蜂のイタズラ 3
「くっ……、その通りでございますわ、《《今は》》確かに」
今にも叫び出しそうなほど、顔を茹で蛸のように真っ赤にしていたのに、カナリーは言葉の矛先を収めた。
「申し訳ありません、殿下。私、少々体調が芳しくないものですから、失礼しますわ」
ふぅっ、といかにも心を鎮める動作をしてから、ゆっくりと扇を開く。
周囲で青ざめていたご令嬢に、順に目をやって合図を送った。
「では、わたくしたちも、御前、失礼致します……」
即座に従ったのはミカエラだ。
バジル侯爵、ペレス子爵、ハロルド伯爵はベラスコ派に与していると見て取れた。
「では」と頭を下げて、カナリーは扇で口元を覆い隠した。
「偉そうにしていられるのも、今のうちだけですわ。お飾りの妃が」
そうして振り返ると同時に、皮肉をボソリ。
扇で隠した裏でこぼすのを、レオノールは聞き逃さなかった。
ガシッ
咄嗟にカナリーの肩を掴み止める。
「カナリー嬢、口には気をつけなさい。私はとても耳が良いので、聞きたくない醜聞も耳に入るのです」
「いったい何の話でしょう? 私は何も申し上げておりませんが」
絶対に、聞き違えではない。
カナリーは、はっきりと口にしたにもかかわらず、堂々と知らばっくれた。
これが”貴族流”というやつか。
確かに、音での伝達は一時的なもので、証拠は残らない。
最近はメリッサやリュシエンナが傍にいてくれたから、すっかり忘れていた。
カナリーは憎まれ口を叩いたのがバレて困るどころか、むしろ嬉々として口端を釣り上げた。
レオノールを挑発するためにわざと聞かせたようだ。
「まあ! わざと聞こえるように呟いたのね。性根の悪いお嬢さんだこと」
そこまでされては、いくら呑気者のレオノールでも黙っていられない。
何か気の利いた仕返しはできないものかと頭をフル回転させたが、結局は当たり前の感想しか出てこなかった。
「クラウディオ様は横槍を入れた私に感謝しなくちゃいけないわね。こんな捻くれたお嬢さんを妻にしなくて済んだんだから」
これも素直な感想だ。
リュシエンナから一通りの情勢を教わった時に、クラウディオには婚約者候補がいたと聞かされた。
それらを押しのけて自分が横入りをしたと知って、多少の罪悪感を覚えていた。
けれどカナリーがこんなに性悪な女なら、自分のほうが幾分かマシではと思える。
一連の行動を見る限り、レオノールの推察は恐らく正しい。
カナリーは高慢だし、大分、性根も曲がっているだろう。
行動を共にしている令嬢の様子を見ても、それは明らかだ。
レオノールとカナリーの対立を前に、身を寄せ合うようにして気を揉んでいる。
痛々しささえ漂っていた。
健全な友情でないことは明らかだ。
バキンッ
当のカナリーは、今度は口をへの字に曲げて、力任せに扇子をへし折った。
よっぽど躾が行き届いているのか、レオノールには直接働きかけない。
責められないギリギリのラインを狙っている。
令嬢たちは揃ってびくんと肩を揺らしたが、レオノールは痛くも痒くもない。




