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第59話:亡霊の戴冠:光学復活と「幽霊」の行進

翌朝。地下最大の広場『ジャンク・ヘブン』は、異様な緊張感に包まれていた。

 昨夜の「蒼い明滅」を目撃した住民たちが、何かが起きていることを察し、数千人規模で集まっていたからだ。


彼らは、自分たちを「信用スコアのゴミ」と定義した地上を恨んでいる。だが、その恨みをぶつける矛先を持たず、ただ18円のうどんを啜りながら、緩やかな死を待つだけの存在だった。


「……カレン、準備はいいか。……お前は、……鏡には映らない。……でも、……俺たちの『旗』にはなれる」


広場の高台。俺の隣に立つカレンは、不安げに自分の指先を見つめている。

 彼女は今、HUD越しに俺の視界を共有しなければ、自分の立ち位置すらおぼつかない「幽霊」だ。


「……ツカサ。……私、……何を言えばいいの? ……鳳凰院の娘として、……彼らを導けと言うの?」


「……違う。……お前は、……システムに消された側の人間として……立て。……綺麗な演説なんかいらない。……ここにいるって、……見せつければいい」


『……司。……ホログラム・アレイ、展開準備完了。……ただし、……今の出力じゃ……地下広場と、その周辺監視網までが限界だ。……地上への本格配信は、……まだ早い』


九条が、静かに告げる。

 それでいい。

 最初から国をひっくり返す必要はない。

 まずは、地下にいる連中に「こっち側の顔」を見せる。


【スキル名:光学復活:亡霊の玉座(Optical Resurrection:Ghost Throne)】

効果:属性を失った対象カレンの周囲に残る微細なデータ残滓を、街灯・携帯端末・監視レンズの光で補正投影し、局所的なホログラム像として可視化する。鏡に映らない彼女を、一定範囲の観衆にのみ「見える存在」として現出させる。

取得条件:属性抹消された者への注目が一定密度に達し、それをAIが光学補正して支える。

成長条件:可視化された姿が監視システムに「未定義の実在」として再登録される。

代償:

 機材:周辺照明と端末に過負荷がかかり、使用後に局所的な停電と通信障害が発生する。

 精神:カレン自身が「自分がデータである」という錯覚に引きずられ、現実感が希薄になる。

 社会:住民の間でカレンが“幽霊の旗印”として神格化され、現実以上の期待と敵意を同時に背負う。


広場の中央。

 何もないはずの空間に、一粒の蒼い光が弾けた。

 それは瞬く間に広がり、一人の少女の形を成していく。


ボロボロの服を纏い、だがその背筋を凛と伸ばし、不敵に微笑む鳳凰院カレンの姿。

 かつて地上のエリートたちが崇め、そして「ゴミ」として捨てた、没落令嬢の「亡霊」。


広場が、息を呑む。


「……地下のバグたちよ。……聞こえるかしら?」


九条が数千台のスマホを同期させて響かせた彼女の声は、広場全体を震わせた。


「……私は、鳳凰院カレン。……あなたたちが『肥料』として消費した、……あの不条理なシステムの残骸よ。……私は鏡に映らない。……私は、……あいつらが殺したはずの『失敗作』だから!」


住民たちが、ざわめき、そして静まり返る。

 彼女の姿は、彼ら自身の鏡合わせだった。


「……でも、……見て。……私は、……まだここにいる。……消された側が、……消えたままでいてやる義理なんてない」


カレンの声は少し震えていた。

 だけど、それがむしろ良かった。

 完成された英雄なんか、地下じゃ信用されない。


「……私の隣には、……規約ロジックをナイフにして……国家を刺すバグがいるわ。……そして、……この街には、……まだ終わる気のないゴミが、……こんなにいる」


カレンが、俺を指差す。

 俺は、PCを掲げた。画面には、広場の全端末を中継している九条の「蒼い瞳」が映し出されている。


「……聞け、地上ゼノンの掃除屋ども。……俺たちは、……掃除し忘れた『汚れ』じゃない。……お前たちの都合で捨てたものが、……今から全部、……牙になる」


地下から、地鳴りみたいな歓声が上がった。

 それは、数千人の「信用スコアE」たちが、初めて上げた反撃の咆哮だった。


 一方その頃。

 ゼノン社の地下監視系端末では、広場の異常光学ノイズと、抹消済みのはずのカレンの輪郭が、エラーとして断続表示されていた。

 完全な全国同時放送じゃない。

 だが、見るべき連中には十分届く。


自席で監視ログを見つめていた遠藤は、自分の指が微かに震えていることに気づいた。

 画面の中の少女。

 そして、その横で笑う、あのバグの青年。


「……これほどか。……これほどまでに、……『無』は重いのか……」


広場の蒼い光が、ゆっくりと消えていく。

 停電の前触れみたいに、照明が瞬きを繰り返す。


カレンが、小さく息を吐いた。

 ホログラム越しでもわかるくらい、今のあいつは消耗していた。


「……ツカサ。……私、……ちゃんと見えてた?」


「ああ。……見えすぎるくらいな」


「……そう。……なら、……上出来ね」


その笑みを最後に、広場の照明が一斉に落ちた。

 暗闇の中で、歓声だけがしばらく残った。


 第3期『反逆の玉座編』、開幕。

 王冠はまだない。

 玉座もまだ遠い。

 それでも地下は、初めて自分たちの側の光を見た。

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