Ep.17. 何だか、空気が悪いです
更新が遅れてしまったので、二日連続更新です
魔法薬学の授業が終わり、教室へ戻ってもアイリス嬢の周囲はまるで腫れ物に触るかのように、どこか距離をおいているようだった。
少し可哀想だな……と思いつつ、果たしてここで仏心を出して大丈夫なのか?
自分の迂闊な行動で、断罪の方向へ舵を切ってしまうことになるのだけは避けたい……。
親切一つ取っても裏の裏まで無駄に読んでしまう、この日本人根性……非常に面倒くさい。
…………ああ! もうなるようになれっ!!
意を決してアイリス嬢の方へ向かおうとすると、クロード様が焦ったように私の腕を掴んだ。
「ベアトリス!? どこへ行くの!?」
「……その、シュプリーム子爵令嬢がお気の毒で……声をお掛けしようかと……」
あんなに避けてたくせにと、自分の偽善者っぷりに眉尻が自然と下がってしまう。
私の言葉を聞き、クロード様は少し顔を強張らせてアイリス嬢を一瞥した後、再び私に視線を戻したかと思えば、へにょりと悲しげな表情に変わった。
「……ベアトリスが優しいのは分かるけれど、彼女はやってはいけないことをやってしまったんだ。今はそっとしておいてあげよう?」
…………気のせいでしょうか? クロード様の頭に、しょぼんと垂れてしまった犬耳が見える気が…………。
思いっ切り目を擦りたいけれど、化粧が崩れて目の周りがパンダになるのは避けなければならない。
代わりに一度ギュッと力を込めて瞼を閉じてから、勢い良くカッと目を見開くと、当然のことながら犬耳なんぞあるわけもない…………。
…………ついに幻覚まで見えるようになるなんて……疲れているのだろうか?
軽く一つ溜め息を吐くと、そんな私の不審な行動にクロード様は小首を傾げながら「どうしたの?」と問い掛けてくる。
くぅーーーあざと過ぎるっ!! ……ってこんなことをしている場合じゃない!!
ハッとしてアイリス嬢の方へ振り向くと、先ほどまでいたはずの所にはおらず、教室の中を見回してもどこにも姿は見えなかった————。
クロード様と残念なやり取りをしている間に、どこかへ行ってしまったようだ。
さすがに追いかけてまで掛ける言葉なんて思い付くわけもなく、仕方ないか……と諦めるしかなかった。
結局、アイリス嬢は次の授業の時間までには戻って来たけれど、昼休みになると再び姿を消した。
昼食の為にクロード様たちと食堂へ行ったけれど、そこにも姿は見えなかった。
——————
放課後——私は今日も笑顔のクロード様に王城へと連行された。
……とは言っても、今日は王太子妃教育の一環で、二週間後に行われる王妃殿下主催のお茶会準備の手伝いがある。
そんなわけで、恒例のクロード様の執務室で行われる謎の対策会議には参加出来ない。
…………対策会議と言っても別にアイリス嬢のことだけじゃなく、どこぞの貴族家が~何たらかんたらと話す時間だから、別に私がいなくても全く問題はないのだけれど。
そんなこんなで私は今、王妃殿下の執務室で席次を決めています。
これが前世の結婚式とかなら、『このテーブルは新郎の親類関係』『こっちは新婦の友人関係』とかでざっくり分けてもいいと思う…………いや、結婚したことないから実際どうなのかは知らないけれど。
しかし、貴族同士はそうもいかない……はっきり言おう! 面倒くさい!!
どこぞの伯爵家と子爵家は事業のことでトラブってて~とか、ここの侯爵家と伯爵家は先々代の頃に婚約関係で断絶してて~とか…………。
いや、分かってる……分かってるよ?
貴族とは『見栄』や『家門』が大事なんだってことはね?
でも、前世の日本は『財閥』なんてものは私が生まれる前に解体されていて存在していなかったし、そりゃあそれなりの家柄はあったんだろうけれど、平凡な一般ピーポーの私に関係があるわけもない。
少なくとも中小企業勤めの平社員で『彼氏という生き物って何ですか?』状態の私に、『事業トラブル』や『婚約トラブル』なんて経験があるわけもなく…………。
それなのに、パズルのように「この人はここに置いて~、あーでもここにするとこの人がいるのか~」なんて当てはめていかなきゃいけないのだ。
内心、『大人なら嫌いでも態度に出すなよ!』と思ってしまうよね。
……まあ、そうもいかないから席次という物があるんだろうけれど。
そんな心の声を表情には出さずに、ひたすら席次パズルを進めていく。
腐っても公爵令嬢だから『どこの家とどこの家は関係が悪い』という情報だけは入って来るし、賢いベアトリスは得た情報を全て記憶出来てしまう。
おかげでピースの形が分かりません、ということはない。
「さすが、ベアトリスちゃんね。安心して任せられるわ」
淡々と作業を進めていく私に、相変わらず美しすぎる王妃殿下が微笑みかけた。
「ありがとうございます。間違いがありましたら、ぜひご指摘下さいませ」
少しのミスが王妃殿下の顔に泥を塗ることになってしまう。
だからこそ、ダブル・トリプルチェックが必要なのだ。
さて、次は……と出席予定者リストにある次の名前を確認すると————『シュプリーム子爵夫人』『シュプリーム子爵令嬢』と書かれてあった……。
それを見た瞬間、思わず固まってしまった私を不審に思った王妃殿下がリストを覗き込む。
「…………ああ、シュプリーム子爵夫人とそのご令嬢ね。彼女たちは通常は出席出来ないのだけれど、一応教会が『聖女』と認定しているから招待しなければならなかったの」
「本来なら『聖女』のご令嬢だけ招待するのだけれど、『初めてのお茶会で粗相があるといけないから』とシュプリーム子爵家から願い出られたのよね」と、王妃殿下は片頬に手を添えながら疲れを滲ませて溜め息を吐いた。
シュプリーム子爵家から願い出られた…………。
確かセドリック様の話では、アイリス嬢と夫人とその息子sは『関係が薄い』と言っていたはず。
それなのに同伴を申し出てきたということは、相当アイリス嬢の言動に『問題がある』と夫人が判断したということじゃないだろうか?
…………あれ? 貴族教育は修了したんだよね? だからSクラスに在籍してるんだもんね?
「あの……シュプリーム子爵令嬢は、下位貴族のお茶会などには出席されたことがないのでしょうか?」
彼女は子爵家へ迎えられて既に二年は経っている。
その間、子爵家でも『淑女教育』は受けているだろうし、それが身に付いたならお披露目の一環として他家のお茶会へ出席したりするのが通例だ。
アイリス嬢の場合、幼い頃から付き合いのある貴族令嬢はいないから、相手側から招待状が来ることはないはず。
そうすると、義母である子爵夫人に届いた招待状に同伴するしかないのだけれど…………夫人の申し出の言葉を聞くに、そういうものにも出席したことがなさそうだ。
…………それなのに初っ端から王族や高位貴族しかいないような王妃殿下のお茶会に出席して大丈夫?
最早、嫌な予感しかしないんだけれど…………。
…………ああ、当日欠席したい。そんなこと許されないけれど…………。
執務室内には嫌な沈黙が流れ、王妃殿下は「困ったわねえ」と言わんばかりに眉尻を下げ、私は表情を変えずに心の中で遠くへ意識を飛ばして現実逃避をした。
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