Ep.3 思い出しました
挨拶が終わった人たちがだんだんと輪を作り始め、私もお母様とお兄様と別れ、一人になった。
……さて、どうしよう。誰かと話す?この幼児たちと?
中身が大人の私が、果たして高貴にお育ちの幼児と会話になるのか?
……うん。絶対に会話が出来る気がしない。
本来なら、公爵令嬢の私は王族に近い場所に席を用意されているけれど、こっそりと一番遠い席に紛れ込んでみた。
下位貴族であろう子女たちが、突如現れた私をぽかんと見ているが、気にせず近くにいた侍女さんにケーキを取り分けてもらい、無言で食べ始めた。
私を知っているのか、はたまた無言でケーキを頬張る姿にドン引きしているのか……とにかく誰も声をかけてこないことに、内心ガッツポーズをする。
ミルクをたっぷり注いだ紅茶のカップを作法通りに優雅に持ち、口の中に広がる甘さを味わっていると、何やら周囲がざわつき始めた。
何事?と、何気なく隣に目線を向けると……先ほどご挨拶したはずのキラッキラしたクロード殿下が、にこにこと笑みを浮かべながら私の方を見ているではありませんか!!
その瞬間、思わず固まってしまった私は悪くないはずだ……。
「だ、だいいちおうじでんか……なぜ、こちらに……?」
「うん?アッシュローズ公爵令嬢と話してみたくてね。そうしたら、とても美味しそうに食べていたから、つい眺めていたんだ」
……人様が食事をしている姿をガン見してはいけません、というマナーはないのでしょうか?
固まりながらも、咄嗟に『淑女の微笑み』を忘れなかった自分を心の底から褒めてあげたい。
音を立てないよう気を付けて、ティーカップをソーサーの上に戻し、王子殿下へと向き直った。
「……それで、おはなしとはなんでしょうか?」
「そうだなあ……アッシュローズ公爵令嬢は読書が好きだとウィリアムに聞いたんだけど、どんなのを読むのかな?」
……情報漏洩の犯人は兄でした。
っていうか、普段短文でしか喋らない私の言葉は辿々しいのに、クロード王子殿下の滑舌の滑らかさよ……。
「……そうですわね。さいきんは、まほうりろんをよんでます」
「えっ……!もう魔法理論を学んでいるの?」
私の言葉に王子殿下は驚き、目を見開いた。
「はい。まほうにきょうみがあるのです」
……普段こんなに会話をしないから、そろそろ疲れてきた……。
おまけに『淑女スマイル』も保っているから、顔が引きつりそうなんだけど……。
「そうなんだ。アッシュローズ公爵令嬢は⸺⸺」
「殿下!!」
何かを話そうとした瞬間、一人の令嬢が王子殿下の言葉を遮った。
ホットピンクの生地に、これでもか!という程のレースやリボンがついたドレスを身に纏い、燃えるような真っ赤な髪はドリル……とまではいかないけれど、くるっくるに巻かれてツインテールに結ばれている。
バーン!という効果音がついてきそうな登場をした彼女は、その態度から見るに高位貴族なんだろう。
……だとしたら、家で「王族の言葉を遮ってはいけません」と教育されてないのか……?
「クロード殿下。こちらにおりましたのね。こんなところではなく、あちらでわたくしとお話いたしませんか?」
『こんなところ』
恐らく、王族の席から遠いこの場所にいるのは身分が低い者たちだと、そう思っているんだろう。
残念ながら、王族を除けばこのお茶会で最も身分が高いのは私のはずだ。
つまり彼女は私よりも序列が下なのだけれど、そうとも知らず王子殿下との会話に割って入ってきたわけである。
大方、婚約者狙いなんだろうけれど……今の言動で、彼女の印象はだいぶ悪くなっただろうな。
心の中で、ちーんとお鈴が鳴る音と共に静かに手を合わせた。
「……シュバルト公爵令嬢。申し訳ないが、今は彼女と話をしているから、また後で声を掛けさせてもらうよ」
にっこりと王子様スマイルを浮かべ、やんわりと彼女の誘いを断った。
まさか断られるとは思っていなかったのか、シュバルト公爵令嬢とやらは目を見開いた後、私をキッと睨みつけて、逃げるように去って行った。
どこの世界でも、幼くとも……女の敵は女なんだな……。
思わず遠い目をしてしまう。
「話の途中だったのに、ごめんね」
「いいえ。おうじでんかとおはなししたいかたは、たくさんいらっしゃいますので、きになさらないでください」
私の方へ振り返った王子殿下は眉尻を下げ、しょんぼりと肩を落としながら謝罪をした。
全く気にしていないのに謝られるのは恐れ多く、必死に首を振る。
そうは言っても、話の最中に水を差されて会話に戻る空気でもなくなってしまい、王子殿下は「そろそろ他の席に行って来るよ」と言うと、別の席へ移動して行った。
「……はあ」
周囲にバレないように、深い溜め息を吐く。
前世でも、こんな風に不特定多数と関わることなんてなかったし、ましてや他の女子から嫉妬されるようなこともなかった。
だけど、貴族社会では幼い頃から婚約者がいる人も珍しくない。
私も公爵令嬢である以上、家の為に結婚とかしないといけないんだろうなあ……。
前世、喪女だった私にはハードルが高すぎるんだが。
そんなことを考えながら王子殿下の姿を眺めていると……再び、既視感を覚えた。
『お姉ちゃん!これが今の私の推しなんだ!!』
頭の中に、前世の妹の声が響き、私は目を見開いた。
……あれ?王子殿下の容姿……あの時の妹の推しに似てる?
まだ5歳と幼いから気付かなかったけれど、あのまま成長したら……。
そのことに気付いた瞬間、私は弾かれたようにその場を離れた。
庭園から出て、キョロキョロしながら走り回っていると、かなり大きい池を見つけた。
その端に膝をついて、水面に映る自分の顔を確認する。
青みがかった黒い髪、アッシュローズの瞳……。
『推しのクロード様は王子なんだけど、婚約者に特に思い入れがなくて関係性が薄かったところに、ヒロインが現れて恋をするの!』
妹がそう言いながら見せてきたのは、タブレットに映された銀髪の男の人。
……そして、その婚約者と会話しているシーン。
元は小説だったのがコミック化されたと興奮して語るのを「へえ……」と聞いていただけだったけれど。
水面に映る私の顔は間違いなく、あのシーンにいた婚約者……。
「……わたし……あくやくれいじょう……?」
全身から血の気が引いていき、気が遠くなりそうになりながら、私はペタンと完全に座り込んだ。
「ベティー!!」
大きな声で名前を呼ばれ、声のした方へ視線を向けると、お兄様が焦った顔で駆け寄ってくるところだった。
「ここにいたんだね!?良かった……会場からいなくなったから、あちこち探したんだよ?気分が悪いの?何か、顔色が悪いよ?」
お兄様が目を据わらせ、勢い良く捲し立てながら、私の肩をがっしり掴んでいる。
「……ごめんなさい。なんか、きぶんがわるくなって……」
まだ気持ちを立て直せず、俯きながら謝った。
その後は、お兄様がお母様に「ベティーが気分が優れないみたいなんです」と主張し、早めにお茶会から辞すことになった。




