魔獣襲来 4
「クラウディオ王子! ローブが!」
「いいから……逃げろと言っている!」
転がって一撃を避けたのは良いが、鋭い爪がクラウディオのローブごと地面に突き刺さった。
左右どちらから声が飛んだか、神経を割く余裕がない。
クラウディオは夢中で怒鳴りつけ、素早くローブの組紐を切断して逃れる。
それもほとんど一瞬の出来事だ。
紐から魔獣へ、再び目を戻した時には遅れを取っていた。
ボオォォオオウ!!
口から瘴気と涎を吐き散らす獣が、牙を剥いて襲いかかる。
ガチン!
と耳をつんざく金属音が轟いて、クラウディオは目を眇める。
魔獣の牙はクラウディオには届いていない。
奴が噛み締めたのは、鋭い刃だ。
「ググ……アグ」
クラウディオは牙の隙間に捩じ込むように、短刀の刃を押し立てていた。
刃は上側の歯間に、柄は下顎に支えさせるように固定する。
ブシッ
歯を噛み締めると歯茎に刃が食い込んで、黒ずんだ体液が飛び散る。
牙と刃が擦れ、ガチガチと不快な摩擦音が鳴った。
一寸ずれれば、鋭い牙に腕を食い千切られて一巻の終わりの、諸刃の剣の戦法だ。
「グルルルルァ」
「やはり、口の中は脆いな、化け物め。タダでやられてやると思うなよ……!」
瘴気と涎が吐き出され、手首から腕にかけて生温かい液体で濡れる。
全身に鳥肌が立ちながらも、クラウディオは両手で握った短刀をさらに押し込んだ。
ブシュブシュと体液が滴り落ちていく。
(応援が駆けつけるまで、何としてでも凌いでやる)
忍耐力には自信がある。
アルヴァロたちが退散したかどうか、気を回す余裕はなかった。
どうか勝手に逃げていてくれと祈りつつ、柄を握る拳に力を籠める。
「ガアア、ガァッ」
しかし魔獣も諦めない。今度は右腕を振り上げた。
魔獣がクラウディオを殴ろうとしても、角度がない。
だが、鋭い爪で抉られればそれだけで致命傷は免れない。
短剣を放棄して身を退くかどうか。
(退いても追撃を逃れる術がない。どうする!?)
一瞬の間に逡巡し、退くべしと結論づけた。
決めたなら次の課題は、いかにして凶刃を掻い潜るかだ。
しかし、考えるにはあまりに時間が足りなかった。
身を退くためには一度前進し、反発力を利用して強く引き下がる必要がある。
だが、魔獣は知恵を働かせたのか、本能の赴くままなのか。
爪を振り下ろすと見せて、急に頭部を振り回した。
握ったままの短剣に引きずられる形で、クラウディオは腕ごと大きくバランスを崩す。
(ーーしまっ……!)
慌てて短剣を放棄しても、もう間に合わない。
魔手から逃れられない運命だと悟っても、クラウディオは諦めなかった。
最後の一瞬まで、死を回避する術を模索する。
それは一国の王子に課せられた当然の使命だ。
「クラウディオ殿ッ!!」
遥か遠くから、緩慢に、クラウディオを呼ぶ声が届く。
この時だけは、周囲の動きが全て緩やかに感じられた。
前傾しながら半身を捻り、元の位置を振り仰ぐ。
跳躍した魔獣はもう目と鼻の先に迫っていた。
ーーだが。
「セレス! バフ!」
魔獣の刃がクラウディオに届くことはなかった。




