Ep.22 理解不能〜アイリス&子爵side
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一先ず落ち着き再び更新していきますので、よろしくお願い致します!
執務室の中には嫌な沈黙が流れ、居心地が悪く感じ始めた頃——お義母様が小さく息を吐く音が聞こえた。
「……だから、わたくしは申し上げました。いくら『貴族教育』を修めたと言え、幼い頃から貴族として生まれ育ってきたわたくしたちのような『貴族』とは違います。知識ではなく場の空気、暗黙のルール……そういったものは自ら学ばなければなりません」
瞼を閉じてはいるけれど、先ほどから変わらず姿勢正しく座り、淡々と感情も感じられない声色でお義母様は語った。
「懇切丁寧に一から十まで教えて下さる方など、そう多くはありませんわ。それに周囲の方からしたら当たり前のことを『知らないのか』、それとも『非常識なのか』など判別がつきませんもの」
その後に続いた言葉を聞いて私はカッとなり、顔が熱くなる。
『生まれながらの貴族ではないのだから』——何だか、そう貶められたように感じた。
………私が貴族として育っていないのは、お義母様がお母さんを追い出したからなのに…………!!
確かに言われた通り貴族教育を受けて、身分の上下によるマナーやルールのようなものなど、一通りの『貴族の常識』はしっかり学んだし覚えた。
けれど向こうから話し掛けられたのに、それでもまだ許可が必要だなんて思わなかったもの。
「で、ですが、王妃様も————」
「王妃殿下、です。敬称は正しく使わなければなりません」
「……王妃殿下も私が話した時、何も仰いませんでしたし……本当にいけないことでしたら、注意されるのではないのですか?」
『敬称が違う』とお義母様に遮られてしまったから、改めて言い直してあの時のことを話す。
王妃殿下は、私が元々平民だったことを知っているんだもの。
『非常識』だなんて思わずに『間違えてしまった』のだと理解してくれたはずだわ。
そんな風に考えているとお義母様は、はあと深く溜め息を吐き頭に手を添えた。
「……王族も、貴族も、人前で相手が無礼な真似をしたとしても指摘をすることもないですし、顔に出すこともありません。仮にそれをされたなら、相当お相手の方が腹に据えかねたということです」
「貴女があのまま話を続けていたら……王妃殿下なり、他の方から苦言を呈されたでしょうね」という言葉と冷たい視線を向けられた。
そんな……そんなのってただの虐めじゃない……。
私を招待しておいて、そんな風に辱められるなんて…………。
「……酷い……。みんなでそんな風に意地悪するなんて……」
手元のドレスをギュッと両手で握り締め、だんだんと熱いものが込み上げてくるのを感じ髪の毛で隠すように俯いた。
溢れ出した大粒の涙がポツ、ポツと私の手とグシャッと皺の寄った生地を濡らしていく————。
そんな私に向かってお義母様は「……貴女は一体、貴族教育で何を学んだのですか? 貴族は少しの間違いで足を掬われる世界です。だからこそ、多くの貴族は自らの言動には慎重になるのです」と鋭い視線のまま更に続けた。
「ましてや今日わたくしたちと同じ席にいらっしゃった方々は、本当でしたら子爵家でしかない我が家が側に寄ることさえ恐れ多い家門の方ばかりでした。あのまま不快な思いをさせ続けていたら……シュプリーム子爵家は社交界から締め出されていたかもしれません」
お父様はその発言に焦ったように大きく肩を跳ねさせ、先ほどよりも顔色が悪くなっていた。
「……ただ、話し掛けただけなのに……社交界でそんな扱いを受けるなんて————」
「——違います。シュプリーム家が社交界から締め出されるのは、それだけが原因ではありません」
——————
アイリスが王妃殿下のお茶会に『聖女』として招待され、これで我が家も王家から一目置かれて安泰だ————そんな風に考えていた。
それがまだお茶会が始まって、そこまで時間が経っていないというのに突如屋敷に戻って来た。
不審に思ってエントランスへ向かうと妻のカサンドラは既に自室へ下がっており、その後にトボトボと入って来たアイリスが泣き出して執務室で事情を聞くと「楽しく話していたらお義母様がいきなり私を叱って、王妃様に退席を願い出たの……」という…………。
カサンドラは元々我が家よりも格上の伯爵令嬢で、礼儀を弁え長いこと子爵夫人として他家との付き合いや社交界でも上手くやっていた。
そんな妻が何の理由もなく、そんな不躾な真似を……?
だがアイリスを引き取ったことを忌々しく思っていたのも事実だ。
私がアイリスの母であるメイドに手を出したことに激怒し、屋敷から追い出したほどにそのメイド母娘を憎んでいた。
とりあえずアイリスから執務室で詳しく話を聞くが、いまいち要領を得ない……仕方がなくカサンドラが訪れるのを待った。
しばらくしてやって来たカサンドラの表情は冷え切っており、その様子に何か一抹の不安を覚えたものの、そんな大したことではないだろうと自分に言い聞かせ説明を求めると————妻の口から語られたアイリスの仕出かしたことは、私の予想を上回っていた…………。
アイリスを気遣って話し掛けてくれたアッシュローズ公爵夫人に許可も得ずに話し掛けた————ここまでなら、まだ許されたかもしれない……。
しかし、問題はその内容だった。
今回の王妃殿下の招待はアイリスが『聖女』と認定されたからだ。
それは王家が教会を軽んじていないことを示す為だということくらい、いくら下位貴族とはいえ私にだって分かる。
だからこそ招待状の名前は子爵夫人であるカサンドラの名ではなく、『アイリス』だったのだ。
シュプリーム子爵家への招待状だったなら、間違いなくアイリスの名だけでくるはずがない。
それをアイリスは私の『おかげ』だと言った…………。
ただでさえ私が愛人を持ち身篭らせ、カサンドラがそのメイドを追い出したということは社交界に知れ渡っている。
貴族で愛人を持つ者はそれなりにいるが、法的に言うなら正妻に子が出来ないなど……やむを得ない理由があれば、側室や愛妾を迎えることが認められているのだ。
それ故、愛人の存在を大っぴらにすることは『暗黙の了解』で許されない。
……アイリスはそれを知らずしてか、選りにも選って王妃殿下の前で『お父様に引き取られた』と言って、暗に愛人の子である自分を『優遇』してくれているかのように話した……。
更にそれでは終わらず、自領のことを知らないことを『聖女』であることを言い訳にし、挙句『わざと』カサンドラがアイリスへ教えなかったと発言した……つまり、それは義母から『虐げられている』と言っているのと同義だ。
確かにカサンドラや息子たちがアイリスの存在を疎ましく思っていることも、この家の者として受け入れていないことも事実だろう。
だからと言って食事を与えなかったり、暴力を振るうどころか、シュプリーム家の恥とならないようにと教育だって受けさせたし、それなりのドレスを買い与えることにも反対はしていない。
学園に入学することが出来、更に優秀な者しか在籍出来ないというSクラスに入れたことで何を勘違いしたのか、初日から王太子殿下や婚約者のアッシュローズ公爵令嬢に近付いたという抗議を受けた。
カサンドラは何度も「貴族教育を修めたとは言え、全てを本当の意味で理解しているかなど分からないし、貴族特有の空気の読み方や言葉の裏まで理解出来るわけではない」と苦言を呈し、私はその度にそれを「大げさ」だと一蹴していた。
……まさか教科書通りに『理屈』だけを覚え、それを理解していると思っていたとは思わなかった……。
今回のことでアイリスも、私も……いや、下手したらシュプリーム子爵家が苦しい立場に立たされるかもしれない…………。
未だに自分は間違っておらず、何故責められるのかと言いたげに悲しげな表情を浮かべているアイリスに、何だか取り返しのつかない底なし沼に足を踏み入れたかのような——言いようのない不安に襲われた。
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