Ep.2 初めての外出
記憶が蘇ったけれど、それまでのベアトリスの記憶と融合されていた為、礼儀作法や普段の生活に不都合はなかった。
しかし!前世、高級レストランではカトラリーは外側から使う、という程度しか知らない一般庶民だった私が、貴族教育……しかも、高位貴族として学ぶなど、不安でしかない……。
……と、思っていた時期が、私にもありました。
ベアトリスは元が優秀だったのか、はたまた転生チートなのか、淑女教育も一般的な教養も、スポンジが水を吸い込んでいくかのように難なく頭に入っていく。
……まあ、カーテシーは足の筋力とかが必要だから、慣れるまでそれなりに時間がかかったけれど。
おかげさまで勉強はどんどん進んでいき、お父様もお兄様も「ベティは天才だ!!」と、溺愛に拍車が掛かった。
基本的な礼儀作法が身についたであろう、という頃。
何と、王家からお茶会の招待状が届いた。
お母様いわく、どうやら同い年の第一王子の『ご友人』を見繕うらしい。
……まあ、『ご友人』という名の『婚約者』や『側近』候補探しみたいだけれど。
はっきり言って、面倒くさい。
そんなのに参加するくらいなら、部屋で読書していたい。
けれど、しがない一貴族に逆らう選択肢はないのだ。
渋々、新しく作って貰ったドレスを身に纏い、されるがままに侍女たちに着飾られる。
青みがかった黒い髪に映えるように、淡い水色の生地に白いレースが重なった、まあ、幼児らしいドレスです。
小ぶりのネックレスを付けて、サラサラの髪をツインテールにしたら完成だ。
鏡に映る自分は確かに可愛らしいが、中身は二十代半ばの大人である。
こんな甘々な格好をさせられるとは……出かける前からテンション駄々下がりだ。
お母様とお兄様と共に馬車に乗り込み、ガタガタと揺れながら王城へ向かった。
初めての外出だったけれど、馬車の揺れが酷すぎる!!
道の問題か?と思い、こっそりと地面を確認すると、レンガのような道が続いているうえに、多分馬車のスプリングのせいだと分かった。
社交期間が終われば、我が家も領地へ移動するだろう。
調べたところ、アッシュローズ家の領地は王都から三日はかかるようだった。
……その間、こんな馬車で移動するとか……絶対、お尻も体も痛くなるに決まっている。
もう少し工夫したサスペンションがあれば、だいぶ変わるだろうけれど、一般ピーポーな私がそんな専門的なこと知るはずもない。
……その内、専門家にイメージだけ伝えて考えて貰おう。
他人任せだけれど、公爵令嬢なのだからそれくらい許されるだろう。
「ベティ、どうしたの?緊張してるのかな?」
普段から無口だけれど、眉間にシワを寄せて考え込んでいたことで、お兄様が心配そうに声をかけてきた。
私は首を振って否定しようと思ったけれど、「待てよ?」とすぐに思い直す。
「……しらないひと、こわい」
「そっか。大丈夫だよ。お兄様が、ずっと傍にいるからね」
……ふふふ。成功だ。
貴族令嬢、特に幼児は普段屋敷から出ることはない。
よって、私も家庭教師以外の他人に会うのは初めてなのだ。
シスコンのお兄様なら、私がこう言えば金魚の糞のように、私の傍から離れることはないだろう。
万が一、王子が寄ってきても、お兄様に対応を任せてしまえばいいのだ。
「あら、ウィリアムも他家の子たちと交流しなくてはならないのよ?ベティも勇気を出して、お友だちを作ってごらんなさい」
……チッ。さすがに公爵家嫡男が交流を疎かには出来ないか……。
けれど、それは私も同じである。
普段は無表情のまま短い言葉しか発しない私だけれど、さすがに家庭教師から指導されて、淑女らしい微笑みは作れるようにはなっていた。
……あくまでも微笑みだけである。
憂鬱な気持ちを抱え、到着した王城は、まさにヨーロッパにありそうな城だった。
さすがにベルサイユ宮殿、とまではいかないけれど、石造りでそれなりに重厚感を感じさせられた。
それを見た瞬間、急に緊張してしまい体が強張る。
そんな私の様子に気付いたお母様が、「大丈夫よ」と、一瞬で冷たくなった私の手を優しく握り、会場まで繋いだままでいてくれた。
幼女なのだから、前世では手を繋いでもおかしくないけれど、貴族の世界では社交の際に親と手を繋ぐのは眉を顰められる行為なのだ。
貴族として最高位の公爵夫人と令嬢が手を繋いで歩くなど、本来なら教育不足とお母様の名誉に傷が付くことなのに、堂々と微笑む姿に胸の奥が温かくなった。
会場である庭園の中に入ると、いくつかのテーブルが設置されていて、その上には白いリネンがシワ一つなく広げられ、三段のティースタンドにはお菓子やサンドイッチなどが盛り付けられている。
色とりどりのドレスを身に纏う令嬢たちや、質の良さそうな生地で作られたジャケットや半ズボン姿の令息たちが、まだ招待状にある時間よりも早めにも関わらず、既に集まっていた。
私も家庭教師と共に鏡を見ながら死ぬほど練習した、淑女らしい微笑みを作り、その場に足を踏み入れる。
「ウィリアム、ベアトリス。殿下方にご挨拶に参りますよ」
「「はい、お母様」」
お兄様と共に返事をすると、真っ直ぐ王妃殿下と第一王子殿下の元へ向かう羽目になった。
既に挨拶の列は出来ているのに、我が家は筆頭公爵家……。
高位貴族から挨拶をする、という謎のルールのせいで整列している人たちが道を開け、スムーズに殿下方の前に到着してしまった。
「王妃殿下、並びに第一王子殿下にご挨拶申し上げます」
お母様の隣にお兄様が立ち、その隣に私が立って、挨拶の言葉と共に渾身のカーテシーを披露した。
「顔を上げてちょうだい」
優しい穏やかな声が頭上から聞こえ、私たちは体勢を戻した。
前世の外国人もびっくりの美人の王妃殿下。
お母様と同じくらいの年齢で、波打つシルバーブロンドの髪が輝いている。
……そして、その隣にいる第一王子であるクロード殿下。
こちらも大層王子様らしく、王妃殿下譲りのサラサラのシルバーブロンドに、エメラルド色の瞳がキラッキラと輝いて見える。
……何だろう……クロード殿下に既視感が……。
どこかで会ったことがある?……いや、今日初めて屋敷の外に出たのにあり得ない。
「……?……っ!…………リス!…………ベアトリス!!」
微笑みを貼り付けたまま、脳内でそんなことをぐるぐる考えていたら、お兄様に揺すられながら名前を呼ばれ、ハッと意識を引き戻した。
「え?」
「どうしたの?ベアトリス、大丈夫かい?」
お兄様に心配そうに顔を覗き込まれて、再び前を見ると、王妃殿下たちが不思議そうな顔をしている。
「あ、もうしわけございません。きんちょうして、ぼーっとしてしまいました」
とりあえずそれらしい言い訳を口にすると、お兄様はホッとした表情を浮かべた。
どうにか誤魔化すことに成功し、後も詰まっているからと、私たちはその場を後にした。
「もう、ベアトリスったら。声をかけても返事をしないから心配しましたよ」
王族席から離れると、お母様は困ったように頬に手を添えて小首を傾げている。
「ごめんなさい……」
王族の前で考えごとをすべきではなかったと反省し、しゅんとすると、「仕方ない子ね」とお母様は眉尻を下げて微笑んだ。
その様子を密かに観察されていたことなど、私は全く気付いていなかった⸺⸺。




