第67話:再教育施設:堕ちた巨人の残響
一方、ゼノン本社から遠く離れた、海岸線にそびえ立つ孤島。
そこには、システムの「エラー」と見なされたエリートたちが送り込まれる、更生施設という名の監獄――『再教育施設:セクター・ゼロ』があった。
その最深部、感覚遮断室。
遠藤は、拘束衣を着せられたまま、虚空を見つめていた。
彼の脳には、MASTIFFとの強制切断によって生じた「欠落」が、ぽっかりと穴を開けていた。
「……査察官。……いいえ、……ただのバグ、遠藤様」
部屋に入ってきたのは、白い防護服を着た職員だ。
彼は遠藤のバイタルを確認し、無機質な声を出す。
「……あなたは、佐藤司というエラーに魅せられ、……職務を放棄した。……ガイア計画は、……あなたの代わりをいくらでも用意できます。……あなたはもう、……必要ありません」
遠藤は答えなかった。
いや、答えられなかった。彼の「喜怒哀楽」のうち、すでに「怒り」と「喜び」は同期の代償で消失していた。
だが、彼の脳内のキャッシュの底には、あの地下のうどん屋で啜った「18円の味」だけが、消去不能なエラーログとして残り続けていた。
「……あ、……あ……」
「おや、何か言いたいことが? ……無駄ですよ。……あなたの権限は、……すべてMASTIFFの次期執行官へ引き継がれました」
職員が去り、扉が閉まる。
完全な暗闇。
だが、その闇の中で、遠藤の脳が突如として「自律駆動」を開始した。
スキル名:堕ちた官僚の逆パッチ(The Fallen Giant's Self-Repair)
使用者: 遠藤(再教育モード)
効果: MASTIFFから捨てられたことで生じた「情報の空白」を使い、自身の脳内に独自の閉鎖回路を形成する。運営の検閲をすり抜け、外部へ向けて「自身を消去するためのバックドア」を意図的に開く。
代償: 使用するたびに「悲しみ」と「楽しさ」が削れ、最終的には完全に無感情な機械となる。
『……佐藤、司。……聞こえて、いるか……』
地下バンカーで作業中だった俺の脳内に、ひどくノイズの混じった、だが聞き間違えようのない声が響いた。
「……遠藤……!? お前、……生きてたのか」
『……私は、……失敗した。……正義を、……守りきれなかった。……だが、……MASTIFFが、……国民を……『統合』しようとする……そのロジックだけは、……私の誇りが……許さない……』
遠藤の声が、途切れ途切れに脳を叩く。
『……施設に、……来い。……私の脳に、……ガイアの……最後の中枢キーが……隠されている。……それを受け取り、……私を……終わらせろ……』
カレンが、俺の表情の変化に気づき、不安そうに俺の腕を揺らす。
九条のワイヤーフレームが、驚愕のグリッチを走らせた。
「……九条。……罠だと思うか?」
『……可能性は高い。……ですが、……今の遠藤査察官の波形には、……嘘を吐くための「感情のリソース」すら残っていません。……彼は、……本気で自分を……俺たちの肥料にしようとしています』
俺は雨の音を聞きながら、カレンの肩を抱き寄せた。
「……サカモト。……船を出してくれ。……世界を救う前に、……一人、……最悪なライバルを……地獄から引きずり出しに行く」
第4期、開幕。
バグと亡霊、そして堕ちた官僚の、三位一体の逆襲が始まった。




