13.三ヶ月経って
――ビー、ビー、ビー……、ビー、ビー、ビー……
遠くで鳴り続けているブザー音。
――ザザッ
エコバッグの持ち手にぶら下げていたラジオから、再び音声が流れはじめる。
〝繰り返します。午前十時四十二分に〇〇県××市〇〇区××町で発生した『野槌』は、現在南方向へ移動しています。一部地域に魔物警報が発令されています。警報区域内にいる皆様は、不要不急の外出は控え、自宅内で待機してください。また、外出中の方は速やかに建物内へ避難してください。警報区域は〇〇県××市〇〇区――〟
数分前から何度も繰り返される警報。
必死で足を動かしながらラジオから流れる音声に耳を傾け、まだ討伐完了の知らせはないことを確認する。
……ひさびさの連休で、珍しく早起きしたから散歩してただけなのに。散歩ついでに近くの駄菓子屋さんに向かおうとしただけなのに。こんなことならのんびり二度寝しとけばよかった!
心の中で後悔を叫びながらも走り続ける。
しかし、普段からの運動不足のせいか、数分間走り続けたところで息苦しさに足が止まった。
胸に手を当て少しでも早く息を整えることに集中する。
「はぁっ、はぁ、……っあれ?」
膝に手をつき息を整えていると、足元を通り過ぎる大きな影。
――ドゴンッ
影が落ちた場所の、コンクリートの地面がひび割れた。
「!?」
コンクリートの破片がパラパラと足元に転がってくる。
おそるおそる視線をあげると、そこには芋虫とミミズを合わせたような、大型犬よりさらに一回り大きい魔物がいた。
焦茶色の湿り気のあるずんぐりとした体。目はなく開いた大きな口から覗くギザギザの歯。その隙間からはぼたぼたと大量の涎が落ち地面を濡らしていた。
警報時の魔物の発生場所は、たしかに私がいた場所から近かった。それでも、一キロくらいの距離はあった。
走って家に引き返せば、今回は遭遇しないだろうと思っていた。
ゆっくり、深呼吸を一つ。
今すぐ走り出したくなる足に力を入れ、魔物から目を離さずにそっとポケットに手を突っ込む。
ここしばらくお世話になってるおかげか、これを握ることで少し落ち着いた。
魔物がミミズのようなぶよぶよの体をうねらせ、こちらに向かって動き出す。
――っ今だ!!
親指に力を入れ、カチッと音が鳴ると同時にそれ魔物へ放り投げた。
ぷしゅー、と煙の広がる音に私は来た道へ走り出し――盛大に転んだ。
ちょうど足元に転がっていたコンクリートの破片を踏んでしまったようだ。
両手を前に伸ばして勢いよく地面へと倒れ込む。
「いたた……」
慌てて体を起こし振り返る。
そこで気づいた。
先ほど投げた防犯霧から噴射されたはずの煙が、周囲に全く広がっていない。
魔物の体がぶよぶよと蠢く。
じっと魔物を見つめたまま、こくりと唾を呑み込む。
目の前の魔物が、足のない体でどうやったのか飛び跳ねて――
……あ。死んだ。
開いた口の中に並ぶ鋭い牙を、ただ眺めることしかできなかった。
――パン、と魔物の頭に何かが貫通した。
魔物が真横に吹っ飛ぶ。
そのままガードレールにぶつかり、続けて二発。魔物の頭に穴が開く。
地面に転がった魔物の頭がぶくぶくと沸騰したように膨らんで、破裂した。
「大丈夫ですか?」
尻もちをついたまま茫然としていた私の前に、差し出された手と聞き覚えのある声。
それから、
「蓮! 一人で先に行くなって何回言うたら――あ、未来ちゃん!」
助けてくれた小鳥遊さんの後から現れたのは、按田さんだった。
二人の登場に驚きながらも、とりあえず差し出された手を取り立ち上がる。
「未来ちゃん大丈夫か? また襲われたんか。…てか蓮、先行くな言うたやろ」
「按田さんを待ってたら間に合わなかったので」
「おーまーえーなーっ!」
言い合う二人の姿に既視感を覚える。
…そういえば、初めて助けられた時もこんな感じだったっけ。
「それより流田さん、怪我はありませんか?」
「はい。助けてくださってありがとうございます」
「いえ、……間に合ってよかったです」
小鳥遊さんにお礼を伝えていると、背後で「あ!」と声が聞こえた。
振り向くと、しゃがみ込んだ按田さんが防犯霧を掴み、耳元で振っている。
「……これ、カラやな」
「せっかくもらったのに、無くなっちゃったみたいです……」
「いいよいいよ、危ない時に使うためのもんやし」
実は魔物に投げた防犯霧は、よく魔物と遭遇する私に按田さんがくれたものだ。
ボタンを押すと霧が噴射され、霧の効果で魔物の動きが鈍るので、その間に逃げるための対魔物用防犯道具だ。
それにしても、前回と同じように使ったはずなのに霧が出ないと思ったら、やっぱり中身が切れていたらしい。
立ち上がった按田さんは中身を補充すればまだ使える、と防犯霧を私に返してくれた。
……中身ってどこで補充するんだろう。また後で聞いとこう。
「それにしても、魔物が発生してから数分で襲われるなんて……」
「おかしいやろ」
呟く小鳥遊さんの言葉に被せるように按田さんがそう言う。
そして魔物の死骸に近づくと、足で軽く蹴りながら続けた。
「未来ちゃんが魔物と遭遇するん、これで何回目や? 最初の鎌鼬いれて八回やで? 三ヶ月で八回って、おかしいやろ!?」
振り向いて声を上げる按田さんに、私の眉が下がる。
――そう。按田さんの言う通り、実は私は魔物と頻繁に遭遇しているのだ。
私がこの世界に来てから三ヶ月。
マフラーやコートも必要がなくなり、日も長くなってきた今日この頃。
魔物の存在する世界にもすっかり慣れてきた。……ただ、一つを除いて。
それは先ほど按田さんが言ったとおり、魔物との遭遇率が異常に高いことだ。
魔物と遭遇するたびに毎回襲われているわけではなく、気づかれずにやり過ごすことの方が多いのだが。
ちなみに町での魔物の発生数は去年と比べると二倍近く増えていて、そのほとんどの通報が私だそう。
「あ、血が出てますよ」
小鳥遊さんが私の膝を指さす。
確認すると、少し擦りむいたようで血が滲んでいた。
走って転んだ時かな。
魔物の傷ではないのだが、小鳥遊さんは「もうすぐ回収班が来ますし、救急箱を持ってきますね」と頷く。
それから、言いづらそうに付け足した。
「……今回も、事情聴取があると思います」
「あー、そうですね」
「事情聴取」と言う言葉に、気が重くなる。
最初は丁寧な対応だった魔物討伐隊の人も、通報五回目をすぎると質問の言葉の節々から、「魔物を探し回っているのでは?」と疑われてる雰囲気が漂いはじめていた。
今回もきっと怪しまれるんだろうなあ。
「最近全国的にも魔物の発生数は増えてますし、気をつけてください」
「……はい。それにしても、どうして私はこんなに魔物と遭遇するんでしょうか……?」
家を出る前には危険がないか、ちゃんと警報を確認しているのに。
ため息混じりにこぼれた言葉に、私と小鳥遊さんが話している間、なにやら考えこんでいた按田さんが口を開いた。
「未来ちゃんって、親戚とかに神職関係者がおったりする?」
「? いえ……」
「そうかあ。ほんならやっぱり……いや、でもなあ……さすがに……」
一人でぶつぶつ呟く按田さんは何かを知っていそうだった。
「魔物との遭遇率に、血筋が関係あるんですか?」
「んーまあ、あるっちゃあるけど、未来ちゃんは違うっぽいなあ」
……?
按田さんは目を細め、顎に手を当てる。
どういうことか気になる私は、その様子をじっと見つめる。
私の視線に気づいた按田さんは目を逸らすと、誤魔化すかのようににこっと笑った。
「なんにしろ、未来ちゃんの疑いはこれではれたやろうから安心しい」
「え?」
「按田さん」
さらに気になる発言に、小鳥遊さんが咎めるように声をかけ、按田さんは肩をすくめた。
……疑いがはれたってどういうこと?




