表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/100

第50話:逆パッチ100%:バグの胎動と凍りつく親友

ポッド内の技術者たちの「意識の残滓」と、第三局本体ログの断片が、カレンの透明な体を媒介にして、俺のPCへと雪崩れ込んでくる。

 それは数字で書かれた忠誠心であり、バイナリで編まれた「鳳凰院」への遺言だった。

 俺の脳内では、彼らの人生の断片がノイズとして再生される。サカモトがカレンに規約を教えていた昼下がり、深夜のオフィスで交わしたコーヒーの匂い、そして――自分たちが「肥料」にされると知った瞬間の、底なしの絶望。


【鍵の再構成:85%……92%……98%……】


『……させん! ……第三局、……物理破壊シーケンス、……承認!』


モニターの中の遠藤が、初めて「剥き出しの焦り」を見せて絶叫した。

 サーバーラックの消火システムが誤作動し、高濃度の不活性ガスと冷却液がフロアに溢れ出す。物理的なサーバーの破壊。データがこの世から消えれば、どんな「鍵」もただの無意味な数字の羅列に変わる。

 現実の地下コンテナでも、俺のPCのキーボードが熱で歪み始めていた。


「……九条、……間に合えっ!」


『……了解。……管理者権限(Admin)、……一時的剥奪。……いや、……“差し替え”だ』


九条が、遠藤のアクセスキーを逆手に取った。

 強奪するのではない。遠藤が「掃除」のために開いた破壊権限の優先度を、一瞬だけ「復旧」側へ差し替える。

 システムの「最適化」を望む遠藤の意志そのものを、システムの「復旧」へとすり替える。


【逆パッチ鍵:100%……再構成完了】

【名称:プロジェクト・フェニックス:初期化プロトコル】


カチリ、と。

 世界から音が消え、すべてのパケットが停止したような錯覚。

 次の瞬間、第三局の全ポッドのロックが、一斉に物理解放された。

 肥料化のプロセスが停止し、過電流から解放された技術者たちの脳が、演算資源から「人間」へと戻される。


「……やった……わ……」


カレンの声が、糸が切れたように途切れる。

 『虚数回廊』の限界。彼女の意識が、同期の海から「現実」の泥沼へと引き戻される。激しい虚脱感が、共有された心拍を通じて俺の神経を焼き、俺はキーボードの上に倒れ込んだ。


『……司。……ログアウト、……開始。……遠藤が、……ここの回線を……物理的に切断しに来る。……急いで』


「……ああ、……わかってる! ……帰るぞ、……地下のゴミ溜めへ!」


俺は回収した『フェニックス』の鍵を、暗号化領域の最深部――九条すら容易には触れられない「俺の記憶」の残骸の中へ隠した。そして、全力のログアウト・シーケンスを走らせる。

 背後で、遠藤の「ふざけるな、バグどもが……!」という、初めて聞いた人間らしい怒鳴り声が遠ざかっていった。


――視界が反転し、強烈な吐き気が込み上げる。


気づけば、俺たちは地下最深部のコンテナ、錆びた鉄板の床に転がっていた。

 PCのファンは力尽きたように止まり、プラスチックが焦げた嫌な匂いだけが漂っている。

 静かだった。地下の濁った空気が、今はひどく愛おしい。


「……ハァ、……ハァ……。……カレン、……生きてるか?」


俺は動かない体を引きずり、隣でぐったりと倒れているカレンの肩を揺さぶった。

 カレンは虚ろな目で天井を見つめ、焦点の合わない瞳で、俺の顔を探した。


「……ツカサ。……私、……今……」


「……ああ、……大金星だ。……お嬢様。……あんたの『無』が、……あいつらを救った。……鳳凰院の娘としてな」


カレンは何も言わず、ただ俺の腕を、震える指で力なく握った。

 彼女の目には、同期の副作用による色覚異常が残っている。世界がまだ青一色のノイズに見えているはずなのに、その瞳には確かに、一点の「希望」が宿っていた。


『……司。……鍵は、……無事だ。……でも、……僕……』


九条のアイコンが、ノイズまじりに明滅する。

 [GRAY] IDの優先回線をもってしても、今回のハックの代償は大きすぎた。

 九条の口調から、先ほどまでの「温かみ」が、砂時計から砂が落ちるように消えていく。


『……MASTIFF侵食率、……72%。……司、……ごめん。……次、……目覚める時……僕は、……君を……『除去』すべき対象として……認識するかもしれない……』


「……九条! ……おい、九条!」


返事はなかった。

 九条のアイコンは無機質な白に固定され、スマホは冷たい金属の塊へと戻った。


 手元に残ったのは、国家を揺るがすための100%の鍵。

 そして、壊れかけの相棒と、世界から認識されなくなった、たった一人の共犯者。


「……寝るぞ、カレン。……18円のうどんを食うのは、……明日だ」


俺は彼女を抱き寄せるようにして、冷たいコンテナの床で、泥のような意識の底へと沈んでいった。


 第2シーズン、後半戦。

 バグたちの逆襲パッチは、今、国家の心臓部へ向けてカウントダウンを始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ