閑話〜アイリスside〜①
シュプリーム子爵家の自室で、私は学園の宿題をしていた。
アイリス・シュプリーム————それが今の私の名前。
ほんの二、三年前までは、平民街に住んでいた。
『お父さん』はいなくて、お母さんが働いていた食堂の二階に二人で暮らしていた。
お母さんにお父さんのことを聞いたことがあったけれど、困ったように眉尻を下げて濁されてしまった。
聞いてはいけないことだったのかと思って、それ以来お父さんのことを聞くのは止めた。
十二歳になると、この国では『魔法属性検査』を受けなければならない。
私が検査を受けた時——『魔力量が多くあるのは分かるけれど、属性が分からない』というはっきりとした答えがなかった。
その時は、あれば便利だし職の幅も広がるから嬉しいけれど、ないならないで困らないから気にしていなかった。
そもそも、平民は魔法が使えない人の方が多かったし。
けれどお母さんが流行り病に罹って、お医者様に診てもらうにも薬を買うにも、平民からしたらものすごい大金が必要になった。
たった十三歳の私が出来る仕事なんて、そう多くはない……。
一瞬、娼館で働くことも考えた……けれど、どうしても勇気が出なかった。
それにお母さんの代わりに下の食堂で働かないと、ご飯も貰えなくなるし住む所もなくなってしまうから、一生懸命働いた。
「……アイリス……今まで、言えなかったけれど……貴女には、お父様がいるの……」
食べられる食事の量も減ったせいで痩せ細り、骨ばった手を伸ばして息も絶え絶えに話してくれた。
私のお父さんは貴族で『子爵』だということ。
けれど、お父さんには正式な『奥様』がいて、お母さんは妾にもなれず、私を身籠ったまま屋敷から追い出されたということ。
「……これは、お屋敷から出る時に……お父様から、頂いた物なの……」
そう言って手渡されたのは、親指ほどの大きさの宝石に何かの紋章が入ったネックレスだった。
きっと、お母さんは自分の最期を悟ったのだ————。
そう思ったけれど、信じたくなくて「何で今渡すの?元気になってからにしてよ」と、わざと明るく振る舞って食事を取りに行くふりをして、その場から離れた。
部屋から出て下の食堂へ向かう為の階段の前で、声を押し殺して泣いた。
————その数日後、お母さんが目を開けることは二度となかった。
葬式は簡素に行い、合同墓地へ埋葬された。
しばらく教会で呆然としていると、無性に泣き叫びたくなって子どものように泣き喚いた。
何で!?どうして!?
どうして、私を一人にっ!!
言葉にならない悲痛な思いが爆発するかのように、私を包む光が放たれた。
その異変に気付いた神父様たちが教会から飛び出して来ると、私は光の繭のような物の中にいたらしい。
しばらく眩い光を放ち続けた後の記憶はない。
目を覚ました時には、神父様や教皇様に再び魔力属性検査を受けて欲しいと言われ、言われるがまま検査用の水晶に手を翳した。
すると、前に受けた時はうんともすんとも言わなかった水晶の中で、眩い光がぐるぐると渦巻いている。
「アイリスさん、と言ったね。貴女は光魔法を持っている。教会としては『聖女』の称号を与えたいと思うが、どうだろうか?」
詳しく聞けば、本来魔力は十二歳で安定するものだけれど、たまに遅れて発現する人もいるらしい。
治癒が出来る光魔法は貴重だから『聖女』の称号を与えて教会が後ろ盾となる————。
珍しい光魔法を持つ人は何故か身分が低かったり後ろ盾が弱いことが多くて、人攫いや酷い時は親兄弟が売り飛ばすことがあるとか……。
自分にそんなすごい力があるとは思わなかったけれど、事実なのは間違いなくて……そんな危険な目に遭っても自力でどうにか出来る気がしなくて、『聖女』の称号を受けることにした。
そのまま教会でしばらくお世話になることになった。
お母さんが亡くなって、食堂の家には住み続けることが出来なくなっていたから、ちょうど良かった。
併設されていた孤児院のお手伝いと、お母さんのようにお金がない人へ治癒魔法をかける毎日。
孤児院の子どもたちと読み書きや計算などを勉強して、本が読めるようになった。
色んな本を読んだ。
絵本から始まり、伝記、小説……とにかく、たくさん読んだ。
その中で恋物語には、私のような『聖女』が出てくる物があった。
不遇な境遇だった女の子が『聖女』に認定されて、その後学園へ通うようになると王子様や身分の高い貴族の男の子と恋に落ちる————。
けれど彼らには既に婚約者がいて、聖女と男の子が仲がいいことに嫉妬され、虐められてしまう。
こういう物語の結末は、大体二種類だった。
悪女となった婚約者の罪を暴いて婚約破棄した後、男の子と結ばれる。
もう一つは婚約者との距離が近過ぎたことを責められ、男の子と聖女が悪役として裁かれてしまう。
後者の物語を読む度、どうしても腑に落ちなかった。
それまで不遇な人生を歩んで来たのに、どうしてやっと手に入れた幸せを手放さなければならないのだろう?
少しくらい欲しいものに手を伸ばしても……。
少しくらい我儘になったって……。
不遇な人生を歩んできたのだから、好きな人くらい諦めなくてもいいのではないだろうか?
だって、婚約者は聖女が持っていない物をたくさん持っているじゃない。
身分や親、大きなお屋敷に使用人、お金もドレスも宝石も————。
自分だったら————。
そんな想像をして数ヵ月過ごしていると、ある日——私の『お父さん』を名乗る人が現れたと神父様に言われた。
「アイリス!!」
涙ぐみながら私の名前を呼んだのは、背が低くて五十代くらいの男の人だった。
その人はお母さんからの手紙を持っていて、内容は私が生まれて『アイリス』と名前を付けたという報告が書かれていた。
私もお母さんから渡された、紋章が入ったネックレスを見せると、『お父さん』は涙を零しながら「お母さんに渡したものだ」と話した。
お母さんからの手紙と私が持っていたネックレスが決め手となり、父娘を引き離すのは良くないということで私は『お父さん』に引き取られることに————。
今まで着たこともないドレスを着せられ、荷馬車じゃない立派な馬車に乗り込むと『シュプリーム子爵家』へと向かった。
到着して馬車から降りると、平民街にあるどの家よりも立派な屋敷があった。
初めて訪れた新しい家をきょろきょろと見回していると、にこにこと笑みを浮かべている『お父さん』に促され、中に入る。
エントランスと呼ばれる場所には、お母さんよりも少し年上の女の人と私よりも年上の男の人が二人いた。
「……旦那様、お帰りなさいませ」
「ああ。アイリス、お前の新しい母と兄たちだよ」
『母』と『兄』と紹介された瞬間——三人の眉間に皺が寄り、鋭い視線が向けられた。
「……よろしくお願いします」
恐る恐る頭を下げたけれど、「……ええ」としか返事は返ってこなかった。
三人が私を受け入れていないことは明らかだった。
その後、私の『専属侍女』という女の人を紹介された。
「マーサと申します。アイリスお嬢様のお世話をさせて頂きます。よろしくお願い致します」
マーサは優しそうな人で、ほっとした。
「アイリスは貴族教育を受けてくれるか? 今、先生を探しているが、見つかるまで簡単なことはマーサに教わるといい」
「貴族、教育?」
『お父さん』いわく、貴族の子どもは幼い頃から『礼儀作法』や『教養』などを学んでいるらしい。
礼儀作法が身に付いていない状態だと、他の人と同じテーブルでお茶を飲むことさえ出来ないんだそう……。
教会で読んだ物語には書いていなかった『貴族』の生活に、私は何だか窮屈さを感じた。
誤字脱字報告、感謝です┏○))ペコッ




