第66話:不可視の城塞:鳳凰院の隠しアーカイブ
雨の匂い、錆びた鉄の冷気、そしてサカモトたちの慎重な足音。
視力を失った俺の脳内には、九条が神経接続を介して直接送り込んでくる「青いワイヤーフレームの世界」が広がっていた。壁の厚さ、配線の流れ、カレンの輪郭……すべてが線と数字で構築された、あまりに透明で残酷な景色だ。
「……ここが、鳳凰院家の負の遺産、オフライン・バンカーです。MASTIFFの監視衛星からも、ガイアの走査からも、ここは物理的に切り離されている」
サカモトの声が、高い天井に反響する。
ここは、かつての鳳凰院家が「システムが崩壊した後の支配」を夢見て造り上げた、時代遅れの要塞だ。最新の無線通信は一切通じない。だが、ここには現代のハッカーたちが忘れた「物理的な接続(有線)」という名の、最強の防壁があった。
「……ツカサ。……私、見える? ……あんたの脳内には、……今の私はどう映ってるの」
カレンの声が、右耳のすぐ側でした。
俺の脳内モニターに映る彼女は、もはや人間の形を保つのがやっとの「ノイズの塊」だった。属性抹消の副作用が限界に達し、彼女はツカサという「観測者」が意識を逸らした瞬間、この世界から完全に透明化して消えてしまうほど、存在が希薄になっている。
「……ああ、……不機嫌そうな顔までバッチリ見えるぜ。……カレン、……絶対に俺から離れるな。……お前が消えたら、……俺の世界から『光』が消えるんだ」
『……司、情緒的なログは後回しにしてください。……バンカーのメインフレームを起動しました。……フェニックスの最終工程……「一億人分の個体識別復元パッチ」のコンパイルには、……あと48時間必要です』
九条の声には、かつての軽快さはない。彼は今、この巨大な古式計算機の全リソースを統括し、迫りくる「意識統合」のXデーに備えていた。
スキル名:盲目の王(Blind King:Neural Mapper)
効果: 視覚消失を逆手に取り、聴覚と脳内投影(九条の支援)のみで周囲360度の「データ密度」を察知する。物理的な壁を透過し、敵のデバイス位置や、システム上の「薄い箇所」を直感的に捕捉する。
取得条件: 視力を失った状態で、最高位AIと神経接続し、1時間以上「情報の海」を泳ぎ続ける。
代償: 脳への情報過負荷により、解除後に数時間の意識混濁と、鼻血を伴う激しい頭痛。九条との同期率が上がりすぎ、自分とAIの境界が曖昧になるリスク。
「……サカモト。……ガイアの『統合』は、いつ始まる」
「……早ければ明後日の夜、……建国記念日の式典と同時に、……全MASTIFF端末に『強制同期パッチ』が配布されます。……それが実行されれば、……国民は文字通り、……一つの意志に従うだけの『細胞』に変わるでしょう」
俺は、見えない手で、重厚なキーボードの感触を確かめた。
指先から伝わる振動が、九条の演算と同期する。
「……48時間か。……いいぜ。……世界が神に祈る前に、……俺たちがその神の耳を……バグで塞いでやる」




