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【間話】前世・東京地下道バックヤード。あるいは、人間サマのインフラとの戦争

垂直大裂溝の風をハックし、新たな翼(飛膜)を手に入れた俺たちの軍勢は、第二層『神代の冥府』へのランディングに向けて滑空を続けている。

そのわずかな滞空の時間、俺の意識はふと、前世――東京の地下深くで繰り広げていた、人間サマの「駆除システム」との命がけの戦争の記憶へと向いていた。

人間サマは、俺たちドブネズミのことを、ただ本能だけで動く知性のない害獣だと思い込んでいた。

だからこそ、彼らは「最新科学」とやらを過信し、綺麗に整備されたインフラ(ビルや地下道)のルールに従って、上から目線で俺たちを殺しにやってくる。

だが、本当に世界を支配しているのは、ルールを作った人間サマじゃねえ。

ルールの隙間バグを突いてインフラを乗っ取る、俺たちサバイバーの方だ。

前世の俺のナワバリは、新宿にある築四十年の巨大な雑居ビル、その地下二階のメイン配管室だった。

ある日、ビルのオーナーが変わり、そいつが巷で有名だった「最新鋭のガチな害獣駆除業者」を雇いやがった。

そいつらが持ち込んできた兵器は、それまでの粘着シートや古典的な毒餌とは格が違っていた。

ビルの全フロアの配管の隙間に張り巡らされたのは、ネズミが嫌悪する特定の周波数をランダムに放ち続ける【新型超音波発生器】。

さらには、ネズミの警戒心を解くために、何日もかけて普通の餌を食わせた後に一斉に新型の毒素へと切り替える【段階式バイオ毒餌】。

完璧な、ネズミ抹殺のインフラシステムだった。

設置された初日、俺の群れの若い奴らは超音波の精神攻撃で狂い、次々と狂暴化して自滅していった。さらに、安全だと信じ込まされていた餌が突然猛毒に変わり、ナワバリの半分が文字通り壊滅した。

人間サマのシステムが、俺たちの生態系を完璧に上からハックしにきたんだ。

「……へっ、上等じゃねえか。綺麗に整えられたインフラほど、一箇所に『致命的なノイズ』を流し込まれた時の脆さは異常だってことを、教えてやるよ」

俺は死にゆく仲間の胃袋をダイヤの牙(当時はただのネズミの歯だったが)で切り裂き、その毒素の成分を自分の腸内ですり潰して計算した。そして、この新型毒餌のベースが「特定の甘い香料」であることを突き止めた。

まず俺がやったのは、その毒餌を回収し、ビルのメイン厨房にある『人間サマが使う最高級の食材の保管庫』の通気口へ根こそぎ運び込むことだった。

人間サマが作った完璧な毒を、人間サマの食い物に混ぜて、彼ら自身の衛生管理システム(インフラ)を内部からバグらせてやったんだ。翌日、厨房は大パニックになり、業者のシステムは初手から大混乱に陥った。

だが、本番はここからだ。

俺の狙いは、諸悪の根源である【超音波発生器】のネットワークだった。

あの機械は、ビルのメイン配電盤から電力を得て、すべての端末が有線で繋がっている。

だったら、大元の『配電インフラ』を物理的にショートさせてやりゃあ、すべてのシステムが一瞬でゴミクズに変わる。

俺はビルの骨組みの隙間を這い回り、配電盤の心臓部へと繋がる、最も太い高圧ケーブルの前に辿り着いた。

まともに噛みちぎれば、数万ボルトの電流で俺自身の肉体が消し飛ぶ。

だが、ネズミのサバイバルを舐めるなよ。

俺は厨房から盗み出してきた『大量の塩水』と『濡れた雑巾』、そして捕獲した大きなゴキブリどもをケーブルの端子に強引に詰め込み、即席のリーク(漏電)回路を構築した。

仕上げに、自分の前歯で被覆の最も脆い「バグの1ミリ」を正確に噛み破り、一気に塩水を流し込んだ。

バチィィィィィィッッッ!!!

凄まじい火花と爆音が地下室に響き渡る。

メイン配電盤が完全にショートし、ビル全体が瞬時に大停電ブラックアウトを起こした。

それと同時に、俺たちを苦しめていた超音波のネットワークは完全に沈黙。人間サマの最新鋭のセキュリティは、ただの「ただのプラスチックの箱」へと成り下がった。

暗黒に包まれ、電子ロックがすべて解除されたビルの中で、俺は生き残った僅かな仲間を率いて、人間サマの備蓄倉庫の最高級肉を文字通り根こそぎ『スカベンジ(強奪)』してやった。

「システムが完璧であればあるほど、一度床をブチ抜かれりゃあ、ただの巨大な罠に変わるんだよ」

それが、俺が前世のドブ底で学び、生き延びてきた絶対の真理だ。

──回想はここまでだ。

ハヤテの翼に導かれ、俺たちの視界の先、垂直大裂溝の底に「燐光」が見え始めてきた。

大裂溝の冷気と熱気が混ざり合い、異常な生態系を形作っている第二層の心臓部。

そこには、この広大な世界のインフラを牛耳る、次なる強敵が待ち構えている。

「どんなに頑丈な要塞を作っていようが関係ねえ。お前らのナワバリ、内側から全部齧り取ってやるよ」

俺はダイヤの牙をぎらつかせ、新しい飛膜を強く引いて、『神代の冥府』へと弾丸のように突入した。

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