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落下高度数千メートル。あるいは、嵐の中の自由落下

「あ、あ、ああ大裂溝だぁぁぁ! 本当に床がブチ抜けて真っ逆さまに落ちてるよボスゥゥゥ!」

マヌケが灰色の体を限界まで引き伸ばし、虚空をかきむしりながら絶叫している。

第一層の備蓄庫の床が強酸の濁流で溶け落ちた瞬間、俺たちの世界は一変した。

目の前に広がっていたのは、上下数キロメートルに及ぶ、常軌を逸した暗黒の縦穴――『中間層:垂直大裂溝』。

下からは、鼓膜をぶち破らんばかりの轟音とともに、地底の熱気と冷気が激しくぶつかり合って生まれた狂暴な上昇気流の嵐が吹き荒れている。

重力に従って超高速で自由落下する俺たちと、下から容赦なく突き上げてくる暴風。

視界は激しくブレ、上下の感覚なんてとっくにゴミ箱行きだ。

「うるせえぞマヌケ! 泣き言言ってる暇があったら、その短い手足でしっかり風を掴め! 前世の東京じゃなぁ、高層ビルの巨大なダクトからファンに巻き込まれそうになりながらスカベンジ(泥棒)したドブネズミの先輩もいたんだよ! この程度の自由落下、ただの『ちょっと急な滑り台』だろ!」

「そんな無茶苦茶な――ッ!!」

四肢を大の字に広げ、ジャンガリアンの柔らかい皮膚をムササビのように使って、どうにか落下姿勢を安定させる。

ハムスターの体は、限界まで伸ばせば驚くほど空気抵抗を受け止めることができる。これも前世の厨房じゃ知り得なかった、この肉体の秘められたスペック(ハッキング領域)だ。

「ギルバート! ラプトル! 離れるなよ!」

「応ッ! だが覇王ボス、この風圧では自慢の盾もただの重りだ! 足場がなければ身動きが取れん!」

ミニ・ラプトルの背中に必死にしがみついたギルバートが、風に結晶の針をなびかせながら悔しげに叫ぶ。幼体とはいえ恐竜であるラプトルも、流石にこの空中環境にはパニックを起こしかけていた。

「足場がねえなら、今あるもんをハックして即席で作るまでだ!」

俺は空中を泳ぐようにしてマヌケの隣へ滑り込み、あいつのパンパンに膨らんだ頬袋をバシバシと叩いた。

「マヌケ! さっき第一層で強奪した『黄金の蜜』を、俺の指示するタイミングで、下の上昇気流に向けて思いっきり吐き出せ!」

「ええっ!? せっかく命がけで泥棒したごちそうなのに!?」

「アホ言え、生き残らなきゃ食うこともできねえだろ! ──今だ、前方の気流の渦に向かってブチまけろ!」

「う、うわぁぁん! ぺっ、ぺっ、ぺーーーっ!!」

マヌケが涙目で頬袋から黄金の蜜を大量に吐き出す。

高粘度の蜜の塊は、下から突き上げてくる激しい上昇気流の粒子と激突し、一瞬にしてそのエリアの『空気の密度』をハチミツのようなどろりとした重さへと激変させた。

前世の厨房で、換気扇のフィルターに油が詰まって風の流れがガラリと変わる瞬間を、俺は何度も見てきた。空気の流れ(インフラ)なんて、流体の密度を少し変えてやりゃ簡単にバグるんだよ。

ドロドロになった空気のクッションが、猛烈な逆風を受け止めて一瞬だけ「目に見えない足場」を形成する。

「トカゲ! そのネバつく空気を全力で蹴れ!」

俺の脳内シグナルを受け取ったミニ・ラプトルが、虚空を爆発的な脚力でキックした。

ガツンッ! と空中にあるはずのない手応え(足応え)が生じ、俺たちの落下軌道がグワリと変化する。狂暴な上昇気流をハックし、力技で空中での推進力を手に入れた瞬間だった。

「すごい……! 空中で方向転換した……!」

マヌケが目を丸くする。

「へっ、物理の法則さえ分かってりゃ、空の上だろうがどこだろうが俺たちのナワバリに変えられるんだよ」

だが、一息つく間もなく、大裂溝のさらに深い暗黒から、キチキチキチッ……と不気味な羽音が無数に湧き上がってきた。

上昇気流に身を任せて自在に滑空する、カミソリのような羽を持った『飛行虫』の巨大な群れだ。

そいつらが、無防備に落下してくる俺たちを「空から降ってきた美味そうな肉塊エサ」と認識し、一斉に牙を剥いて急接近してくる。

「ちっ、大裂溝の雑魚どもがお出ましだな。ギルバート、お前の出番だ! 落ちながら戦うぞ!」

重力加速度を味方に付けた、俺たちの命がけの空中ゲリラ戦が、ここから本格的に幕を開ける。

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