風の頭領。あるいは、見えない糸のハッキング
「キィィィィィッ――!!」
大裂溝の底から響き渡ったのは、鼓膜を直接針で刺すような、指向性の鋭い超音波だった。
どろりと重くなった空気の壁を強引に切り裂き、一条の閃光のごとき速度で急上昇してきたのは、通常のロボロフスキーの倍近い体躯を持つ巨躯――この垂直大裂溝の風を束ねる頭領だった。
その手足に張られた飛膜は、鋼のように鍛え上げられ、周囲の気流を自在に圧縮しては「空気の刃」として放っている。
「愚かな地這いネズミどもめ。我が風のインフラを汚した罪、その命で償え!」
頭領が飛膜をひと振りした瞬間、圧縮された空気の刃が、弾丸のような速度で俺たちへ向かって飛来した。
「ギルバート!」
「応ッ!!」
ミニ・ラプトルの背から跳躍したギルバートが、空中で自らの体を丸め、最大硬度の結晶の盾を展開する。
ガギィィィィンッッッ!!!
火花が散るような激しい金属音が暗黒の縦穴にこだまする。頭領の放った空気の刃は、ギルバートのダイヤの盾によってどうにか弾かれたが、その凄まじい衝撃波で俺たちの落下軌道が大きくブレた。
「速い……! 動きがまるで読めないよ、ボス!」
マヌケが激しい風圧に流されそうになりながら、必死にラプトルの尾にしがみつく。
頭領は俺たちが減速した隙を逃さず、気流の渦を味方につけて、瞬時に俺の死角(真後ろ)へと回り込んでいた。空中では、足場のない俺たちの方が圧倒的にターンが遅い。
「終わりだ、ドブ底の覇王とやら!」
背後から迫る、頭領の鋼の爪。
だが――俺は、振り返りもせずにニィッとダイヤの牙を剥き出した。
「お前ら空軍の三次元機動は確かに見事だ。だがよぉ、前世の東京の厨房じゃなぁ、天井の換気扇のファンをどんなに高速回転させても、一本の『強靭な針金』が噛み込めば、一瞬で爆発して止まるんだよ!」
俺が右前足でグッと引き絞ったのは、さっき第7話で飛行虫を撃ち落とした時に使った、第一層の蟻の要塞の『迷宮植物の根(強靭な繊維の糸)』だ。
実は、ギルバートをパイルドライバーとして射出した際、俺はただ虫を潰しただけじゃねえ。周囲の気流の渦に、この細く、だが絶対に切れない蜘蛛の糸のような植物の繊維を、目に見えない網として「あらかじめ罠のように張り巡らせていた」んだ。
頭領が俺の背後に回り込むために使った、最も効率的な『最短の気流ルート』。
そこには今、俺が仕掛けた「インフラのバグ(糸の網)」が完璧に設置されていた。
ベキキキキキキッッッ!!!
「なっ……我が飛膜が……動かん!?」
頭領が悲鳴を上げる。
超高速で滑空していた頭領の強靭な飛膜に、空中に張られていた植物の糸が何重にも絡みつき、その自由を完全に奪ったのだ。風のハッカーが、自らのスピードによって、俺の仕掛けた有刺鉄線に自ら突っ込んだ瞬間だった。
「風を完全に支配してると思ってただろ? 違うぜ、旦那。お前は、俺がハックした気流のレールの上を、ただ気持ちよく走らされてただけだ!」
俺は糸を手繰り寄せ、一気に距離を詰めて頭領の目の前へと肉薄する。
「ひぃっ……!」
頭領の小さな眼に、ギラギラと輝く俺の『ダイヤの牙』が映り込む。
「死にたくなきゃ、その飛膜の動かし方と、この大裂溝の気流のマップ、全部俺たちの軍勢に共有してもらうぜ?」
ガチリ、と頭領の喉元にダイヤの牙を突き立てる。
勝負ありだ。垂直大裂溝の絶対的な空軍が、ドブ底のハッキングによって完全に沈黙した。




