第65話:境界の共犯者:地上への再ログインと「旧カレン派」
雨が、俺の頬を打つ。
視力はまだ戻らないが、周囲の空気の広がり、そして遠くで鳴り響くサイレンの音が、ここが「地上」であることを告げていた。
俺たちは、ゼノン本社から数キロ離れた、廃工場地帯の片隅に這い出していた。地下と地上を繋ぐ、旧時代の緊急排気口。そこだけが、遠藤の計算から漏れた、唯一の死角だったのだ。
「……ハァ、ハァ……。……帰ってきたわね。……最悪の雨と共に」
カレンの声は、雨音に紛れて消えてしまいそうに弱々しかった。
俺は地面に手をつき、泥の感触を確かめる。
『……司、カレン。……地上回線へのログインに成功。……MASTIFFの広域監視網は、……現在の「属性:無」の偽装を突破できていません。……ですが、……ここから先は、……本当の潜伏が始まります』
九条の声が、少しだけ安堵を含んでいた。
だが、俺たちの戦いは終わっていない。むしろ、ここからが本番だ。
その時、暗闇の中から、数人の足音が近づいてきた。
俺は咄嗟にPCを構えようとしたが、カレンがそれを止めた。
「……待って、ツカサ。……この波形、……知ってる」
「……お嬢様……。……本当に、お嬢様なのですか……?」
聞き覚えのある声。
開発第三局のポッドから俺たちが救い出した、あのサカモトの声だった。
彼は、ゼノン社の社員証を捨て、雨に濡れた作業着姿で俺たちの前に現れた。
彼の背後には、数人の技術者たち――肥料にされかけ、俺たちが解放した「旧カレン派」の生き残りだ。
「……サカモト、さん。……生きていたのね」
「……お嬢様がバグとなって現れたという噂は、……私たちの間で希望の灯火となっていました。……地上の管理社会は、……もはや限界です。……ガイア計画の最終フェーズ……『全人類の意識統合』が、……まもなく開始されようとしています」
サカモトの言葉に、俺は血の気が引いた。
統合。それは、一億人の個性を消し去り、国家という名の巨大な単一知性体――神を一人作るという、狂気の終着点。
「……遠藤は、……あいつはどうなった」
「……遠藤査察官は、……過剰同期の責任を問われ、……現在は『再教育施設』に送られたとの情報があります。……ですが、……彼はあきらめていないでしょう。……彼はシステムの僕でありながら、……あなたたちという『不条理』に、……誰よりも魅せられてしまったのですから」
サカモトたちが、俺たちを地下の隠れ家――鳳凰院家がかつて私蔵していた、物理的なオフライン・バンカーへと導く。
そこには、最新のゼノン社製デバイスとは対極にある、骨董品のような大型計算機が並んでいた。
「……ここで、……『プロジェクト・フェニックス』を完成させます。……佐藤様。……お嬢様の属性を、……そしてこの国の自由を、……あなたの指先で取り戻してください」
俺は、サカモトの差し出した古びたキーボードに、指を置いた。
視力はまだ戻らない。だが、九条が俺の脳に投影する「コードの光」は、かつてないほど鮮明に、反撃の道筋を描き出していた。
「……ログインだ、九条。……カレン、……隣にいろ。……俺たちが、……このクソゲーを終わらせるパッチだ」
第3期『反逆の玉座編』、完。
物語は、地上の反逆派と共にガイア計画の心臓部へ挑む、第4期『国家解体・審判編』へと加速する。




