Ep.24 お茶会の翌日は平和を望みます
「ベアトリス様、朝ですよ。お目覚め下さい」
シャーッとカーテンが開けられる音と共にアンの声に起こされて体を起こすと、痛いくらい眩しい日差しが差し込んできた。
寝起きで働かない脳を必死に起動させ、もはや条件反射で朝のお支度を流れるように進める。
……はい。お茶会の翌日ですが、今日もふっつーに学園に通います。
貴族は、というよりこの世界かな? お茶会や夜会を休日の前日にやるとは限らない。
何故なら! この世界には子どもであろうと、週休二日などというものはないのだ。
一応、『七曜日』という概念はある。ただし、そこまで『曜日』を重要視はしていない。
ただ、日曜日だけは宗教関係で礼拝やバザーなんかがあるせいで、その日は休みっていう感覚があるかなあ?
その為、前日にお茶会があろうと夜会があろうと、翌日が日曜日でない限り登校しなければならない。
もちろんお茶会や夜会の予定によっては、当日休まなければならないことはあるんだけどね。
昨日は日中に開催されたお茶会だったわけだけれど、王妃殿下が『学業に影響のないように』と配慮してくれ、学園の休校日に合わせて日程を組んでくれたのだ。
お茶会だったから睡眠時間はばっちり確保出来たものの、これが夜会だったら……眠い目を擦り登校していたに違いない。
……何なら授業中に、うっかり居眠りしてしまう可能性だって無きにしもあらずだ。
おっかしいなあ〜? 前世の社畜生活よりはマシなはずなのに、羨望の眼差しで見ていたホワイト企業よりかは忙しいような気がするんだが……。
気を取り直して朝食後に制服に着替えると、クロード様がお迎えに来てくれたという報告を聞いて急いでエントランスへと向かった。
「おはよう、ベアトリス」
「おはようございます、クロード様」
待たせてはならぬ! と途中までダッシュして、何食わぬ顔で軽く挨拶を交わしてから馬車に乗り込むと、学園に向かって走り出した。
「昨日はお疲れさま。色々と疲れたでしょ?」
「はい……そうです、わね……」
恐らくアイリス嬢のことを言っているのだろう。
昨日のことを思い出すと、苦笑いしか浮かばないんだが……。
彼女も同じクラスだから、休みじゃない限り顔を合わせないなんてことがあるはずもない。
帰り際、クロード様からやんわりと…………ええ……いつもと比べたらものすごーくやんわりと突き放され、あの桃色の大きな瞳に涙を浮かべながら去って行く後ろ姿を思い出すと…………。
ああ、今日という日が無事に終わりますように!!
そんなことを祈りつつ、思わず窓の外に向かって遠い目をしてしまう。
向かい側に座っているクロード様はその様子に眉尻を下げながら苦笑し、少しずつ学園に近付くに連れて私の溜め息の数は増えていった————。
「おはようございます。殿下、ベアトリス嬢」
「ああ。三人とも、おはよう」
「皆さま、おはようございますわ」
学園の馬車寄せに到着すると、いつも通りフィリップ様、オスカー様、セドリック様の側近三人衆に出迎えられ、五人揃って校舎に入り教室に向かうわけだが……相変わらず、道中ものすごい視線を感じる……。
私たち——というより私を除いた四人にだと思うんだけれど、入学して早数ヵ月は経っているというのに、未だ多くの視線を集める四人は「さすが、攻略対象者!」と言うべきだろうか?
ゆっくりと歩きたい道のりを、足の長い彼らの歩調では時間を稼ぐことなど出来るわけもなく————ついに魔の教室へ到着してしまった…………。
入学式の時の件で王家とアッシュローズ公爵家から抗議されて以来、アイリス嬢は用もなく近寄ることはなかった。
……しかし、昨日の今日だ。いつもと同じかどうかは分からない。
クロード様が先に教室の中へ足を踏み入れ私もその後に続くと、こちらに向けられる視線は一昨日と変わらず……。
あ、あれ……? もしかして、私の祈りが通じた!?
ありがとう! 神様! 女神様!!
感謝の気持ちを込めて天を仰ぎたくなったが、心の中だけに留めておく。
さり気なくアイリス嬢の席の方へ視線を向けると、こちらを見ることなく他の令嬢と楽しそうに話ししているようだ。
どうやら昨日に引き続き精神力を削られることはなさそうだ!とほっとし、席に鞄を置いて腰を落ち着けようとした……が————。
「————クロード殿下!」
第二のトラブルメーカー————シュバルト公爵令嬢が真っ赤な髪を靡かせ、取り巻きを二人ほど連れて私たちの方へ近付いて来た。
いくら呼ばれたのは私じゃないとは言え、隣にいるのにここで座ったら感じ悪いよね……。
トホホ……と心の中で泣きながら、顔には出さずにクロード様の背後に控えた。
ちなみに側近三人衆もクロード様や私の隣に立っている。
「ご機嫌よう。昨日はお招き頂き、ありがとうございました。王妃殿下ともご一緒させて頂けて、とても楽しいお時間でしたわ」
「おはよう、シュバルト公爵令嬢。昨日は出席してくれてありがとう。母上にも伝えておくよ」
シュバルト公爵令嬢は閉じたままの扇子を口元に添え、にっこりと微笑みながらクロード様に昨日のお礼を告げた。
……もちろん、傍にいる私や側近三人衆はオールスルーです。
何というか……ある意味分かりやすくて、いつも態度が一貫しているから、これはこれで安心するよね。うん。
クロード様も言葉を返したけれど、昨日のお茶会の主催者は王妃殿下だから、あくまでも代理でお礼を受けたに過ぎない。
……けれど、わざわざ教室のど真ん中で目立つようにお礼を言った——ということは、他の生徒たちに向かって『自分は特別なのだ』という印象を与えようとしているんだろうなあ……。
いつもながら、マウントを取るのがお上手である。
「——あら、アッシュローズ公爵令嬢。いらしたのね? 昨日は色々と大変でしたわね」
「……ご機嫌よう、シュバルト公爵令嬢。お気遣い頂きありがとうございます。皆さまに少しでも喜んで頂けたのでしたら王妃殿下も、わたくしも、それだけで嬉しゅうございますわ」
チラッと私に視線を向けたと思ったら、先制パンチ! と言わんばかりに「今まで気付きませんでした!」という表情を浮かべながら声を掛けられた。
それと同時に取り巻き二人もニヤニヤしている。
うんうん、それでこそシュバルト公爵令嬢!
しかし、私も言われてばかりではいられないのだ。
ここで返さねば、アッシュローズ公爵家が舐められてしまうからね。
貴族は同じ爵位の中でも序列がある。
筆頭公爵家であるアッシュローズ家の私が舐められるということは、家が舐められるも同然なのだ。
こういう小さなことが事業や社交界に影響するというから……何とも世知辛い世の中なんでしょう。
シュバルト公爵令嬢へ返した言葉は言葉の通りだけれど、『昨日のお茶会は私だけではなく、王妃殿下も満足している』という意味も込めてある。
……五歳の時に記憶を取り戻して早十一年…………こういう貴族の言葉遊びだって学ばされたんですよ。
……本当は、もっと露骨な言い方もあるけど……笑顔で本音をうっすい布に隠したまま物申すのは難しい…………。
ちなみにこの『うっすい布』がポイントで、嫌味が伝わらなくても困るから少し漏れる程度がいいということだ。
まあ、それでも私の言いたいことは伝わったらしく、シュバルト公爵令嬢は一瞬口元が引き攣ったものの笑顔は崩さずに、扇子を強く握り締めた。
……折れはしないだろうけど、せっかくの高級な扇子がギリギリと鳴ってますよ!?
「————あの、クロード殿下……」
ハラハラとシュバルト公爵令嬢よりも扇子の心配をしていると、突然クロード様の名前を呼ぶ声が聞こえ————いつの間にかアイリス嬢が私たちの傍に来ていた……。
…………マジか…………。
「…………何か用かな? シュプリーム子爵令嬢」
「あっ、はい! 昨日はお招き頂き、ありがとうございました!」
クロード様が返事をするまで、だいぶ間があったけれど……一先ずそれは置いておこう。
アイリス嬢はお礼の言葉を言ったかと思えば、勢い良くガバッと頭を下げた。
…………ヒロインらしい動きといえばそうなのだろうけど……それよりまず、貴族教育で習ったはずのカーテシーはどこへ行った?
誤字報告ありがとうございます┏○ペコッ




