表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/100

第68話:再教育の孤島:セクター・ゼロの静寂

荒れ狂う夜の海。サカモトが手配した旧式の小型潜水艇が、叩きつけるような波濤を潜り抜け、絶壁に囲まれた孤島『セクター・ゼロ』の排出口へと滑り込んだ。

 

 視力を失った俺の脳内には、九条が生成する蒼いワイヤーフレームの構造図が、不気味なほど鮮明に投影されている。コンクリートの厚み、警備ロボットの巡回ルート、そして張り巡らされた高圧電流のフェンス。それらすべてが「数字」として俺の意識に直接書き込まれていく。


「……着いたわよ、ツカサ。……潮の匂いと、……消毒液の匂いが混ざって、……吐き気がする場所ね」


カレンの声が、耳元で震えている。俺の腕を掴む彼女の指先は、今や氷のように冷たい。属性抹消の深度が進み、彼女の体温さえもシステム上の「エラー」として処理され、現実世界から放熱を奪われているのかもしれない。俺は彼女の手を、感覚がなくなるほど強く握り返した。


「……離れるな、カレン。……俺が観測アタッチし続けてなきゃ、……お前はこの海の藻屑になっちまう」


『……司、カレン。……警備システムのハックに成功しました。……ただし、[BLACK] IDの痕跡を完全に消すことはできません。……侵入が発覚するまで、残り420秒。……急ぎましょう』


九条の声が、脳内のノードを弾く。

 俺たちは潜水艇を降り、排気ダクトの狭い隙間を這い進んだ。全盲の俺にとって、ここはもはや現実の通路ではない。九条が描く「論理の迷宮」だ。


盲目のブラインド・キングのスキルを起動すると、周囲の壁を透過して、施設内に閉じ込められた「かつてのエリートたち」の微弱な生体信号が、ノイズのように脳へ流れ込んできた。


そこにあるのは、再教育という名の「自我の剥離」。

 国家の歯車として使い物にならなくなった部品を、MASTIFFという巨大な研磨機にかけて、個性を削り落とす作業場。


「……なんてこと。……あそこの部屋、……私の知り合いだった……ゼノンの広報官よ。……あんなに虚ろな目をして、……自分の名前を忘れるまで……コードを読み聞かされている……」


カレンのHUDには、九条によって強調された「処刑の風景」が映し出されているのだろう。彼女の心拍数が、同期シンクロしている俺の胸にも激しく伝わってくる。


「……見るな、カレン。……あいつらは、……あいつら自身の『正義』に食われたんだ。……俺たちは、……その正義の先にある……もっと最悪なバグを止めに来たんだ」


通路の角を曲がる。九条が指し示した座標には、他の独房とは明らかに違う、厳重な「感覚遮断」が施された重厚な扉があった。

 

 そこに、遠藤がいる。


かつて、俺たちをゴミのように切り捨てようとした、最強の「秩序」。

 今や、その秩序そのものに裏切られ、暗闇の中に捨てられた男。


『……司、扉のロックを解除します。……心して入ってください。……今の遠藤査察官は、……あなたが知っている“人間”ではないかもしれません』


重厚な金属音が響き、扉がゆっくりと開く。

 俺の視界ワイヤーフレームの中に、ポツンと浮き上がる「一つの熱源」があった。

 あまりに細く、あまりに静かな、死にかけの魂の灯火が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ