Ep.21 帰宅後の断罪〜アイリスside
せっかく王妃様のお茶会に招待されたのに、お義母様が急に退席を願い出ると、私はシュプリーム家の馬車に乗せられ屋敷に戻されてしまった。
「ん? アイリス? 王妃殿下のお茶会はもう終わったのか?」
先に屋敷の中に入ってしまったお義母様の後をのろのろと付いて歩いていたら、馬車の音を聞き付けたのか、エントランスでお父様に出迎えられた。
「……お父様っ……!」
落ち込んでいた私はお父様の顔を見た瞬間、それまで我慢していた涙がポロポロと零れ落ちてしまう。
「一体どうしたというのだ? カサンドラ!!」
何故私が泣いているのかが分からないお父様がお義母様を大声で呼び付けると、使用人の一人が怯えながら「お、奥様は今……お着替えを……」と報告した。
「……着替えが終わったら、私の執務室まで来るように伝えよ……」
「か、かしこまりました」
苦虫を噛み潰したような顔で使用人に命じると、お父様は私の肩を抱いて執務室まで支えて行ってくれた。
家令に淹れて貰った紅茶にミルクをたっぷり注ぎ、砂糖も入れるとカップに口を付けた。
その温かい香色の液体を含むと甘さと共にほのかな苦味が口の中に広がり、強張っていた体から力が抜けていくのを感じる。
過敏になっていた心も波がスーッと引いていくかのように落ち着きを取り戻し、小さく息を吐いた。
「アイリス、少しは落ち着いたか?」
「はい……。ありがとうございます」
お父様に「ゆっくりでいいから、何があったかを話せるか?」と問い掛けられ、私はお茶会であったことをポツポツと話し始めた。
「……王妃様と同じ席について、最初は緊張していました。けれど、一人の夫人が私に優しく話し掛けて下さって————」
嬉しくて夫人に『王妃様主催のお茶会に出席出来て光栄だ』と思っていること、そして今は『お父様に引き取られて幸せだ』と思っていることを話したこと。
そして、何故かベアトリス様がお義母様にシュプリーム子爵家のアプリコットを使用したお菓子を勧めたこと————。
「……私、シュプリーム子爵領の特産品がアプリコットだと知らなくて……。お義母様にそう申し上げたら、『自領のことを把握するのは貴族として当然だ』と皆様の前で叱られて、そのまま王妃様に退席許可を……」
話していると再び心の中にモヤモヤとした何かが湧き上がり、知らない内にドレスをギュッと握り締めていた手元に自然と視線が落ちてしまう。
その拍子に込み上げていた涙がポロポロと零れ落ち、スカートを濡らしていく————。
私の右隣にある一人掛けソファに座っているお父様は黙ったままで、室内には私の啜り泣く声だけが響いている。
そうしていると執務室の扉をコンコン、コンコンとノックする音が聞こえ、「何だ?」とお父様が低い声で問い掛けると、お義母様が来たことを告げられた。
入室を許可する声が聞こえた瞬間、思わず顔を上げてドアの方へ視線を向けると、お茶会の時とは違う深い緑のデイドレスに着替えたお義母様が入って来た。
その姿を見たら再び体が小刻みに震え、お義母様の冷ややかな視線と交わると、恐怖でビクッと肩が大きく跳ねてしまう。
そんなことを気にすることもなく、お義母様は私の向かい側にあるソファに姿勢良く座り、お父様へと視線を向けた。
「旦那様、お呼びと伺いましたが?」
「ああ、今アイリスに茶会の席でのことを聞いていた。何故、途中で退席をした? せっかく王家との繋がりを得られるかもしれなかったのだぞ?」
————お父様の言う通りだ。
王妃様から招待されて、せっかく王城内に入れた上に王太子殿下とも会えたのに……。
お義母様がこんなに早く帰らなければ、入学式でのことは「誤解だった」と伝えられて、私への誤解も解けて親しくなれたかもしれないのに————。
「繋がりを得るどころか……あれ以上、王妃殿下の御前で無作法を曝け出す方が問題でしたわ」
「無作法? アイリスが何をしたと言うのだ?」
瞼を伏せ眉間に皺を寄せながら、お義母様は淡々とお父様の問い掛けに答え始めた。
「わたくしとアイリスの席は王妃殿下だけではなく、アッシュローズ公爵夫人とご令嬢、そしてシュバルト公爵夫人とそのご令嬢と同じでしたわ。『聖女』として招待されたからには、席次がそうなるのは致し方がありません。初めは緊張していたアイリスを気遣って、アッシュローズ公爵夫人がお声を掛けて下さったのですわ」
お義母様の話を聞いて、私に声を掛けてくれた夫人がベアトリス様のお母様だと知り驚いた。
だって、全く似ていなかったから……。
あ、でも瞳の色は同じだったかもしれない。
「そこでアイリスは許可も得ず……いえ、勝手に許可を得たと思ったのかもしれませんが、夫人にペラペラと話し始めましたの。『お父様が迎えに来てくれたおかげで、このようなお茶会にも出席出来た』と」
お義母様の話を聞き、お父様の顔色が何故か急に悪くなったように見えた。
「我が家の醜聞をご存知ない貴族家はないでしょう。何せ貴方が直々に教会へ身分を明かし、堂々と引き取りに行かれたのですから」
それまでお父様に向けられていたお義母様の視線が、そう話すと同時に私へと移った。
僅かに細められた瞳には仄かに怒りのようなものが映っているように見え、恐怖で体がカタカタと震え出してしまう。
「皆様がお言葉を失ってしまわれていたところへ、アッシュローズ公爵令嬢がわたくしに話を振って下さったのです。お茶会のお菓子に、我が領のアプリコットジャムを使った物が用意されておりました。恐らく、わたくしたちが話に入れなかった時の為にお気遣い下さったのでしょう」
ベアトリス様がお義母様へ話を振ったことを、そんな風に捉えていたなんて思いもしなかった。
明らかに同い年で同じ学園に通っているのだから、私に話し掛けるのが『普通』だと思うのに……。
だって招待されたのは『私』でしょう?
「……するとアイリスは、『アプリコットがシュプリーム子爵領の特産品だと知らなかった』と言い始めたのです。『誰も教えてくれなかった』と————」
片手を額に添えて話を続けていたお義母様は、そう言葉を紡ぐとギロリと鋭い視線を私に向けた。
「お茶会の席で……しかも王妃殿下と高位貴族二家が揃う前で、まさかわたくしがあえてアイリスに領地のことを教えなかったかのように言われるとは思いも致しませんでしたわ」
お義母様は私を真っ直ぐに見据えながら、低く冷ややかな声色で言い放った。
「……アイリス。お前、そんなことを……」
まるで『信じられない』とでも言わんばかりの顔で、お父様は目を見開き私を見つめている。
「だって本当のことですもの……。自領のことを貴族令嬢が知っていて当然なんて……。『聖女』のお務めもあって、そんなことまで——」
「……そんなこと?」
私の話を遮るように射抜くような視線を向けながら、お義母様は低く呟いた。
「……貴女は、貴族家のお金はどこからか湧いてくるとでも思っているのかしら? 領地持ちの貴族は領地と領民を守ることで、わたくしたちの暮らしが成り立っているのです。それを、そんなこと?」
「そのような考えでいるから、わたくしはこれ以上、貴女が失言を重ねる前に王妃殿下に退席を願い出たのよ」と、私を睨みつけたまま淡々と言った。
お義母様の視線や声色、言葉————その全てが恐ろしくて、私の体の震えは止まらず、一度溢れてしまった涙も止まらない。
お父様は「はあ……」と深く溜め息を吐くと、私に一つ一つ説明を始めた。
知り合いでもない王族や高位貴族へ話し掛ける際には、『発言の許可』を得なければならない。
王侯貴族の間でいう『知り合い』とは、正式にお互いに名乗り合って初めて成立するということ。
アッシュローズ公爵夫人は、私に話し掛けはしたけれど『名乗ってはいなかった』。
その為、知り合いでもなく、こちらから許可も得ずに話し掛けていい立場ではないと————。
……何故? だって、あちらから話し掛けてきたのに?
話し掛けてきたなら、もう話し掛けてもいいのではないの?
そう問い掛けたら、お父様は呆然としたまま私から視線を逸らせなくなっていた。
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