Ep.4 断罪エンドはご免です
お茶会から帰って来ると、私は本当に熱を出して二日寝込んでしまった。
公爵家の主治医によると「知恵熱でしょう」とのことだったから、思い出した記憶の内容にショックを受けた影響だと思う。
主に看病をしてくれたのはアンだったけれど、お父様もお母様も何度も様子を確認しに来てくれたし、お兄様に至っては暇さえあれば顔を出していた気がする。
熱で朦朧としていたから、あまりはっきりとは覚えていないけれど……。
そして完全復活した私はベッドの上で、行儀は悪いと知りつつ胡坐をかいて、妹が語っていたあのコミックの内容を必死に思い出していた。
乙女ゲームではないものの、あのコミックでも王子の他にヒロインに恋をする者が、あと三人くらいいたはず。
そして小説版では、攻略した各対象エンドも公開されていると言っていた。
……もちろん、詳しくは覚えていない。
ただ攻略対象は、『王子』『騎士団長子息』『宰相子息』『教皇子息』だったと思う。
ヒロインは子爵家の庶子で平民として育ったけれど、光属性魔法が発現し、教会に『聖女』として認定されたことをきっかけに実父に引き取られるのだ。
各攻略対象ごとに『悪役令嬢』が存在し、私は王子ルートの『悪役令嬢』……というわけだ。
確か王子とヒロインの距離が近くなり、王太子妃の座を奪われることに危機感を抱いた私は、ヒロインの子爵家に圧力をかけたり、事故を装い殺害しようとした。
そしてその結果、私は断罪され、処刑&お家取り潰しとなる。
……よく聞く乙女ゲーム・小説設定のオンパレードではないでしょうか?
やはり……としか言えないけれど、私は悪役令嬢で、更に断罪されたら処刑&お家取り潰しエンドなんですね。
いや、本当に悪役令嬢への当たり、強くないですか?!
そりゃあ、事故を装っての殺害は良くないけれど……他人の婚約者、しかも王族に近付いておいて、貴族としての教育を怠った家に圧力をかけられても仕方がなくない?
だって、身分社会ってそういうものですよね?!
前世だって平社員が社長に逆らったら首にされても不思議じゃないのに、序列が更に厳しい貴族社会なら当然じゃないの?!
……というか、攻略対象たちも婚約者を放置して異性との距離感を間違えていたら、家の教育を疑われるし、正当な理由で責められても文句は言えないよね?
ヒロインにとことん甘いのが乙女ゲームや小説の定石だけれど、現実問題、そんな理不尽に断罪されていたら割に合わないでしょ……。
うんうんと唸りながら妹が語っていたイベントとやらを思い出そうとしたけれど、適当に聞き流していたせいで、そっちは一切思い出せない。
とりあえず、私が出来ることと言えば⸺⸺
①婚約回避
②ヒロイン回避
……このくらいじゃないかな?
婚約回避をすれば、王子とヒロインの距離が近くなろうと、私が口を出す必要はない。
ついでにヒロイン回避まで出来たら、繋がり自体がなくなるから尚良し!
あるある設定で『強制力』というものが働く場合があるらしいけれど、そんなの神の采配と大差ないし、国外逃亡とか平民落ちとか……現実的じゃないと思う。
逃亡するには資金もいるし、平民落ちなんかしたところで、どこからどう見ても貴族な私が平民に混じったら誘拐されて売り飛ばされてもおかしくないし。
そんな危険な真似、したくないよね。
……とするなら、私に出来ることってなくない?
コンコン、と扉を叩く音が聞こえ、急いでベッドから立ち上がって返事をした。
「失礼いたします……あら?お嬢様、もう起きて平気ですか?」
「うん、もうだいじょうぶ。アン、かんびょうしてくれてありがとう」
先ほどまで胡座をかいて腕を組んでいた姿を見られなくてほっとしつつも、相変わらず働かない表情のままアンにお礼を伝えた。
貴族の中には「使用人に礼を言うなんて」という考えを持つ人がいることは知っているけれど、前世日本人の私にはどうしても無理な話だ。
「体調に問題がないようでしたら、旦那様方とお食事致しましょうか」
私はその言葉にこくりと頷くと、軽く身だしなみを整えて食堂へと向かった。
アンが扉を開け、食堂へ入ると既にお父様たちは席についていて、私が来たことに気付くとにっこりと微笑んでくれた。
「ベティー、もう体調は大丈夫かい?」
「はい、おとうさま。ごしんぱいおかけしました」
ペコリと軽く頭を下げてから、お母様の隣に座る。
目の前のテーブルに食事が運ばれると「じゃあ、頂きましょう」というお母様の声に促され、皆で夕食を食べ始めた。
他の皆のお皿には肉や野菜が乗っているのに、私の前にあるのは消化に良さそうなスープやリゾット……。
完全に病人食では?
しかし、二日寝込んでいたのも事実……文句は言わずに食べます。
デザートも、クリームの乗ったケーキを食べる家族を横目に、りんごのコンポートを大人しく口に運ぶ。
先ほどまでの胃に優しい薄味とは対極的な、もったりとした甘さが口の中に広がった。
……この世界のデザートは甘すぎるか薄すぎるかどちらかで、もう少し繊細な……絶妙な味の物はないものだろうか。
自ら開発するしかないのかもしれないけれど、正直、私が覚えているお菓子のレシピなんてゼリーやホットケーキがいいところだ。
家でシュークリーム作りました!……なあんて、女子力の高いことをやったことがあるわけがない。
なかなか飲み込めないままもぐもぐと口を動かしていると、お父様がお皿の上にフォークを置き、両肘をついて手を組んだ。
そして苦虫を噛み潰したような表情で、私へ視線を向ける。
「……ベティー……実はね、王家から第一王子殿下の婚約者の打診が来たんだ……」
「……え……?」
『第一王子殿下の婚約者』
その言葉を聞いた瞬間、スプーンを落としそうになったけれど、辛うじてそれは死守した。
「まあ!」とお母様は目を見開いているけれど、どこか嬉しそうで。
反対にお兄様は眉間にシワを寄せて、不快感を隠しもしていない。
「そ、それは……じたい……」
「辞退は難しそうだ……私もだいぶゴネたのだが……」
必死に声を絞り出して拒否出来ないか聞こうとしたけれど、娘ラブなお父様が既に実行済みだったようで、ダメだったらしい……。
お父様の台詞を聞いて、お兄様が「チッ……」と舌打ちしたのが聞こえたけれど、聞こえていないフリをした。
「あら、ベティーは王子殿下のことは好きじゃないの?」
小首を傾げて不思議そうな顔で問いかけられたけれど、ブンブン!ともげそうなほど首を振った。
「……おうじでんかのおきさきさまは、とてもたいへんだとおもいます。わたしではつとまりません」
今の私の顔は、さぞ曇っていることだろう。
きっと世の中のご令嬢たちは、あんなキラッキラのイケメン王子から「ぜひ婚約者に」と望まれたら、二つ返事で応えるのが殆どだろうけれど……私は自分の命がかかっている。
わざわざ墓穴を掘る必要はないはずだ。
お茶会でも大した話もしていなかったはずだし、気に入られるような理由も分からない。
それなのに私は、半強制的に王子殿下の婚約者になってしまった。




