閑話〜アイリスside
「おい!!お前、学園で何をやった!!」
私室で勉強をしていると、上の異母兄がノックもせずにいきなり怒鳴り込んで来た。
いつも屋敷内ですれ違う時に睨まれたり冷たい視線を向けられるけれど、今日はそのどちらでもなく、本気で怒っているのが分かった。
——————
————アッシュローズ公爵令嬢の存在を知ったあの日から月日は経ち、私は十六歳になり無事に王立学園へ入学することが出来た。
ただ入学出来ただけではない、優秀な者だけしか許されないSクラスへの在籍を許されたのだ。
異母兄たちは学園へ通っていた時、二人とも一度もSクラスへ在籍したことがない為、お父様は大喜びし、お義母様は少し眉を顰め、異母兄たちは明らかに敵視していた。
そんなすごいクラスへ入れるのは嬉しいけれど、少し不満を感じたのは下位貴族は『貴族教育』を修めなければ正式な在籍許可が下りないらしい……ということだ。
王族や高位貴族たちが多く在籍するクラスだから、『勘違い』で許可なく身分差を超えた付き合いを迫ったり、不必要に付きまとうことがないように『教育される』らしい————。
……何それ。言われるがままにしていたら、高位貴族子息や王子様と出会えないじゃない。
また、本と違う……。
『貴族教育』をちゃんと履修したからSクラスの在籍許可が下りた。
初めて学園の門を潜り抜け校舎を見上げると、気分が高揚したのが分かった。
入学式が行われる会場へ入ると、一番前の席で一人の女の子に絡んでいる、真っ赤な髪の令嬢の姿が見えた。
しっかりと巻かれた髪と、制服の所々に高そうな宝飾品が飾られている。
本でいうなら、まさに『悪役令嬢』のような感じ。
————あれが、アッシュローズ公爵令嬢?
高飛車な態度で何かを言っているようだけれど内容までは分からない……ただ、彼女の周りに黒い靄のような物が漂っていることに気付いた。
式が始まり新入生代表の挨拶で壇上に現れた人に、私は目が釘付けになった。
柔らかそうなシルバーブロンドの髪に、宝石のようなエメラルドの瞳————。
先ほど司会役の先生が『王太子殿下』と言っていたということは……彼が王子様で、アッシュローズ公爵令嬢に『縛られている』んだということが分かった。
————救ってあげなきゃ。
そんな使命感を抱えて、私はSクラスへ向かった。
教室に足を踏み入れると、他の生徒たちの視線が一斉に私に向けられる。
何だろう? と思っていたけれど、その理由はすぐに分かった。
適当に前の方の席に座ると、同じ下位貴族の子息令嬢たちから囲まれて『聖女』と持て囃された。
下位貴族の間で、私は『選ばれた存在』という認識だったようだ。
気持ちが昂ぶり気付けば教室の中に、いつの間にか王太子殿下とその側近たち、そして青みがかった黒髪の令嬢がいて、その彼女の周りにだけ先ほどの黒い靄が漂っている……。
その反対方向へ視線を向けると、入学式の際に彼女に絡んでいた真っ赤な髪の令嬢が王太子殿下の方……いや、黒髪の令嬢を睨んでいた。
「……そっか……彼女が……」
————彼女が、アッシュローズ公爵令嬢なんだ。
自分の席を離れ王太子殿下に声を掛けると、何故か拒絶された。
『聖女』だと主張すれば教皇様のご子息であるセドリック様から咎められ、アッシュローズ公爵令嬢のせいだと分からせようとすると、王太子殿下が怖い顔で私を見据えた————。
——————
「……お兄様、何かご用で……」
「ご用? 大ありだ!! 先ほどアッシュローズ公爵家と王家から抗議文が届いた!! お前が不必要に王太子殿下へ接近する為、必要以上に近付かないように伝えたにも拘わらず学園規則を曲解し、婚約者のアッシュローズ公爵令嬢を貶める発言をしたとな!!」
そう言いながら、私に向かって手紙を投げつけた。
ひらりと舞い落ちたそれを拾い内容に目を通すと、王家とアッシュローズ公爵家からの『抗議文』だった。
『シュプリーム子爵家アイリス嬢は、自らより身分が高位であるアッシュローズ公爵令嬢並びに王太子殿下へ不必要に接近し、許可なくその名を呼んだことを口頭にて注意したものの、当人は控えることなく尚も不敬を働いた。『貴族教育』を履修したことを認定され、Sクラスへの入学を許可されていることを鑑み、貴家にて再度教育された内容を確認されたし』
それを読みながら、思わず手紙を持つ手に力が入り、少しだけクシャッと音がして皺が寄った。
「アッシュローズ公爵家と王家へ父上が謝罪に向かわねばならない。お前はこれ以上問題を起こさず、学園規則を読み直せ!」
「待って下さい! 謝罪に行くなら、私も行きます! アッシュローズ公爵令嬢の周りには黒い靄のような物が……!」
「黙れ!! これ以上、我が家の家名に傷を付けるな!! いくら聖女に認定されたからと……これだから庶子を家に入れるのは反対だったんだ」
出て行く寸前にブツブツと呟いた言葉に、私の声はかき消された。
「……皆、騙されてる……。アッシュローズ公爵令嬢——ベアトリスの傍は危険なのに……」
あの黒い靄は、きっと危険な物だ。
だから離れなきゃ、王太子殿下たちも危ないのに……。
俯きながら立ち尽くし、私は拳が白くなるほど強く握り締める。
その日の夜にお父様の執務室へ呼ばれた。
「失礼致します」
執務室の扉を開けると、そこにはお義母様と異母兄たちもいた。
「……座れ」
デスクに肘を突いて頭を抱えているお父様の顔色は悪く、一気に老け込んで見えた。
「……今日、アッシュローズ公爵家と王家へ謝罪に行って来た。今回は、一応処罰を免れた……」
お父様の言葉にお義母様たち三人が、安心したように息を吐いたのが分かった。
————『処罰』? 何をそんな大げさなことを言っているのだろう?
私が不思議そうな顔をしていることに、下の異母兄が苛立ったように立ち上がって怒鳴った。
「お前! 事の重大さが分かっていないな!? 王家や高位貴族……しかも筆頭公爵家で未来の王太子妃の家だぞ!? 目を付けられただけでも最悪なのに、お前のせいで家が取り潰されてもおかしくなかったんだぞ!!」
「そんな……ただ話し掛けただけで……」
「それが問題なのだ……お前は貴族教育を修めたのではなかったのか? 知人でもない身分が下位の者から……しかも用件もなく声を掛けるのは無礼だと習わなかったのか?」
大げさだと言おうとしたら、今度はお父様に遮られた。
何で用がなかったら話し掛けたらいけないの?
同じクラスの生徒なのだから、対等なはずでしょう?
「……旦那様、これ以上は危険ですわ。すぐにでも籍を抜いて、教会へ戻すか修道院に入れたほうがよろしいかと。この子は貴族というものが……いえ、自分の何が悪かったのかも理解しておりませんし、理解する気もないのでしょう」
滅多に口を開かないお義母様までが私を非難し、追い出そうとしている。
……今この家を追い出されたら、私はどうなるの?
学園は? 私の未来は?
お父様はお義母様の言葉を真剣に考えているようだった。
「ま、待って下さい! お父様、私は本当にアッシュローズ公爵令嬢に不穏な影を見ましたの!」
「……不穏な影? 何だ、それは?」
必死にお父様に訴えかけると、私の言葉に耳を傾けた。
「……分かりません。ですが、何か黒い靄のような物がアッシュローズ公爵令嬢の周りを漂っているのです……あれは危険な物です! なので、私は王太子殿下たちに忠告しようと思って、それで……!!」
「父上、耳を貸す必要はありません。そもそもそんな危ない物がアッシュローズ公爵令嬢に憑いているなら、教皇猊下が気付くはずです」
上の異母兄は私に鋭い視線を向けながら、淡々とお父様へ言った。
「……いや、もしかしたら『聖女』だから分かることなのかもしれん……」
「旦那様!!」
「父上!!」
私の話を聞いて、完全にではなくても一理あると考えたお父様の言葉に、お義母様と異母兄たちは叫ぶように非難の声を上げた。
「……とは言え、公爵家と王家の不興を買ったのは事実だ。アイリスには貴族教育の再教育を受けさせる。お前はほとぼりが冷めるまで大人しくしていなさい」
貴族教育の内容は全て覚えているのに再教育だなんて……と思ったものの、ここで異を唱えて追い出されたら困る。
「……承知致しました」としおらしく返事をしたけれど、お義母様たちは厳しい顔のまま私を見据えていた。
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