魔獣襲来 2
「で、殿下、逃げましょう。ここは、クラウディオ王子もそう仰せです」
「馬鹿を言うな。私にも魔獣狩りの心得くらいある」
主より後方に下がる従者の弱腰は褒められたものではない。
だが、どうかそのままアルヴァロを連れて行ってほしい。
希望に反してアルヴァロは、剣を抜いた。
スラリと抜いた剣は見事に磨き抜かれているが、太刀打ちできて猪や鹿がせいぜいだ。
とても魔獣退治など成しえまい。
ーーこの王子と俺は、つくづく相性が悪いらしい。
内心で舌打ちをすると、クラウディオはアルヴァロへと逸れた魔獣の注意を自分に戻すために、再び矢をつがえる。
「魔獣は単騎では到底狩れない。少しでも広場から引き離し応援を待つ!」
昨日は測りかねたが、アルヴァロがレオノールに対して、特別な感情を抱いているのはもはや、明白だ。
”妃殿下は残念ながらお生まれになる国を間違えたようだ”
”王城でさぞ窮屈な思いをしていらっしゃるでしょうから、僅かでも息抜きをさせて差し上げたいのです”
クラウディオの対応を批判し、堂々と勝負を挑んだのだから。
つい勢いで受けた上、レオノールに対し無情な条件を付帯させた。
昨晩「借りは返す」と誓ったばかりなのに。
アルヴァロとレオノールの接触を減らす目的があった。
アルヴァロが勝利と引き換えにレオノールとの時間を所望したのだから、クラウディオが勝った暁には残された希望を摘み取る。
それは正当な判断だったろうが、同時にクラウディオはレオノールが視察の同行を楽しみにしていることも理解していた。
アルヴァロの提案にも喜んでいたくらいだ。
だから、レオノールの自由を賭けの対象にすることに迷いはなかった。
本来なら、賭ける権利のある《《もの》》でなかったとしても。
予想通りにレオノールは非難がましい目でクラウディオを睨んだ。
振り返れば自分でも、子供じみた嫌がらせだと自嘲したくなる。
けれど、反省をする気もない。
原因はレオノールの言動だと、心の奥底では理解しているからだ。
しかし、自分の信念と相反するようでどうにも好ましくない事態だ。
感情に流される質ではないし、そうなる人間を嫌悪していた。
レオノールがクラウディオを恨んでも、仕方がない。
「一理ある。協力はしよう。だが、奴を仕留めるのは私だ!」
アルヴァロは抜き払った剣を横に構えつつ、魔獣へ向けて突進した。
「殿下っ! いけませんっ!」
従者の制止も空しく、アルヴァロは魔獣に向かって一直線に駆ける。
(何をしてる、人の話が聞けないのか、彼奴は。あれで援護のつもりか!?)
「殿下ぁあ!!」
「止せ! 接近戦は不利だ!」
クラウディオは、一度は緩めた弓をギリギリと引き絞り矢を放つ。
狙いは魔獣の右眼だ。視界を奪えば一時的にでも動きを鈍らせられる。
しかし、焦りも手伝い、想定通りに射出されなかった矢は、魔獣の眼前で捕らえられた。
唸り声と共に、鋭い爪が空を一閃し、叩き落とされた。
バシッ
魔獣が前傾した隙をついて、馬上のアルヴァロが駆け抜けざまに一太刀を浴びせる。




