要塞都市のバグ。あるいは、酸の洪水と最強の戦車
「ボ、ボス! ギルバート将軍を倒した(ハックした)のはいいけど、なんか壁の様子がおかしいよ!」
マヌケが短い手足をバタつかせ、泥の壁を指さして悲鳴を上げる。
ゴゴゴゴゴ……ピキ、ピキキキッ!
第一層の要衝を守っていた『鉄棘のギルバート』が俺に屈服した瞬間、泥の回廊のあちこちから、不気味な機械音のような地鳴りが響き渡った。
頭上を埋め尽くす『迷宮植物の根』が、まるで苦悶するように激しくのたうち回り、その表面からドクドクと紫色の液体が染み出し始める。
「チッ、門番が破られたトリガーで、要塞全体の防衛システム(トラップ)が作動しやがったな」
この第一層は、完璧な規律で統治された『巨蟻の要塞』だ。
侵入者を感知すれば、エリアごと一網打尽にするための最悪のインフラが仕込まれていて当然だった。植物の根から溢れ出してきたのは、触れたものすべてをドロドロに溶かす、超高濃度の【強酸の濁流】だ。
通路の奥から、シュウシュウと泥を溶かす音を立てながら、紫色の酸の津波が猛烈な勢いで迫ってくる。
「ひ、ひえええ! 逃げ場がないよ! 前も後ろも酸の海だ!」
「慌てるなマヌケ。前世の東京の地下道じゃなぁ、大雨のたびに鉄砲水と下水が押し寄せてきたんだよ。そんなもん、ただの『ちょっと激しいシャワー』だろ」
俺はフッと鼻で笑い、まだお腹を上にしてへたり込んでいるギルバートを見下ろした。
「おい、ギルバート。お前の結晶の盾、熱には弱かったが、──酸には強いんだろ?」
「む……? 我が結晶の針は、あらゆる腐食に耐える不活性の鉱物成分。酸ごときで溶けはせんが……この濁流を前にどうする気だ?」
「決まってんだろ。お前のその最強の盾、俺たちの『装甲』としてハッキングさせてもらうぜ」
俺は即座に、手なずけたミニ・ラプトルの首筋の神経を噛み、調教シグナルを送信。ラプトルをギルバートの巨体の真下へと潜り込ませ、その頑丈な背中でギルバートを「逆さおんぶ」の状態で担ぎ上げさせた。
つまり、ラプトルの背の上に、ギルバートの『超硬度の結晶のトゲトゲ』が全面に張り出した、即席のトゲトゲ装甲車(戦車)の完成だ。
「マヌケ、野郎ども! 全員ギルバートの結晶の隙間に潜り込め! 蟻どもが作ったこの頑丈な迷宮の壁を、内側からブチ壊して脱出するぞ!」
「了解した、覇王! 我が針の結合、今度は外側へ向けて最大硬度でロックする!」
ギルバートの叫びと同時に、迫り来る酸の濁流が俺たちを完全に飲み込んだ。
ビシャァァァァァッッ!!!
強酸の飛沫が四方に飛び散るが、ギルバートの結晶の盾が完璧な防壁となり、内側にいる俺たちもふもふ軍勢には一滴の酸も届かない。それどころか、俺が以前に施した【腸内環境ハック】によって、群れのハムスターたちの毛皮自体も耐酸性を帯び始めている。
「よし、トカゲ! 脚力を全開にしろ! 蟻どものフェロモン(通信配線)が一番集中してる、あの壁の『継ぎ目』に向かって突撃だ!」
キシャァァァァッッ!!
俺の脳内指令を受けたミニ・ラプトルが、強酸の濁流を蹴散らしながら猛然とダッシュする。
目指すは、通路の行き止まりにある、蟻の要塞のメインインフラが通るもっとも脆い泥の隔壁。
「いけぇぇぇぇぇッ!!」
ドゴォォォォォォンッッッ!!!
ギルバートの超硬度結晶の針が、大質量の突撃となって隔壁に激突。ダイヤモンド並みの牙と盾の威力により、蟻たちが何年もかけて固めてきた頑丈な要塞の壁が、ガラス細工のように粉々に爆砕された。
壁の向こうに広がっていたのは、酸の届かない、広大な別のエリア――。
だが、そこはただの安全地帯ではなかった。
「……おいおい、スカベンジ(泥棒)のし甲斐がありすぎる場所に出ちまったな」
俺の目に飛び込んできたのは、部屋を埋め尽くすほどの大量の、ギラギラと黄金色に輝く【高濃度蜜】の貯蔵庫。そして、その蜜を守るようにして、鎌のような大顎をカチカチと鳴らす、巨蟻の親衛隊たちの超大群だった。
「キチ、キチキチキチキチッ――!!」
侵入者を阻む酸の罠をブチ破って現れた俺たちもふもふ覇王軍を、数千匹の蟻の眼がぎらりと睨みつける。
「ボス……ここ、蟻たちの『最重要の備蓄庫』だよ……!」
マヌケが息を呑む。
「へっ、上等じゃねえか。泥水をすすって生き延びるフェーズは終わりだ。野郎ども、あの美味そうな蜜を根こそぎ強奪して、この一層を完全に終わらせるぞ!」




