私に、按田さんが苦笑した。
「ごめんなぁ」
「……やっぱり私、自分から魔物を探しまわってるって疑われてたんですね」
ぽつりと呟くと、按田さんは私の顔の前にぴっと人差し指を立てた。
「……まあ、今回で違うってわかったから大丈夫や! それから、今話したことは絶対に言うたらあかんよ!」
「はい……」
私は素直にこくりと頷く。
魔物討伐隊に監視されていたなんてこと、私だって人に知られなくない。
私が按田さんに秘密を漏らさないと約束を交わしている間、小鳥遊さんはトランシーバーで誰かと話していた。
「そいえば未来ちゃん、燈さんとこでラジオ買ってくれてんな」
按田さんに視線を戻すと、エコバッグの持ち手にぶら下げたラジオを見ていた。
燈さんって、燈ノ万屋のことか。
「はい。すごくすてきなお店で、教えてくださってありがとうございます」
お店を教えてくれたお礼をまだ伝えてなかったことを思い出して、軽く頭を下げる。
「ええよー! ちょっとだけそれ、見ていい?」
「いいですよ」
ラジオのストラップを外し、差し出された手のひらに置く。
按田さんはラジオを受け取ると、手のひらの上でくるりと裏側にむける。ハンドルをぐるぐるまわしたり、ボタンを押してみたり……別に普通のラジオなんだけどな。
「これ……、けっこうええやつ買ったやん」
「はい。可愛くて気に入ってます!」
按田さんが目を細めラジオ全体を観察していると、話し終えた小鳥遊さんがこちらに近づいてきた。
「按田さん。管理の第二班があと五分くらいで到着するそうです」
「そうかあ。未来ちゃん、またいろいろ聞かれると思うけど安心しとき。こっちでもフォローするから!」
按田さんはラジオを私に返すと、安心させるようににこっと笑顔で親指を立てた。
―――――
「……また貴方ですか」
丸い瓶底眼鏡をつまみ、かちゃりと掛け直しながらそう言ったのは、事情聴取担当の水無瀬さんだった。
眉上のぱっつん前髪をゆらし、今にも鼻を鳴らしそうな目の前の人にこちらこそ言いたい。またあなたかと!!
実はこの人、私がコンビニ勤務中にビシャと遭遇した時から事情聴取を担当してくれている人だった。
それ以降も魔物と遭遇するたびに何度か対応してもらっていたのだが、ここ最近は疑いからか最初の丁寧さは欠片も見えなくなっていた。
この人に事情聴取されると、気分はまるで誘導尋問を受ける犯罪者のよう……それはさすがに言い過ぎか。
今回も魔物を探していたんじゃないかと、しかめられた眉から怪しまれているのを感じる。
私が気まずげに視線をさまよわせていると、水無瀬さんの肩に手が置かれた。
「まあまあ、水無瀬ちゃん。来るまでに一応報告は聞いたやろ? あんまり詰めたら可哀想やで」
「水無瀬です。まだ何も言ってませんよ」
按田さんの言葉に嫌そうな顔を隠さず、ふんっと肩に置かれた手を払う。
そのままズレてもいないメガネをつまみ、またかちゃりと整えた。
「仕方ありませんね。ではまず、貴方の外出理由から目的地、魔物と遭遇するまでの経緯、家を出てからのルートやその選択理由に至るまで全てお話しください」
一気にそう言い切った水無瀬さんの手には、いつのまにかメモ帳とペンを構えられている。
その様子に、按田さんは私を見て呆れたように肩をすくめた。
嘘をつく理由もないので、正直に答えた。
散歩に出てから魔物に襲われ、危ないところで小鳥遊さんたちに助けられるまでのことを、私も一気に言い切った。
水無瀬さんは私の話を聞き、眉間に皺を寄せながらペンを動かす。
「警報が出てすぐ引き返したとのことですが、それにしてはあまり魔物と距離が離れていませんね?」
…元々距離が近かったし、魔物の移動速度が早すぎたんだよ。というか魔物の行動なんて予想できないし。
水無瀬さんの質問にむっと眉をよせる。
「なぜ――」
「はい、ストーップ! もう十分やし、水無瀬ちゃんには俺らの報告の詳細も聞いてもらわな。またなあ、未来ちゃん!」
「ちょっ、もう聞きました――! まだっ――!」
水無瀬さんの続く質問を、按田さんが強引に止める。
そのまま水無瀬さんの首に腕を回すと、彼を引っぱってどこかへ連れて行く。
「またね〜、未来ちゃん! 気をつけて〜!」
笑顔で手をふる按田さんに感謝の気持ちを込めてぺこりと頭を下げた。
ちょっとあの人、苦手なんだよね。なんでも疑ってくるし…最初はあんな感じではなかったから、実際に疑われてたんだろうけど。
私だって、魔物と遭遇したくてしてるわけじゃないのに。
……それにしても私、監視されてたのか。
いつから監視されていたのか、どうやって見張っていたのかも聞いてみたが、さすがに教えてくれなかった。
「企業秘密! 知りたかったら未来ちゃんも魔物討伐隊においで〜。歓迎するで!」と、笑顔の按田さんに言われたことを思い出す。
二人が離れてすぐ、小鳥遊さんが救急箱を持ってきてくれた。
そのまま近くのベンチへ誘導される。
「遅くなってすみません。……大丈夫でしたか?」
ちらりと向けられた視線の先には、水無瀬さんと按田さんの姿があった。
「はい。按田さんが間に入ってくれました」
「そうですか、よかったです。……ちょっと染みるかもしれません」
話しながら、目の前にしゃがみ込んだ小鳥遊さんは真剣な顔で、消毒液を浸したコットンで傷口を軽く拭き取ってくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
絆創膏を貼り終え、救急箱を整理している小鳥遊さんにぽつりと呟く。
「私がこんなに魔物と遭遇しているのって、何か理由があるんですか?」
「……魔物が人を襲う理由はいくつかあります。ただ、俺もあんまり詳しくはないんです」
「それは、どういう理由で……」
詳しく聞こうとする私の言葉を遮るように、小鳥遊さんか立ち上がる。
「そろそろ行かないといけないので。……防犯霧、燈ノ万屋で補充してもらうといいですよ」
小鳥遊さんはそう言い、ぺこりと頭を下げると去って行った。




